カタインの惹かれたモノ
ネトシナ川、駄鉄の製鉄所。
「中は結構、暑いわね」
カタインが言う。
「何しろ、駄鉄を溶かしていますから」
リョウが説明する。
「駄鉄? あの加工が困難な鉄のことかしら?」
「はい、人間の力だけでは駄鉄の製鉄は困難です。だから、あの水車を使って、風を起こしています」
「そんなこと、誰が考えたの? と聞く必要はないようね」
「僕はきっかけを作ったに過ぎません。ここまで早くに駄鉄の製鉄が出来るようになったのは、職人方の技術があったからです。もう少し待ってください。親方が来ますから」
グレハードが姿を現す。
「どうもこんな格好ですいませんね」
グレハードは全身から汗が噴き出していた。
「構いません」
カタインは微笑んだ。
グレハードの顔が僅かに緩む。
「こ、こちらに、完成品がありまさぁ!」
グレハードは加工が終わった物を置いてある部屋に案内した。
「持ってみても?」
「構いません」
カタインは鎧を手に取った。
「軽いわね。驚くほどに。なるほど、駄鉄だからこの薄さでも鎧の機能があるのね」
「その通りです」とリョウが言った。
「なるほど、確かにこれは魅力的な物だわ。この駄鉄の武具も商談の材料になりそうね」
「気に入ってもらえたのなら、よかったです。僕には商談の権利がありませんから、後ほどあるべき場所でお願いします」
「そうね。…………何かしら、これは?」
カタインは一つの武器を手に取った。
その形状にカタインは惹かれた。
「剣に比べると細いわね。それに反ってるわ」
「それは刀と言うものです。僕が製法を教えて、作ってもらいました。駄鉄の強度なら、強力な刀になると思ったのですが…………」
リョウの表情からこの武器が失敗作だと、カタインは理解する。
失敗作にしては美しかった。
「これを使ってみたいわ」
カタインの笑顔は、今まで違った。
「構いませんよ。それでは外に出ましょう」
リョウたちは数本の刀を持って外に出た。
そして、丸太を用意する。
「カタインさん、刀はですね…………」
「不要よ」
「えっ?」
「説明は不要。見て分かるわ。これを剣と同じように使ったら、すぐに折れる」
カタインは刀を握った。まるで初めから、使い方を分かっているようだった。
カタインは大きく息を吸い、一刀を振る。
ドレス姿で剣を振るカタインの姿は、一枚の絵画のようだった。
「この武器は対象に対して、擦るように使う。そうでしょ?」
丸太は一閃され、二つに割れていた。
「その通りです。まさか、すぐに気づくなんて…………」
リョウは珍しく、心の底から驚いていた。
「すごい切れ味じゃない。どうして、失敗作なのかしら?」
「戦場では敵も動きます。動く敵に合わせて、刀を刃毀れさせずに使うのは本当に難しいのです。それに極限状態の戦場で、刀を正しく振り続けることの出来る者など居ませんから」
「なら、それが出来れば、この武器は近接戦闘で最高の戦果を出すんじゃない? これ、個人的に欲しいわ一本いくらかしら?」
「僕らからはなんとも…………」
リョウは困り果てた。刀は今回の商談の材料にするつもりが無かったからである。
「もし、了解があれば、差し上げまさぁ」
そう言ったのは、グレハードだった。
「元々、売り物にはならねぇ一品。その武器を一瞬で理解して、使いこなしたカタイン様にこそ、その武器は相応しいと思いまさぁ」
「あら、気前がいいのですね。何かお返しがしたくなります」
カタインは、グレハードに接近した。
「いやいや、その言葉と笑顔だけで十分でさぁ」
グレハードは咄嗟にそう言った。
「そうですか、ありがとうございます」
グレハードの顔はだらけきって、無骨な職人からほど遠い表情になった。
「と言うことなのですけど、司令官殿、どうでしょうか?」
カタインは、クラナに尋ねる。
半年前なら「どうしましょう、リョウさん?」などと言っていたかもしれない。
しかし、今のクラナは迷わず、こう答えた。
「はい、構いません。ただし、このことは内密にお願いします。余計な誤解を招くのも嫌なのです」
交渉相手に、度量を見せた。
この即答に、カタインは少し驚き、それでもすぐに表情を戻す。
「感謝します。そして、私は誓いましょう。もし、この先、シャマタルとイムレッヤ帝国が再び戦火を交えることになろうと決して、この『カタナ』をあなた方には向けないと」
カタインは真っ直ぐに、クラナを見て、宣言した。
「もうイムレッヤ帝国と戦うのは遠慮したいです」
クラナは困った顔で答えた。