表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
際会編
4/184

ファイーズ街道の戦い

 イムレッヤ帝国軍はファイーズ要塞攻略のためにガリッター、フェルター、エルメックの三人の将軍、三個軍団を投入した。総兵力は三万である。

 シャマタル独立同盟ファイーズ要塞軍は一万。数の上で三倍の差があった。それでもシャマタル独立同盟軍は野戦を選択した。それは若き司令官代理の力量を兵士たちに示すためだった。一戦に勝利し、士気を高める。若き司令官代理の名は「クラナ・ネジエニグ」十七歳の少女である。

「クラナ、今から緊張していたら、体が持たないよ。少し体の力を抜いて」

「そ、そんなこと言われても…………」

 イムレッヤ帝国軍は未だに、統帥のエルメックが姿を見せない。

 ガリッター軍団も進軍が遅れていた。

「どうも帝国軍は各軍団が単独で動いているようだね」

「そのようですね」

「問題はそれがフォデュースやエルメックの策なのか。それとも血気に走る将軍を制御できていないだけなのか、という点かな」

 エルメックが「教育」の為にわざと個別の行動を取っているなど、リョウには分からなかった。

「どっちにしろ。地の利はこっちにあるし、各個撃破の好機を逃す手は無いかな」

 接触が近いことはイムレッヤ帝国軍も分かっていた。

 フェルターは目前の戦いに気持ちが高揚していた。

 兵士から報告が入る。

「何? ガリッター将軍の進軍が遅れている?」

 正確にはフェルター軍団の進撃速度が速かっただけで、ガリッターが遅れたわけではない。

「如何しましょう?」

 参謀の一人が言う。

 慎重な司令官なら進軍を止め、足並みを揃えるところだろうが、フェルターはそうしなかった。

「敵の数は一万、我らは同数。何を躊躇う必要がある!」 

 イムニアの麾下の六将軍で最も好戦的と言われるフェルターにとって、消極的な行動は初めから選択肢になかった。兵士たちもフェルターに触発され、血を熱くした。

「お待ちください。我らだけ突出する必要はないのではありませんか? ガリッター将軍やエルメック将軍が到着するのを待ち、全軍を持って敵に当たる。それまでは防衛に努めるのが上策ではありませんか?」

 一人の参謀が水を差す。その進言は正しかった。

 しかし、攻勢を得意とするフェルター軍団にとって、この作戦は歓迎されない。

「我らは先鋒だ。一番手柄が目の前にあるにもかかわらず、動かぬなど、我が軍団の長所を殺す愚行だ。我らは戦うためにここへ来たのだ」

 フェルターはそう宣言した。そして、敵と接触した場合、即座に戦闘を開始する旨を全軍に伝えた。

 戦いは明日。両軍にその意識があった。

 戦い前夜の過ごし方は様々だった。

 いつも通りの者もいれば、酒を多く飲む者もいた。

 戦いの経験が少ない者は興奮し、中々眠れない。

 クラナもその一人だった。目を閉じ、寝ようとするがどうしても目が冴える。寝ないといけない、そう思えば思うほど眠れなかった。

 戦場。殺し合いの場。少し前まで遠い場所だった。今はその場所にいる。その中心にいる。死ぬかもしれない。人を殺すかもしれない。いや、間接的に人を殺すことになる。

 クラナの頭の中はグチャグチャだった。

 クラナは目を開けた。

「あれ? 外が明るいです…………」

 クラナはついに一睡もせず、戦いの朝を迎えた。



「クラナ、ひどい顔をしているよ」

「一睡も出来ませんでした…………それなのに今も全然眠くないのです。私の体、大丈夫でしょうか?」

「多分駄目じゃないかな。今日の夜は僕らのところへ来なよ。話をするだけでもちょっとは違うと思うよ」

 そう言われるとクラナは少しだけ赤くなり「はい」と答えた。

「女の子を誘うなんて、リョウさんも中々やりますね」

 ルピンは少しだけムスッとした。

「僕らのところって言ったんだよ!?」

「はいはい、今日の夜というものが来るといいですね」

「それ、洒落になってないからね」

 フェルター軍団はすぐにでも突撃してきそうだった。

「膠着状態、とはいかないみたいだね」

 リョウはフェルター軍団の陣形、凸形陣からそう判断した。

 直後、笛が鳴り、フェルター軍団の第一陣が攻め入る。

「正面決戦ですか。フェルター将軍は噂通りの人らしいですね」

 ルピンがそう告げた。ああ、とリョウが返す。

「あ、あの、お二人とも。どうしてそんなに落ち着いていられるのですか?」

 クラナが言った。表情が硬い。

「場慣れしているからね」

 リョウは微笑んだ。

 正直なことを言えば、リョウも怖かったが、そんな態度を取ったら、クラナが不安がるに決まっている。 だから余裕があるように振る舞おうと決めていた。

(フェルターの軍団は一万。同数だけど、士気はあっちの方が高いだろうなぁ)

