二人の距離
ヒデスハームの裏切りと死は、イムニア陣営にも知れ渡った。
イムレッヤ帝国西部、イムニア軍本陣。
イムニアは自身の体調不良を理由に進軍を遅らせていた。
しかし、イムニアが不機嫌だったのは、体調の不良からだけではなかった。
「お呼びですか?」
ウルベルはイムニアからの突然の呼び出しに応じた。
「ヒデスハームが死んだ」
「そのようですな」
ウルベルの口調には感情が入っていない。冷たかった。
「裏切り者として、ラーズベックに殺されたらしいが、ヒデスハームが私たちに味方すると思うか?」
「ありえないでしょう」
「私もそう思う。ということは、裏で手を引いた者がいるな?」
イムニアの声に苛立ちが目立つ。
「それはジーラー様でしょう。現にヒデスハームの部下の処刑を命じたのは…………………」
「私が言っているのは、そんな分かりきったことではない!」
イムニアは怒鳴った。
「ウルベル、貴様。リユベックに謀略を吹き込んだな!」
「はい、致しました」
「余計なことをするな!!」
イムニアのきれいな顔は真っ赤になっていた。
「余計なこと?」
イムニアの威圧は並の兵士なら、卒倒しているであろう。
しかし、ウルベルは全く動じていなかった。
「私は勝つために最善を尽くしたまでです。イムニア様、あなたは綺麗すぎます」
「何だと?」
「正々堂々、暗殺・謀略を嫌う。その高潔な精神は見事ですが、それ故にあなたは劣勢に陥ることがある。昨年の対シャマタル戦争で、もっと汚いことをすれば、あなたは勝てたでしょう。ですが、あなたは最後まで戦場での決戦に拘った。だからあなたは…………」
「黙れ! 私と我が軍は正面から戦うことでここまで来たのだ! もし、謀略に走れば、兵は皆、私についてこなくなる」
「そうですか。であればこそ、謀略は私にお任せください。私にはできます」
ここまでウルベルの口から謝罪の言葉は一切なかった。
イムニアの激昂は止まらなかった。
「貴様…………!」
イムニアがウルベルに迫った時だった。
(まずい…………!)
目眩を起こし、倒れそうになる。
「大丈夫ですか?」
ウルベルが支えた。
「さ、触るな!」
イムニアはウルベルに触れられた瞬間、過剰に反応した。
「何かと不便な体ですね」
「!!!」
その一言で、ウルベルに『秘密を知られた』と思ったイムニアは剣を抜く。
「お互いに」
その一言がなかったら、イムニアは本当にウルベルを斬っていたかもしれなかった。
「なんだと?」
ウルベルは、イムニアの剣を気にせず、迫った。
「失礼します」
ウルベルは、イムニアの左手を取り、自らの胸に当てた。
「これで信じていただけましたか?」
ウルベルの口調に変化はない。
「貴様…………なら、なぜここにいる?」
「その言葉、そのままお返しします」
「いつから気付いていた?」
「初めからです。同性の者同士、案外、気が付くものです。恐らく、カタイン将軍も気付いているのでは?」
イムニアは、ウルベルの底のない不気味さに怒りが冷める。
「ウルベル、貴様のやり方は気に入らない。しかし、お前のような人材も必要だと思い、陣営に加えたのは私だ。しかし、今度からは私を通せ。私の知らないところで、謀略が行われた。それが一番腹立たしい。それが分かれば、今回のこと、不問にしよう」
「申し訳ありませんでした。承知致しました」
ウルベルはイムニアとの会話の中で、初めて謝罪をし、その場を立ち去った。
ウルベルがいなくなると、イムニアは崩れるようにイスへ座り込んだ。
水筒を手に取り、水を飲む。
「リユベックに『大丈夫ですか』といってもらいたい…………」
人前では絶対に言わないことを口にする。
イムレッヤ帝国北部、カタイン軍本隊の駐留するガイワーシ要塞。
「あの坊やが結構非情な策を使うのね」
「カタイン様、ジーラー様のことをこれからは『坊や』と呼んではなりませんよ」
軽率な上官の発言を、グリューンは諫める。
「気をつけるわ。恐らくはウルベルの策でしょうね。あの二人、うまくやっているのかしら?」
「イムニア様とウルベル殿ですか? 確かに光と闇のような正反対のお二人ですね」
「共通点もあるわよ」
カタインは不敵に笑う。
カタインの言う「共通点」がグリューンには分からなかった。
聞き返す気もなかった。こういう言い回しの時の上官が、真相を話した例しがないことを知っている。
「報告します!」
兵士が入ってきた。
「何かしら?」
カタインには兵士の報告が予想できた。