親睦会②
クラナが去り、ユリアーナとカタインが残った浴室。
「あなたとは一度、ゆっくり話をしたと思っていたのよ」
二人は湯船に体を沈めていた。
「私もです。カタイン将軍に聞きたいことがありました」
「あら、なにかしら? あなたから話していいわよ」
「ありがとうございます。率直に申し上げます。どうして私を助けたのですか? あのまま、放っておけば私は死んでいました。それをどうして?」
「あなたが女だから、それにあなたのことはガリッター将軍から聞いていたわ。あの人もあなたのことを高く評価していたわよ」
「ガリッター将軍が?」
「防具も着けずに敵陣に斬り込む度胸と技術を評価していたのよ。まぁ、私はそれ以上にあなたの指揮能力と純粋な戦闘力を評価しているけど。あなた、私が崖から駆け下りてきた時、戦線が崩壊したのにも関わらず、立て直したじゃない。それに私と目が合った。その上で、その日は撤退した。あそこで勝負に出るべきじゃないと判断が出来た。それなのに次の日は思いっきり攻めてきた。今度はそれが最善だと分かっていたから。そして、勝てないと思っても出来ることをやった。あなたの行動があったからこそ、私たちは三日間、アルーダ街道で足を止めることになった。もし、もっと早くアルーダ街道を突破できていれば、私たちでシャマタル独立同盟軍の本隊と一戦やっていたかもしれないわ。こんな『たられば』、無意味でしょうけど、その場合、勝敗はどうだったかしらね?」
あの時のシャマタル独立同盟軍にもう一戦する余力などなかった。いくらリョウでもどうすることも出来なかっただろう。
「でも、それなら余計におかしいと思います。私はイムレッヤ帝国にとって余計なことをしました。やはり助ける理由にはならないと思います」
「他の者ならそうかもね。でも、私は違う。女でありながら、最前線に立つあなたが光って見えたのよ。あなたならいずれは、ガリッター将軍を打倒するかもしれないと思ったわ」
その発言にユリアーナは、耳を疑った。
「ふふ、驚いたみたいね。だけど、私自身、ガリッター将軍に恨みはないわよ。それどころか、感謝しかないわ。あの人がいなかったら、私は将軍になれなかった。私はとっくに死んでいたもの。だから、もう私はガリッター将軍には挑めない。でも、あなたなら挑む機会があるかもしれないわ」
「個人的にはそんな機会、来て欲しくありませんけど。…………もう挑めない、と言いましたね。ということは挑んだことがあるのですか?」
「あるわよ。そして、負けたわ。その時、付けられてた傷がこの二つよ」
カタインは胸と脇腹の大きな傷を触る。
「カタイン将軍、あなたは一体、その…………」
「ゼピュノーラ姫、聞きたいことがあるならもっとはっきり言いなさい」
「それでは無礼を承知で申し上げます。カタイン将軍の体の傷の数の後はどうやって出来たのですか? 私もそれなりに命を危険に晒してきました。そして、見ての通りの体です」
ユリアーナは両腕を広げた。他の人には見られたくない無数の傷を、カタインに見せる。
「でも、カタイン将軍の体の傷は私より遙かに…………戦場より過酷な所にいたとしか思えません。まるで…………」
ユリアーナは言葉に詰まった。さすがに言いづらかった。
「まるで拷問で出来た傷、とでも言いたいのかしら?」
「!」
「残念ね、外れよ。拷問を受けたことはないわ。隠すことでもないから、教えてあげるわ。傷の二割は幼少期の稽古で付いたもの、二割は戦場で付いたもの、そして、残りの六割は剣闘士時代に付いたものよ」
「剣闘士!?」
「私はベルガン大王国出身なのよ。罪人として、死ぬまで剣闘士をやることになっていたわ。ちょっとした運命があって、私はイムレッヤ帝国の大将軍、シュナイ・エルメック様に飼われることになったけど。あっ、エルメック様の名誉のために言っておくけど、あの方は私に関係を求めたりしなかったわよ。すぐにガリッター将軍、その時はまだ隊長だったけど、その副官に任命して、その後はガリッター将軍と私で戦場を駆け巡ったわ。私の話はこれくらいでいいかしら?」
「は、はい」
気のない返事をする。
ユリアーナは情報の多さに処理が追いついていなかった。
「じゃあ今度は私からね。そんなに体の傷を見られるのが嫌かしら?」
「えっ?」
「気づかないと思った? あなたはさっき、司令官のお嬢ちゃんのことを羨ましそうに見ていた」
「はい、私も女です。やっぱり、体の傷は嫌なんですよ」
ユリアーナは両腕で自身を抱きしめる。
「ゼピュノーラ姫、体の傷がなんだって言うの?」
「見苦しいと思われるかもしれません。クラナ様もそう思ったかも」
「司令官のお嬢ちゃんはそんなこと思っていなかったわ。断言できる。疑うなら、後で聞いてみなさい。体の傷、それはあなたが歩んできた道なのよ。あなたが生きてきた証なの。みんな、目に見える、見えないはともかく何か背負って生きているものよ」
「カタイン将軍」
「それに自信がないなら言ってあげるわ。あなたは綺麗よ。誰がなんて言おうとあなたは綺麗。あなたを選んだ、あの青年が羨ましいわ」
「カタイン将軍、あり…………がとう…………ございます…………」
「おかしな子、なんで泣いているの?」
「分かりません。でも、何でか、その…………」
「ふふ、純粋ね。それにしても…………これは何よ?」
カタインはユリアーナの胸を鷲掴みにした。
「ちょっとカタイン将軍!?」
「これだけは解せないわね。なんで過酷な生活を送っていてこれだけ育ったのかしら?」
「やめてください!」
「私なんて真っ平らなのに…………」
カタインは本気で悔しがっていた。
「知りませんよ! それに大きいと悪いことばかりですよ! 動きづらいんですよ!」
「でも、胸があったから、ジーラー将軍の一撃を受けて………今はジーラー公と言うべきかしら。とにかく一度は、命を拾っているじゃない? これがその時の傷ね」
「ひゃっ!?」
カタインは、まだ新しい傷を触った。
「どうしたの? さすがにもう痛くはないでしょ?」
「そうですけど、ちょっと敏感になっているんです。大きな傷跡ってそうなりませんか?」
「確かにそういう経験があるわね。じゃあ、こっちも?」
「ひゃひゃっ!!?」
次にユリアーナの腹部の傷を触った。
それはカタインが付けたものである。
「もうやめてください!」
「なんだか楽しくなってきたわ。もう少しあなたで遊ばせて」
カタインは不敵に笑う。
「いや~~~~!」
浴室にユリアーナの叫び声が響いた。