 ファイーズ要塞軍はフェルター軍団の突撃に合わせて、最初に敷いていた横陣形を凹陣形へと変化させる。フェルター軍団を半包囲のする形になった。

「フィラックさんもアーサーンさんはさすがだね。兵士をまるで手足のように動かす。敵が包囲殲滅を恐れて、離脱してくれれば助かるんだけど、そんな気がしないんだよなぁ」

 リョウの予想は当たっていた。フェルターは敵の狙いが半包囲だとすぐに気づいた上で命令を下す。それは退却とは正反対のものだった。

「敵はこちらを包囲するために中央の兵力を薄くした中央突破の好機だぞ!」

 フェルターは直属の部隊も投入し、攻勢を強めた。

「猪突猛進を体現するような人だね」

 フェルター軍団の動きを観察しながら、リョウが言う。

「リョ、リョウさん、感想を言っている場合じゃないですよ!? 何か策を打たないと…………」

「ネジエニグ嬢、総大将があまり狼狽しないでください。兵士が不安に思います。リョウさん、この後はどうするつもりですか?」

「そうだね。それはグリフィード次第かな。僕らはとりあえず後退しようか」

 後退、リョウはあっさりと言った。



「敵は戦わずに後退していきますぞ! なんとも情けない!」

 兵士の一人が言った。

 フィルターは兵士ほど楽観的にはなれなかった。まるで手応えがない。何か策の中に引きずり込まれた気がした。それでもフェルターは止まらなかった。

「策など力で打ち破って見せようぞ!」

 フェルターが大声で叫んだ時だった。

 白一色の一団が現れる。

 シャマタル独立同盟軍の本陣を突くためにフェルター軍団の陣形は極端に長くなっていた。

 グリフィードが指揮する白獅子隊は、長くなったフェルター軍団の急所を正確に突き、戦場を駆け巡った。フェルター軍団は混乱し、攻勢が止まる。

「おのれ! こうなれば、我らだけでも敵の本陣を突くぞ!」

 フェルターが叫んだ。

「お待ちください!」

 一人の参謀が声を張った。

「隊列が伸び、各所で遊兵が生まれております。もはや我々は数ほどの働きはしないでしょう。このままでは一方的な包囲、殲滅をされてしまいます。一度全軍を引き、立て直してください」

 参謀は自軍の不利を確信していた。フェルターは睨んだ。参謀はひるまなかった。怒声を浴びる覚悟ならある。怒声を浴びてでも、自分の司令官を守る決意の元、参謀は進言したのだ。

 フェルターは怒鳴らなかった。それどころか、参謀を睨みつけたことを恥じ、頭を振る。

「お前の意見は正しい。本音を言えば、俺はこのまま下がるのが不本意だ。しかし、俺のみが突進し、全体の作戦に支障をきたしては、フォデュース様に合わせる顔がない。お前は確か、全軍が揃うのを待つべきだと言った奴だな」

 参謀は「そうです」と答えた。

「改めて名を聞こうか」

「オーゲン。シュワル・オーゲンと申します」

「オーゲン、その名前、確かに覚えたぞ。今回のことで俺は学ばなければなるまい。慎重論を提言する奴も必要だということを。撤退だ! できるだけ味方を救い出せ。密集隊形を取り、敵の包囲陣の一角を突き崩すぞ!」

 この判断がフェルター軍団の全面崩壊を防いだ。

「へぇ、ただ脳筋猛将タイプってわけじゃなさそうだね」

「まぁ、イムニアさんの所の将軍ですから。どうしますか。包囲陣を強化しますか?」

 ルピンが尋ねた。

「いいや」とリョウは頭を振った。

「あれだけ精強な軍団と優秀な司令官がいちゃ、どんな網も食い破られるよ。無駄な被害は避けたいから、包囲陣の一角をわざと薄くしようか。フェルターには、そこから退場してもらおう」

「賢明な判断ですね」

 フェルター軍団は戦場を離脱した。

 ファイーズ要塞軍は勝ったのだ。

 敵が戦場から完全に撤退するとファイーズ要塞軍から歓喜の声が上がる。アレクビューが病に倒れて以来、初めて野戦に勝った。司令官は孫娘のクラナ。この事実は全軍の士気を格段に上げた。

