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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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イムニア、短期決戦への布石

 西部戦線、イムニア軍本陣。

「そうか、カタインは思い通りに事を運んだか」

 カタインからの書状を読み、イムニアは笑った。

「あと一度の勝利でこの内乱、終わりに出来るな。リユベック…………ジーラー公と連絡を取る」

「分かりました。内容はどのようなもので?」

 ウルベルが尋ねる。

「私たちが合流することを伝えてくれ。合流の後、足並みを揃えて、帝都へ向かう」

「分かりました。カタイン将軍にはどのような指示を?」

「必要ない」

「はい?」

「我らが南部で合流すれば、カタインは迷わずにイムレッヤ帝国の東部へ攻め上がるだろう。東部のほとんどはラーズベックの領地だ。敵はどうすると思う?」

「ラーズベックのような男が、自らの領土が侵攻されるのを黙って見ているはずがありません。打って出るでしょう。地の利がラーズベックにあるとすれば、なおさらです」

「そうだ、そして、我らの所には必ずカールメッツが現れる」

「なるほど、しかしながら、そこまで戦いを急ぐ理由がありますかな? もし、カタイン将軍が負ければ、忽ち劣勢になります」

「私はあいつの軍才を高く評価している。それにカタイン伝いで、『あのリョウ殿』が気になることを知らせてきた」

 イムニアはカタインからの書状をウルベルに見せる。

 ウルベルの表情に変化は無かった。

「リョウ殿の視野は我らより先を見ているようですな」

「ああ、そうだ。もしそんなことになれば、いくら時間があっても足りない。このような内乱、早く終わらせねばならない」

 イムニア軍はすぐに行動を起こした。このことは、すぐにカタイン、そして門閥貴族連合にも伝わった。



 イムレッヤ帝国北部、カタイン軍本陣。

「なるほど、そういうことね」

 カタインは不敵に笑う。

「我らはどのように動きますか?」

 リユベックが尋ねる。

「決まっているわ。全軍を持って、イムレッヤ帝国東部、ラーズベックの領地に攻め込むわよ。この内乱が早期に終わるかは、私たち関わっているわ。弩は結局どれだけ用意できたかしら?」

「試作品・粗悪品を含めて三千ほどです」

「十分ね。さぁ、やっと攻め時よ! 受けるのは性に合わなかったのよね」

 カタインは楽しげに言った。

 カタイン軍は急ぎ、出陣する。

 進路は、イムレッヤ帝国東部である。



 イムレッヤ帝国首都エクタナ。

「何、フォデュース将軍が?」

 カールメッツは、イムニア軍がリユベック軍と合流するという情報を聞いた時、不審に思った。

「なぜ、そのような事をする?」

 イムニアの行動が短期に帝都へ迫る為の布石だと言うことは明白だった。

 しかし、分からない。

 すでに門閥貴族連合は度重なる敗戦で崩壊しつつあった。

 大規模な農業地帯を有するイムレッヤ帝国西部を押さえられたことも痛かった。兵糧も少なくなってきており、下級兵士や民衆の食料は配給制になっている。それなのにラーズベックは贅沢を自重しないのだから、不満がくすぶるのも無理は無い。遠くない未来に、内部崩壊するのは明らかだった。

「力攻めせずとも、フォデュース将軍は勝てるだろう。なぜ勝ちを焦るか?」

 カールメッツは優れた戦略・戦術眼に恵まれていたが、根は戦場で戦う軍人である。そのため、「他国がこの後にどのように動くかを思考する」、と言う点でイムニアに劣っていた。

「カールメッツ様、どうなさいますか?」

 ヨトアムは尋ねる。

「このまま帝都まで侵攻させるわけには行くまい。すでに我々は負けすぎた。もし、ここで動かなければ、様子見をしている者たちがイムニア陣営に傾くかもしれん。そうしないために我らは打って出るしか無い。ヨトアム、今後のために覚えておくと良い。負け続けるととれる行動が限られてくる。勝っていれば、大胆な行動に出ることが出来る。故に負けている側は常に振り回され、後手になる」

