親睦会①
「どうしてこうなったのよ…………!」
ユリアーナは、リョウとクラナの家の脱衣所でため息をついた。
時は少し遡る。
製鉄所の見学の後、カタインは、
「もしよかったら、親睦会をしませんか?」
と言った。
これに対して、クラナは、
「構いません。私がカタイン将軍の宿泊施設を訪ねれば、よろしいでしょうか?」
と答えた。
「あなたはこの要塞の司令官です。足を運ぶのは、私の方がいいでしょう。もし、よければ、あなたの家に伺います」
クラナは、一瞬リョウを見た。
リョウは頷く。
それを確認すると、クラナは「構いません」と言った。
「あっ、もちろん、ゼピュノーラ姫も参加してくれるわよね?」
カタインは、当然のように言った。
そして、カタインとユリアーナがクラナの家にやって来た。
カタインは同伴にグリューンだけ連れている。
「今日は汗もかいたでしょう。湯の支度が出来ています」
クラナがカタインにそう言うと
「一緒に入らない?」
と返ってきた。
「服や武具無しの裸の付き合いだからこそ、話せることもあるんじゃないかしら?」
カタインはリョウの家に来てから、言葉を崩していた。
リョウはこちらのカタインの姿の方がしっくりきた。
「それなら、私がその間に食事の用意をしておきます」
ユリアーナが言う。
「何言っているの? あなたも一緒に入るのよ」
「えっ? でも、誰が食事の用意をすれば…………」
もちろん、リョウに出来るわけがない。
「グリューンにやらせればいいわ。出来るわよね?」
「畏まりました」
グリューンは頭を下げた。
「ほら、決定よ。早くしなさい」
ユリアーナに拒否権はなかった。
そして、現在である。
「失礼します」
ユリアーナが浴室に入る。
すでにクラナが入っている。
ユリアーナは異性以上に、同性に対して裸を見せたくなかった。
理由は明白である。
「ユリアーナさん、付き合ってもらってすいません」
クラナが申し訳なさそうに言う。
「これも仕事の内だと思って、やりますよ」
ユリアーナは苦笑する。
湯船に入るクラナの裸体が目に入った。
程よく引き締まっている。肌は白く、きれいである。
「あ、あの、ユリアーナさん、あんまり見られると照れます」
クラナは赤くなった。
「えっ、あっ、ごめんなさい」
ユリアーナは慌てて、視線を逸らして、体を洗うために移動した。
自分の体を見る。
傷だらけだった。きれいなところなどなかった。矢傷、切り傷、擦り傷、火傷、それはユリアーナが歩んできた道を物語っている。
男ならこういった傷を誇りにすることもある。
しかし、ユリアーナは劣等感しかなかった。
傭兵団の中では気にならなかった。同性はルピンしかいなかった。そのルピンとお互いの裸を見せるなどということはなかった。ルピンはユリアーナが、裸を見られるのが嫌だと言うことを察していたのである。
「ユリアーナさん、背中流しますよ」
クラナは湯船から上がる。
「だ、大丈夫です! 自分でしますから!」
ユリアーナは過剰に反応してしまった。
「ユリアーナさん?」
クラナは戸惑う。
「あっ、えっと…………」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「その、私よりもうすぐカタイン将軍が入ってくると思うので、だから、その…………」
「あら、ファイーズ要塞の司令官自ら、私の背中を流してくれるのかしら?」
カタインが入ってきた。
「あっ、お待ちしていました。カタイン将軍…………!?」
ユリアーナは、カタインの登場が悪い空気を変えられると思った。
確かに空気は変わった。ユリアーナは言葉を失った。
「ふふふ、私の体を見た人ってみんな、同じような反応をするのよね」
カタインは不敵に笑う。
カタインの体に刻まれた傷はユリアーナの比ではなかった。一種の模様のようだった。
中でも目立つ傷が二つあった。
一つは右腹部の切り傷。
もう一つは左乳房の刺し傷。
どちらも致命傷でないのが不思議なくらい深い傷跡だった。
「カタイン将軍、あなたは一体…………」
「中々、面白い人生を歩んできたのよ」
ユリアーナには何があったら、これほどの傷が体に出来るか分からなかった。
ユリアーナ自身、傭兵としてかなり危険な人生を歩んできた。その、ユリアーナが驚くほどの傷が、カタインにはあった。
「まぁ、最初の話が私の体の傷じゃ面白くないでしょ? まずはネジエニグ司令官に聞きたいことがあるわ」
「何でしょうか?」
「今回のフォデュース様の決起にあなたたちはどこまで関わっていたのかしら?」
「何のことでしょうか? 今回、フォデュース将軍が決起ことに、私たちは関与していません」
クラナの声は平常だった。
「あなた、思ったより手強いわね。ただのお飾りだと思ったけど、違うみたい。しかもあの坊やがいない今の方が、手強く思えるわ」
「リョウさんがいる時は、心のどこかで油断していますから。リョウさんならどうにかしてくれると、でも今みたいにリョウさんがいない時は、自分の力でどうにかしないといけません。だから、気を張るのです。だからもう一度、言います。フォデュース将軍が逃亡したのも、決起したのも、私たちの思惑とは関係ありません。フォデュース将軍から、歩み寄ってこられた時は心の底から驚きました」
クラナは言い切った。この言葉を通すという意思があった。
「なら、そういうことにしておきましょう。でも、私も言いたいことがあるわ。捕虜の身だったフォデュース様が逃げられたのが、故意だったか、そうでなかったかは、この際どうでもいいわ。あの方は私たちにとっての光。あの方がいるから私たちは一つになれる。あの方を私たちの元へ返して頂き、ありがとうございます」
カタインは深々と頭を下げた。額は床に着きそうだった。
「カタイン将軍、顔を上げてください!」
これにはクラナも動揺した。
「イムレッヤ帝国の将軍がこんなことをしなくても…………」
「権威というものは服の上から着るものだと思っているわ。だから今の私はただのアンシェ・カタインよ。本当は坊やにも同じことをしてやりたいけど、ここに呼ぶわけには行かないでしょ?」
「私は別に…………」
「私が構います!」
ユリアーナの声が響いた。
「実はあなたにしたかったことってこれだけなのよね。私からは他に何もないわ。だから、白々しく腹を割って話しましょ、と言いながら、腹の探り合いもする、なんてつもりはないわよ」
「そうですか」
クラナの表情が緩んだ。
「…………すいません、もうちょっと、話がしたかったのですが、気を張っていたせいか、のぼせてしまって…………」
「ふふ、それは演技じゃなさそうね。分かったわ。残りの話は食事の時にでもしましょ。ファイーズ要塞の司令官をこんなことで倒させた、なんて言われたらまずいわ」
「すいません。失礼します」
クラナは浴室から出て、行った。
カタインとユリアーナが残った。
「さて、後は傷物の女同士、傷の舐め合いでもしましょうか?」
「そ、その言い方、やめてくれませんか!?」
ユリアーナは顔を真っ赤にした。