「終わったのですね」

 クラナは地面に座り込んだ。緊張の糸が切れ、急に体が重くなるのを感じていた。

「今なら少し眠れそうかい?」

「でも、各隊からの被害報告とかがあるんですよね」

「それはこっちでやっておきますから、休みなさい。どうせ、戦後報告を聞いたって、あなたに出来ることはありませんよ」

「ルピン、素直じゃないなぁ」

「何のことですか?」

「さぁね。というわけだからクラナ、休みよ…………クラナ?」

 返事はなかった。地面に座ったまま、とても窮屈そうな体勢で眠っていた。

「やれやれ、先が思いやられますね」

 ルピンは苦笑いだった。

「良くやった、いや、良く持った方だと思うよ」

 一戦に勝利したし、リョウたちも気を緩めたかったが、そうもいかなかった。

 イムレッヤの第二陣、ガリッター軍団が到着したという報告がすでにあったのだ。明日も戦闘が行われる可能性が高かった。

「まったく、無限に思える敵と対峙するのは体力より精神を消耗するよ」

 リョウは率直な感想を述べる。

「ガリッター軍団と言えば、精強な兵士で構成された個人技集団だと聞いたことがあります」

「個人技ねぇ……」

 個人の力は分母が増えるほど、影響が薄まる。

(戦争の中で個人の能力など微々たるものだ。それでも個人の能力をすべて否定することはできない)

 リョウはそんなことを思った。

「ルピン、ガリッター軍団の鎧、どれくらいこっちにあるんだっけ?」

「鹵獲したものが百ほど、と聞いていますが」

「なら明日は百の兵で精強なガリッター軍団に勝つように努力しようか」

 リョウは意地の悪い笑みを浮かべた。

「努力するのは誰なんですかねぇ」

 ルピンもそれにつられる。



 翌日。

「あんた、どういうつもり!?」

 ユリアーナが言った。

「何がだい?」

「何がって、こんなに油と薪を用意して」

「楽して勝ちたいからね。ガリッター軍団は乱戦に自信があるんでしょ? なら、その力を存分に使ってもらおうと思ってね」

「全くもって意味が分からないわ」

「ユリアーナ、君にはこれを着てもらうよ。扇動をしてもらいたい」

「これはガリッター軍団の防具じゃない?」

「そうだよ。君にしか出来ないことをやってもらう」

 リョウは作戦の全貌を伝えた。

「なるほど、それは私にしか出来ないかもしれないわね。候補は二人ほどいるけど…………」

 ユリアーナはクラナとルピンを見た。

「クラナは総大将だし、ルピンがそんなことをしたら…………」

「間違いなく死にますよ。私が」

 ルピンは即答した。

「分かったわ、で、肝心の勝算は?」

「よく見積もって三割かな」

「大した自信ね」

 ユリアーナは満足そうに笑った。



 ガリッター軍団の長所は個人技。それは乱戦の中でこそ真価を発揮する。

「準備整いました」

 兵士の一人がクラナに報告する。

「リョウさん、もし失敗したら、どうするのですか?」

「撤退するしかないね。ガリッター軍団とまともに当たるのは得策じゃない」

 クラナは「分かりました」と返答する。

 クラナは軍人では無い、だから退くこと、逃げることに抵抗がない。退くことを選択せず、悲惨な末路を辿った歴史を、リョウは多く知っていた。司令官の意地や名誉、一方的な美徳は兵士を無駄に死なせる。そんなものはない方がいい、とリョウは考える。

 まだだよ、とリョウは、ガリッター軍団をギリギリまで引き付ける。

「放て!」

 矢の一斉掃射がガリッター軍団を襲った。

 この時期、街道内の風はシャマタル側からイムレッヤ帝国側へ吹いている。この追い風は強い味方だった。矢は風に飛距離を伸ばす。

 矢による猛攻はガリッター軍団の進軍を一時的に止めた。

 しかし、屈強なガリッター兵が完全に止まることは無かった。

「矢で我が輩の兵が完全に止まるとでも思っているのか?」

 ガリッターは微動だにしていなかった。

「多少の損害など考えるな。接近戦に持ち込めば、我らの勝利だ」

 ガリッター軍団は徐々に進軍する。矢は絶え間なく打ち込まれているが、致命傷にはならなかった。

「何だあれは?」

 最前線のガリッター兵が何かに気付く。

 ガリッター軍団の目前に現れたのは、同じ防具を着たシャマタル兵だった。先頭にはユリアーナがいる。

「奴らは何をするつもりだ」

 ガリッター軍団は、リョウの意図を理解出来なかった。

 ユリアーナは見せつけるように百余りの歩兵隊を動かした。

 直後、大量の煙幕が戦場を覆った。

「なんだこれは!? 何も見えないぞ」

 ガリッター軍団の進軍は完全に止まった。

「今よ、私に続きなさい!」

 ユリアーナは叫んだ。

「敵が来るぞ!」

 ガリッター兵は構える。

 しかし、何も見えない。

 攻めてくるはずの敵の音もしなかった。

「ぎゃ!」

 一人のガリッター兵が倒れる。

「この煙幕に紛れて、敵を切り崩すわよ!」

「あの女の声だ!」

「気をつけろ! 敵はもういるぞ!」

「敵はもう隣で俺たちの命を狙っている!」

「やられる前になれ!」

 また沈黙である。

 それを破ったのは、剣と剣がぶつかる音だった。

 それを合図に戦闘が始まった。

「お前はシャマタル兵だな!」

「違う。お前こそシャマタル兵じゃ無いのか!」

「何だと!」

 そこにシャマタル兵がいると信じ、ガリッター軍団は剣を振った。

 しかし、そこにシャマタル兵は一兵もいなかった。

 同士討ちで損害を増していく。

 ユリアーナはというと、獅子の団の手練れ十数名と敵の中を駆けている。防具は脱いでいた。ガリッター軍団がユリアーナの接近を察知できなかったのは、防具の立てる音がしなかったからだった。

