ユリアーナとカタイン、女のあり方
クラナとカタインの同盟調印式は問題なく、行われた。
調印書に二人の名前が記載され、握手をもって終了となった。
「さて、ここからが私の本題なのですけど、よろしいでしょうか?」
カタインにとっては、この調印式は『ついで』だった。
「その前に見てほしいものがあるのですけど、いいでしょうか?」
「構いませんよ、楽しみですね」
カタインは微笑んだ。
調印式の後、カタインとの交渉は場所を変えた。
馬車に乗り、ある場所を目指す。
「あの、カタイン将軍、ちょっとよろしいですか?」
馬車の中に入り、会話が途切れると、黙っていたユリアーナが口を開いた。
「あら、元気そうね。思ったより、傷が浅かったのかしら?」
「そんなことはありません。本当に死にかけました」
ユリアーナは苦笑する。
「カタイン様、そちらが素なのですか?」
「なんのことかしら?」
「今のカタイン様はとても女性らしいです。戦場で会った時と、別人では無いかと思うほど、女性らしい美しさです」
「ありがとう、私は別に女を捨てたわけじゃ無いのよ? 女として将軍になったし、女としてこれからも生きていく。それが私のあり方なのよ。あなたはどうなのかしら?」
「え!?」
「女がこの世界で生きていくのは本当に過酷なのよ? あの坊やがいれば、あなたは戦場に出なくてもいいじゃ無いかしら? 家庭を守るのも、立派な務めよ」
ユリアーナは、自分に『剣を置く』という選択肢があることを考えたことも無かった。
考えてみれば、ローランと一緒になった時点で、考えるべきだったことである。
ローランが子供を欲しいと言ったらどうしよう?
いや、すでに思っているが口にしないだけかもしれない。
などとユリアーナは考える。
それを思うと、すでにローランに負担をかけていることになる。
しかし、ユリアーナにはすぐに出せる答えが無かった。
「カタイン様はどこに向かっているのですか?」
だから、カタインに質問を返した。
「私はね。女として、立ち向かわないといけない国と敵がいるわ。私を否定した者たちに、私を中途半端に生かした者たちに、その代償を払わせてやりたいのよ」
カタインは不敵に笑った。
それはユリアーナが戦場で見た笑顔だった。
「あっ、いけない、こっちの顔は見せないようにしていたのに」
不敵に笑ったのは、一瞬だった。すぐに女性らしい笑顔に戻る。
「お嬢ちゃんとはゆっくり話したいわ。交渉が一段落したら、どうかしら?」
「命の恩人の頼みを無下には出来ません」
「あなたの命を取りかけたのも私なのに?」
「戦場で敵を打倒するのは当然です。だから、恨みはしません。死ぬはずだった私を助けてくれました。これを感謝しないと言うことは、私には出来ません」
「ずいぶんと真面目なのね」
カタインの声は弾んでいた。
「あの、会話が盛り上がっているところ申し訳ないのですが、もう少しで到着です」
カタインは、クラナに視線を移した。
「分かりました。…………ゼピュノーラ姫、あなたとはまた話をしましょ?」
カタインの言葉に、ユリアーナは「喜んで」と答えた。
「カタイン将軍、川の方を見てください」
クラナに言われて、カタインは外に視線を向けた。
「あれは何でしょうか?」
場所はネトシナ川、水車による高炉が設置されている場所である。
「口で説明しても分かりづらいと思います。入れば分かります」
クラナが言う。
「ですけど、私、予定通り回ることしか考えていなくて、カタイン将軍の服装を考えていませんでした」
クラナは本当に申し訳なさそうに言った。
「ドレスで来るとは思っていなかったので、困っています。中はちょっと汚れているというか、ゴチャゴチャしているというか」
「構いません。それでも見せたいと言うことは、それだけの物なのでしょう?」
カタインは嫌な顔一つしなかった。
カタインは、クラナがつまらない思考で、動いていないことを理解していた。
いきなり要塞司令官を任された少女の頑張りを、カタインなりに評価していた。そして、この英雄を陰で操っているであろう人物に視線を向けた。
「僕の顔に何かついていますか?」
リョウは惚けたように言う。
「君とも一度、話がしたいものね」
「クラナが同席なら喜んで」
リョウは笑顔で、一歩引いた回答をした。