「それを打開するためにはどうすれば良いのですか?」

 カールメッツは苦笑し、「打開する方法が常にあれば、苦労はせん」と言った。

「それに驚くような打開策を思いつくのは天才だけだ。故に凡人は定石通り、有利な土地を選び、戦いを挑むしか無い。警戒すべきはリユベック将軍の騎兵だ。それを封じるためには、まず…………」

「きゅ、急報です!」

 兵士が慌てて入ってきた。

「なんだ、言ってみよ」

「カタイン将軍が動きました! 目的は…………」

「東部、ラーズベック公の領土か。となると、打って出るわけにはいかんかもしれん」

「はい、その件でラーズベック様がお呼びです」

「分かった。すぐに行く」

 カールメッツは、すでに門閥貴族連合が敗戦の道中にいることを悟っていた。



「カールメッツ元帥、話は聞いたか!」

 ラーズベックの顔は真っ赤だった。

「はい、聞きました。そして、私なりに策を考えました」

「おおっ、さすが、元帥! 申してみよ!」

「はい、この首都にフォデュース・ジーラー・カタインの軍を引きつけて、決戦を挑みます」

 それがカールメッツの出した最善策だった。カタインが動かなければ、カールメッツは打って出るつもりだった。

 しかし、二正面作戦は出来ない。大きな問題があった。大軍を指揮できる将軍がいないのだ。厳密には、ラーズベックが納得するであろう地位の将軍がいない。ヨトアムのように地位が低く、若いが、才能にあふれる者なら当てがいる。が、そのような者が一軍の将となることをラーズベックは了承しないことを、カールメッツは知っていた。だから、全軍の指揮をカールメッツが執る必要があった。そのために二正面作戦は行えない。援軍の期待できない状態での籠城は延命に近い策だが、二正面作戦よりは、ましな選択だった。

 しかし、ラーズベックは納得がいかない。

「カールメッツ元帥は臆病になられたか!?」

 ラーズベックは怒鳴った。

「そのような消極的な策は認めぬ! お主はすぐに出立し、叛徒共の本隊を撃破せよ。余はあの生意気な女将軍に相応の報いをくれてやるわ!」

「お待ちください。軍の采配は私に一任したはずでは?」

 カールメッツも引き下がらなかった。ここで、このような愚策を通せば、全てが終わってしまうことを知っていたからである。

「盟主は私だ。これ以上、意見するなら、反逆の疑いあり、と見なす」

「馬鹿な!」

 声を上げたのは、ヨトアムだった。

「カールメッツ元帥が指揮した戦いは全て勝っております。非難されるべきは、勝手な軍事行動を起こした…………」

「よせ、ヨトアム!」

 カールメッツは珍しく怒鳴った。

 辺りが静まり返る。

「部下が失礼しました。ご命令通り、フォデュース・ジーラー連合軍を撃滅してご覧に入れましょう」

 カールメッツは頭を下げる。

「そうか、ならば、元帥の部下の無礼、不問にしよう」

「ありがとうございます。それでは出立の準備にかかるので失礼します」

 カールメッツとヨトアムは、ラーズベックの元から去った。

「申し訳ありません。私が先走ったばかりに…………」

「いや、いい。どうなろうと結果は変わらなかった。それに個人的には楽しみでもある」

「楽しみ?」

「あの天才、イムニア・フォデュースと正面から戦えるのだ。軍人として、興奮しないと言ったら、嘘になる。生涯の最後に、最高の将と戦えるのなら、幸運と思うべきだろう」

「カールメッツ様、最後などと言わないでください。この戦いに勝ちましょう」

「そうだな。無論、勝つつもりで戦う」

 そう言ったカールメッツの表情には、諦めが映っていた………………………………

 

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