 煙幕に乗じ、ガリッター兵を切り伏せると同士討ちを扇動して回った。女であるユリアーナの声は戦場で異質だった。ガリッター兵の注目を集めるのには十分だった。

 ガリッター陣営。

「報告します! 煙幕を使われ、第一陣は総崩れです!」

「敵はそんなに強いのか?」

「いえ、それが…………」

「なんだ、言ってみろ」

「はい、同士討ちが多発しております」

「…………そうか」

 その報告をガリッターは淡々と聞く。

「閣下、第二陣を出しますか? それとも一旦、引きますか?」

 幕僚の一人が尋ねる。

「先日のフェルター殿の敗戦、そして今日のこの戦ぶり。敵にはよほどの参謀がいるのだろう。俺は武人だ。策の探り合いはできん。第一陣は下がらせよ。兵を投入すれば、するほど敵の術中に嵌まる気がしてならん。だが、このまま終わるのも面白くない」

 ガリッターは大剣を手に取った。

「直接当たってみるとしよう。近衛隊のみで出るぞ!」



 戦いはほぼ決着した。

「もう少しで煙幕が切れそうだ。ユリアーナたちに撤退の合図を送ってくれ」

 すぐに笛が吹かれた。

「グリフィード、ユリアーナの撤退を援護してもらえるかい?」

 グリフィードは「分かった」と言い、出陣する。

 白獅子隊が煙幕の晴れかけている敵陣へ突入する。

「撤退の合図ね」

 ユリアーナは笛を聞いた。

「早くしないと煙幕が晴れるわ。その前に逃げないと………………!」

 寒気がした。馬の足音が聞こえた。

 ユリアーナの感覚が警鐘を鳴らす。嫌な汗が出る。

「ほう、女が戦場にいるとはな」

「将軍章? もしかしてガリッター?」

 ユリアーナは剣を構えた。

「いかにも」

 ガリッターは馬から下りた。

「どういうつもりですか?」

「なに、我らガリッター兵の中に防具も着けずに忍び込んだ女の実力を知りたくなっただけだ。だが、女、不運だったな。我が輩に見つかるとは」

「不運? 馬鹿を言わないでくれますか。あなたを倒せば、ガリッター軍団は瓦解する……!」

 ユリアーナは、自身の手で戦いの雌雄を決する覚悟した。

 ユリアーナが先に動く。初撃はかわされた。間髪入れずに次、また次、と剣撃を出すが、かわされるか、受けられるかして一撃も届かない。ガリッターに力量を計られているようだった。

 ユリアーナは、ガリッターと自分の力の差を感じずにはいられなかった。

 このままじゃまずい、と思ったユリアーナは行動の限界点の手前で、連撃に隙を作った。ガリッターが反撃してくる。そう予想しての行動である。

 それは的中した。防戦に徹していたガリッターは大剣を振りかぶった。

(動作が大きい……!)

 ユリアーナは踏み込んだ。渾身の突き。狙いは首。タイミングは完璧だった。

「いい動きするな」

(かわされた?)

