駄鉄の加工
少し時間を遡り、雪が溶け始めた頃のシャマタル独立同盟ファイーズ要塞。
『駄鉄』を加工し、新たな生産物にしようとファイーズ要塞の職人たちは、活気づいていた。
気温が上昇し、春が一歩手前まで来たこの時期、リョウの計画していた風車の設置が行われようとしていた。本当なら完全に雪が溶けてからの方がいいのだが、リョウの頼みで計画が前倒しになった。
リョウはその理由を「イムレッヤ帝国の内乱がもしかしたら予想より早く終わるかもしれない。それだと、武器は売れないかもしれないからね」と言った。
水車の設置は、驚くべき速度で行われた。これには種がある。リョウはモンドと相談し、要塞内で水車をいくつかの部分ごとに分けて作っていたのである。これを組み立てるだけで水車は完成する。だから、工事は早かった。
しかし、全てが順調というわけではなかった。リョウの考案した風を起こす水車の初動は、うまく風を送り込めなかった。リョウは、こういった高炉の存在を知っていたが、結局は専門家ではない。欠陥があった。それを修正したのは、モンドとグレハードだった。
一流の職人たちが、問題点を解決し、雪が溶けて地面が見える頃には試験的な駄鉄の製鉄が始まった。
そして、試作品の鎧が作られた。
「なによこれ!?」
声を上げたのは、ユリアーナだった。
「こんな軽い鎧で大丈夫なの?」
グレハードが持ってきた鎧は従来のものより、格段に軽かった。
「駄鉄っていうのは、加工が難しい。しかしだな、こうやって加工できちまえば、その強度は今までの鎧より、遙かに優れている。強度を試したが、この軽さで、従来の鎧と同じくらいの耐久だ。もちろん、もっとと厚くすれば、強度も増すがな」
「今はイムレッヤ帝国に、新しい鎧の衝撃を伝えたいから、これを大量に作るべきだと思います」
リョウが意見を言う。
鎧の軽量化、それはイムレッヤ帝国に鎧を売る際、大きな魅力になる。民兵は、正規兵より体力で劣る。鎧が軽ければ、その分、体力的な負荷が掛からなくなる。
それに普通の鎧やそのほかの武器なら、シャマタル独立同盟からでなくとも手に入れることはできる。
しかし、この軽い鎧だけは現在、シャマタル独立同盟からしか買えない。つまり商売の競争相手がいない。
「まぁ、いずれはこの製鉄方法が大陸中に広まるでしょうから、その前に荒稼ぎをしましょうか」
「あんた、商人の方が向いていたんじゃない」
ユリアーナが言う。
「残念、大きな数字を扱うのは、苦手なんだ。商人必須の駆け引きもできないし。というわけで、レベツーアンさん、商談はお任せしてもよろしいですか?」
「その前に首都へこれを送り、これを売って財源にすることの許可を取る必要があるだろう。無断でやれば、いい顔はしないだろうからな。ここには一癖ある方が多い」
「そうですね。そちらの方は全面的にお任せします」
「あとはこの要塞の司令官から許可が頂きたいのですが」
レベツーアンが「一応」と言いそうな口調で、クラナを見た。
「はい、いいと思います」
「クラナ、君って有能だよね」
リョウが笑う。
「突然、何ですか?」
「自分の分からないことに関しては口を挟まないところだよ」
「だって、私じゃ分からないんですから、分かる人に任せた方がいいと思います」
「それができることが貴重なんだよ。戦争は軍人が、物作りは職人が、内政は役人がすればいいんだ。それが分からないで、何にでも出ていこうとする、意見しようとする人間が頂点にいる組織は、崩壊するよ」
リョウはイムレッヤ帝国の内乱が、門閥貴族連合軍の自滅で終わることを予感していた。
数日後、門閥貴族連合が唯一勝っていた北部の戦線を放棄した、という報告が入る。
そして、門閥貴族連合の脅威がなくなったカタインが、ファイーズ要塞に来訪することも知らされる。
さらに新しい鎧をイムレッヤ帝国に売ることを、国家元首であるフェローが許可した書状も送られてきた。
「なんとか間に合ったね。さて、ここからは任せますよ」
「善処しよう」
レベツーアンが少しだけ力の入った口調で言う。