 首には届いていない。ユリアーナは体勢を崩す。ガリッターは大剣を振り下ろした。

「くっ……」

 ユリアーナは剣で受け止めるが、これは誤りだった。ガリッターの大剣は、ユリアーナの細身の剣を軽々しく砕いてしまった。衝撃でユリアーナは尻餅をついた。

「いい剣技を持っているな。部下に欲しいくらいだ」

 ガリッターは笑っていた。

「将軍ガリッター殿から褒められるとうれしいですね…………」

 ユリアーナは武器を失った。戦っても勝てる可能性は薄い。肩で息をし、手は痺れ、嫌な汗は止まることなく流れ続けている。

 また馬の足音がした。敵の援軍か、とユリアーナは最悪の予想をしたが、それは外れた。

「ユリアーナ、無事か!」

 グリフィードが駆けつけた。

「グリフィード…………ありがとう。気をつけて。そいつはガリッターよ!」

「なんだと!?」

 グリフィードたちはガリッターを囲んだ。しかし、追い込んでいる気にはなれなかった。ガリッターが大剣を振るおうと足を動かした時だった。

 今度はガリッター軍団の騎兵隊が現れる。

「閣下、敵の新手が迫っております!! ここは一旦引き、再戦の機会をお待ちください!」

 ユリアーナは遠くにフィラック連隊の軍旗を確認する。

 そうか、と返事をするとガリッターは悠々と背を向けて、立ち去った。

 誰もガリッターを追うことはしなかった。追う気も起きなかった。

「い、生きてる……」

 ユリアーナは全身から力が抜けた。自分の力量を大きく上回る相手だった。

 ガリッターに出くわすという事件があったが、全体では、ファイーズ要塞軍の大勝だった。



「フェルター殿はおられるか?」

 戦闘が終わり、退却したガリッターはすぐにフェルター軍団の本陣へ向かった。

「ガリッター殿、してやられたらしいな」

 フェルターが答える。

「ああ、我が輩の軍団の長所を逆手にとられた」

「俺もだ。敵は中々やる」

「では、本題に入るとしよう。これからの行動だ。大きく分けて二つある。エルメック様の到着を待つか、俺たちだけで再戦をするか」

「再戦に決まっているだろう」

 フェルターは即答した。

「そういうと思った」

 ガリッターは笑った。



「もしフェルターとガリッターが連携したら、僕らは不利だね」

「まぁ、単純に数で倍近くの差がありますからね」

 リョウの言葉に、ルピンが返した。

「でもその二つの軍団の連携がうまくいくとは限らない。いままで二人はイムニアという天才の元で動いていた。慣れていないんだよ。指示される側から指示する側になった。その変化に」

 ファイーズ要塞軍はなお街道に留まった。

 戦いは三日目を迎えていた。

「ところでルピン、首と腕に何で包帯をしているんだい? 君は怪我をするようなところへ居なかったでしょ?」

「朝起きたら、虫に這われたらしく腫れていたのですよ。気にしないでください」

 ルピンにそう言われ、リョウはそれ以上聞こうとしなかった。

 今は目の前の戦いが重要だった。

「リョウさん、本当に大丈夫なのですか?」

「たぶんね。今回の作戦はグリフィード、フィラックさん、アーサーンさんを信じるよ。だって彼らは僕を信じてこの二日間を戦ったんだから、ね。だから君は自信を持って号令すれば良いんだよ」

「はい」と言い、クラナは深呼吸をした。

「右翼アーサーン連隊『全員』突撃しなしゃい!」

 クラナは噛んだ。

「締まりませんね」

 ルピンは呆れる。

 それでも号令は実行に移される。

「あの小僧、失敗したら、あの世で恨んでやるぞ! 全員、私に続け!!」

 アーサーンが檄を飛ばした。

 アーサーン連隊はその総力が攻勢に出る。目標はフェルター軍団だった。

「フェルター将軍、敵が攻めてきます! 数およそ五千!」

「五千? 馬鹿な! それでは敵の全軍の半数がいきなり動いたと言うことか!?」

「それだけではありません。敵軍の中央も攻め込んできています。我が軍はすでに第一陣が突破され、第二陣も劣勢!」

 フェルター軍団は守勢に脆い、という弱点を曝け出した。ここで一転攻勢をかければ、まだ戦況をひっくり返せたかもしれない。

 しかし、フェルターはその決断が出来なかった。

「我らは守勢に徹する。さすれば、ガリッター殿が敵の側面を突いてくれるだろう」

 フェルターは連携を優先した。それはフェルター軍団最大の長所を殺す決断だった。



 戦い前夜の出来事。

「――――――――――――――――という動きを二人のうちどっちかが出来ませんか?」

 リョウが提案する。

 それにフィラックとアーサーンの二人は即答しなかった。

 やがてアーサーンは渋い顔で言う。

「机上の空論、とまでは言わないが私には無理だな。それは針の上に板を乗せて均衡を保つようなものだ」

「そうかい。フィラックさんはどうですか?」

「そんなことが出来るのは二人しか居ないだろう。私には出来ない」

「分かった。それなら別の作戦を…………」

「と、四〇年前なら言っていただろうな。わずかではあるが、私も成長したという自負がある。その役割、やらせてはもらえないだろうか?」

 フィラックは頭を下げた。

「えっと、頼みたいのは僕の方です。フィラックさん、お願いします。……………………それと興味本位で聞くのですが、その二人って誰ですか?」

「一人は帝国軍のエルメック様だ」

「…………それは聞きたくなかったなぁ」

「もう一人は…………」

 フィラックは一瞬、クラナに視線を移した。

「ハイネ・アーレ様だった」

「おばあさま様が?」

 クラナが驚く。

「シャマタル独立の際に、民兵の集団がイムレッヤ帝国軍に負けなかったのはハイネ様が居たからだ。彼女無くして、シャマタル独立同盟の成立は無かった。そして、我々はハイネ様に頼りすぎたのだ。それが彼女の寿命を縮めてしまったのかもしれない」

 フィラックの隻眼に悲しみが映った。

「あれから四〇年近くの月日が流れた。私もハイネ様に少しは近づけたと思いたいものだ」

 フィラックの声に力が入る。

 リョウは歴史家としての本質からその話を聞きたいと思った。

 しかし、今は脇に話を逸らしている時間が無い。後日の楽しみに取っておくことにした。

 そして、リョウは布陣を確認する。

「それじゃ、右翼から攻め込むのはアーサーンさん、中央・左翼で戦線の維持に努めるのはフィラックさん、お願いします。そして、グリフィード、戦いを決するのは恐らく君になる」

 グリフィードは「分かった」と言い、笑った。



 ガリッターは迷った。二つの選択肢があった。

 一つはフェルター軍団を援護し、攻め込んだ敵を側面から突く戦術。

 一つは手薄になっている敵本陣を強襲する戦術。

 どちらもガリッターにとっては有効な戦術だった。しかし、後者を選んだ場合はどうだろうか? 成功した場合、フェルター軍団を囮に使った、と非難を浴びる恐れがある。そうなれば、将軍同士の間で不協和音が生まれる。それは好ましく無かった。

「我々はフェルター軍団の救援に向かう。味方が戦闘状態に入ったのだ。放っておく訳にはいくまい」

 イムレッヤ帝国軍の注目がフェルター軍団に突入したアーサーン連隊に集まった。

「ここまでは予定通りだね。中央と左翼はどうなっているかな?」

「フィラックさんがどうにか戦線を保っています。ただし、全体の戦力分布が極端なので長い間維持できるとは思わないことですね」

 ルピンが淡々と報告する。

「長期戦にはしないさ。グリフィードに連絡してくれ。左翼から全力前進、敵を攪乱してくれと」

 その命令を聞いたグリフィードは、高揚した。

「突撃だ!」

 グリフィードは単純な命令を下す。

 白獅子隊は風の如き速度でガリッター軍団の側面を強襲した。

「こいつは愉快だな! どっちを向いても敵ばかりだ!」

 グリフィードを見て、剛胆だと感心する者もいれば、恐怖が欠落していると思った者もいた。しかし、どう思おうが、今の指揮官はグリフィードであり、もし彼について行けなければ、ガリッター軍団の中に取り残されてしまう。兵士たちにはそういった思いがあったので、とにかく必死に戦った。敵中にあって、団結した白獅子隊の強さは凄まじかった。加えて、グリフィードの攻撃進路の選択は的確で、ガリッター軍団の混乱は増す一方だった。

「まさか、我が軍がここまで乱されるとは………………」

 普段はあまり感情を表に出さないガリッターでさえ、戦況を見て顔を歪めた。

「一旦引くぞ」

「よろしいのですか?」

「このままでは不要な出血を増す一方だ。どちらにせよ、救援など行えない。機会があれば、急進し、敵の本陣に迫ろうかと思ったが…………」

 シャマタル独立同盟軍の防衛線は強固だった。これを突破するのには時間を要すると判断し、ガリッターは撤退を選択する。

「ガリッター殿は何をしている!?」

 フェルターは憤慨していた。

 援軍を当てにして、不得意な防御を選択し、すでに反撃の機会を失っていた。

「どうやら敵の強襲に遭い、総崩れしたようです!」

 兵士の報告に、フェルターは近くの椅子を蹴った。

「我らも引くしか無いでしょう」

 誰もが黙る中、オーゲンが口を開く。

「いずれ、ガリッター将軍を破った者たちが攻めて参りましょう。挟撃されては、逃げ場がございません。そうなる前に退却するのが賢明です」

「俺はいままで退却などしたことが無かった。それがどうだ。フォデュース様がいなければ、この体たらくだ!」

「恐れながら申し上げます。この敗戦を糧にするほか無いでしょう。生きていれば、再戦の機会も訪れます。死んでは名誉を挽回することも叶いません」

 フェルターは体を震わせた。

「覚えていろ! この借りは必ず返す! 今は無理でもいずれ必ず!」

 フェルターは吠えた。

 そして、全軍に退却を命じる。

「追撃はどうしますか?」

 ルピンが尋ねる。

「やめた方がいいと思うな。先に撤退したガリッター軍団が待ち受けているかもしれないし、そもそもみんなが限界だよ」

 イムレッヤ帝国軍は一時退却した。

 しかし、それは侵略を諦めたわけでは無かった。そして事態が変化する。

 戦いが始まってから三日目、フィラック・ガリッター両軍団が敗退した日の夕刻、エルメックが到着した。


 

「ほう、敵はアレクビューの孫じゃと聞いておったが、中々にやりおる。それともフィラックの手腕かの? フィラック、懐かしい名じゃ。また、こうして戦場で会えるとはの」

 エルメックは、旧知の友を思い出しているような口調だった。

 三日目が終わった時点でクラナとフィラックの名前は帝国軍も周知していた。

 クラナはともかく、フィラックの名前は帝国軍の兵士を動揺させた。

「しかもそれだけではないようじゃの?」

 エルメックはガリッター、フェルター、両将軍に視線を向けた。

「はい、変幻自在の陣形、それに白獅子隊なる集団が戦場を縦横無尽に駆け、我が軍を翻弄しております」

「白獅子とな?」

「白一色の騎兵隊です」

「ほう、なんとも華やかそうじゃの。提案したのは、フィラックではないな。あやつは実直が服を着て、歩いているようなものじゃからな。敵の狙いは大方、その白獅子隊をワシらに印象付けることじゃろ。こちらの兵士の目がそちらに向き、他の奇策が用しやすくなるからの」

 エルメックは、リョウの知恵を簡単に見破った。

 しかし、これが下級の兵士にまで理解できるわけではない。否が応でも白一色の部隊は戦場で目立つ。それを見れば、イムレッヤの兵士はうろたえる。

「ふむ、中々におもしろい輩が現れたようじゃの。要塞司令官のアーサーンが連隊長になったと思ったら、司令官にアレクビューの孫娘の名前があってびっくりしたわい」

 エルメックは笑った。

「何かあったのでしょうか?」

 ガリッターが尋ねる。

 エルメックは「はての?」と惚けた。

 そして、すぐに軍議を開く、と言った。エルメックは一旦、自身のテントに戻った。

 一杯の葡萄酒を口にする。

「恐らく内応者はアーサーンだったのじゃな。それを看破したのはアレクビューの孫娘か? それとも別の何者か。どちらにせよ。裏切り者のアーサーンをもう一度、連隊長に任命した器量は恐ろしいの。素直に処刑しておれば、シャマタル独立同盟は混乱し、瓦解しておったであろうに…………さて、この年になってこうも心が躍るとはの」

 エルメックは体が熱くなるのを感じた。



 同じ日の夜、シャマタル独立同盟陣営。

 ルピンからエルメック到着の報が届く。

「ついにお出ましか」

「ええ、エルメックさんの軍は一万。これでイムレッヤの総兵力は約三万ですね」

「フィラックさん、相手の総大将とは面識がありますよね?」

「エルメック様か…………お懐かしい」

 フィラックは懐古する。

「エルメック統帥はどんな人ですか? できれば情報が欲しいんです」

「アレクビュー様とは正反対の方だ。アレクビュー様は常に前線において兵を鼓舞していたが、エルメック様は最後衛で戦場全体を制御していた。用兵家としてだけみれば、正直アレクビュー様より上だった。もう一つ言うなら、私はエルメック様より優れた用兵家を見たことが無い」

「フィラックさんが言うなら間違えないだろうね。それはうれしくない情報だ。歴戦の名将に、三倍の大軍か。まぁ、かなり厳しい状況だね」

 薄氷の上の優勢、それは誰もが自覚していた。それでも弱音を吐く者は者はいなかった。それどころか、兵士たちはクラナを信頼し、開戦以前より士気は高くなっていた。

「ファイーズ街道内でなら、どうにか戦うことができる。全体を考えれば、かなり不利だけどね。イムレッヤが愚直かつ、非効率な策を講じなければ、街道を突破するには、かなり時間と兵を損失することになると思うよ。出来れば、そのまま撤退してほしいけどね」

 実のところ、この「愚直かつ、非効率な策」を取られること、それをリョウは恐れていた。もし、エルメックがその策を使ってきたら、ファイーズ要塞に撤退するしかない。

「ルピン、要塞防衛の準備は、どのあたりまで進んでいるかい?」

「もうほとんど万全ですよ」

 リョウは、クラナやアーサーンに了承を得て、ファイーズ要塞にいくつかの小細工を施していた。それはもちろん、これからのためである。

「おいおい、リョウ。俺たちは勝っているんだぞ。その発言は弱気過ぎないか?」

 グリフィードが言った。

「戦争とは、まず負けない体制を作ることが重要である。今勝っているからといって、次に起こりうる可能性を放置するわけにはいかないからね」

 薄氷の上の優勢。それが砕けた時のことを考えなくてはならない。



「消耗戦ですか?」

フェルターが渋い顔をする。

「そうじゃ、間断ない攻撃でシャマタルの連中を疲労させるのじゃ。殲滅や突破の必要はない。奴らを戦わせ続けるのじゃ。そうして疲労させ、降伏に至らしめるのが目的じゃ」

「それでは勝った気がしない。俺にもう一度やらせてください」

 今度はシャマタルの奴らを粉砕してやります、とフェルターは続けた。

 兵の数では有利だった。それでも負けた。この事実だけでフェルターの自尊心はひどく傷付けられていた。その上、そんな策をフェルターが快諾するはずがない。

「黙れ、小僧」

 フェルターをエルメックが一蹴した。将軍に対して、面と向かって小僧と言えるのは、この老人だけだ。

「戦いは、お主の尊厳や名誉を守るためにやるものではない。勝つか負けるか。シャマタル独立同盟軍が寡兵だからといって、後日の名誉を考える愚を犯せば、明日さえ来なくなるぞ。こちらは総力を持ってシャマタル独立同盟軍にあたる。もし、ワシの策に不満があるようなら、申してみよ」

 ガリッターはもちろん、さっきまで息巻いていたフェルターも沈黙した。二人の将軍が沈黙すると、軍議に参加した他の者たちの中にも発言するものはいなかった。



 次の日。

 リョウは猛攻を予想していた。三倍の兵力を総動員して来ると思った。対応策も用意していた。

 しかし、リョウの考えた戦術は全て使う機会を失ってしまった。

「まいったね。この戦術をあっさり取られるなんて」

「リョウさんの言った『愚直かつ、非効率な策』とは、これのことだったのですか?」

クラナが言う。

「ああ、イムレッヤ帝国軍は大軍。僕は大軍の有利性について、展開できるだけの空間がないと発揮できないと言ったけど、大軍の有利性は他にもあるんだ」

 それは回復力さ、とリョウは続けた。

「イムレッヤは簡単に兵の補充がきく。比べて、こちらに予備兵力は、殆どないからね。陽が昇ってから、落ちるまで戦闘が続いたら、堪ったもんじゃないよ」

「暢気に戦術講座を開いている場合じゃないですよ。どうしますか? 退くのも一苦労ですよ?」

「ルピン、全軍に伝令を飛ばしてくれるかい? 笛の合図を方式①から方式②へ変更するよ」

「分かりました。他には何かありますか?」

「恐らく、この後にエルメックが出てくると思う。そこが今日の分岐点だと伝えてくれ」

 リョウの指示はすぐに実行された。

 すでに陽は傾いている。戦闘開始から六時間が経過した。

 シャマタル兵を疲労は限界に近かった。

「敵の新手が現れました。エルメックです!」

 兵士から報告が入った。

 敵軍は、奇を衒わない横陣だった。そのため、付け入る隙がない。どうにか隙を作らなければならない。

 そのための方法はほとんど唯一といっていい。

「ルピン、グリフィードに敵の右側面を攻めるように連絡してくれ。それからアーサーンさんには、敵がグリフィードの攻勢に気を取られている隙に左側面へ回り込むように指示を。こちらの攻勢に敵が怯んだら、笛を吹いてくれ。総攻撃を思わせるんだ。実際はその笛を合図に急速反転、全速でファイーズ要塞まで撤退する」

「なるほど、すぐに取りかかります」

 白獅子隊が動き出した。敵の右側面に攻勢をかける。同時にアーサーンが敵の左側面に攻勢をかける。敵を押し返した。そして、角笛が吹かれた。

「ほう、そんなにこの老いぼれの首がほしいか? 全軍、防御を固めたまま後退せよ。敵が釣られて突出するようなら叩け」

 エルメックは面白みのない、奇を衒わない指示を出す。

 イムレッヤ帝国軍の動きが硬直する。

「よし、全軍全力で逃げるよ」

「分かりました。今後は要塞で戦いことになりますね」

 そうだね、とリョウは返す。

「エルメック様、敵が撤退します!」

 イムレッヤ帝国軍が気付いた時、シャマタル独立同盟軍はすでに戦場から離脱していた。

「見えとるよ。先ほどの笛は撤退の合図じゃったか。騙されたわい。ワシも自惚れていたかの。敵は老いぼれの首なんぞに興味は無いか。シャマタルにおもしろい輩が現れたの」

 してやられたはずのエルメックは笑った。

「追撃なさいますか?」

「せんよ。撤退と見せかけ、また何か企んでいるやもしれん。これでファイーズ街道の支配権を手に入れたのじゃ。今はそれで充分じゃよ」



 シャマタル独立同盟軍はファイーズ街道を放棄した。これは事実だ。それでもファイーズ要塞軍は悲観的になっていなかった。依然、士気は高かった。

 不敗。負けてファイーズ要塞に逃げ込んだ訳ではない。

 転戦。戦場変えただけだ。そういった印象がファイーズ要塞軍全体にあった。

 物は言い様ですね、とルピンは言う。

 だね、とリョウは返した。

 シャマタル独立同盟軍は夜中も休まずに動き、ファイーズ要塞まで後退した。

 ファイーズ要塞へ到着した時、夜は明けていた。

 激戦で兵士たちは体力の限界を遙かに超えていた。撤退するとほとんどの兵士は、死んだように眠りについた。

 常に戦線を支えていたフィラックは一言あいさつすると自室へ向かった。

 アーサーンも同様だった。

 ユリアーナは部屋に戻る途中で力尽き、固い地面の上で眠る。

 クラナは、ファイーズ要塞に到着するとすぐに昏倒した。

 リョウ、ルピンとグリフィードの三人は、そんな有り様を見ていた。

「今、イムレッヤ帝国軍に攻められたら、ファイーズ要塞は簡単に落ちますね」

 ルピンが溜め息混じりに言った。

「攻めてこないことを祈るよ」

 リョウは半分停止した思考で答えた。それ以降の記憶はない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