ザーフォーギ・シュミルの戦い
イムレッヤ帝国南部、リユベック軍本陣。
「ヒデスハーム侯爵が麾下の兵を率いて、シュルミ要塞に入ったそうです」
リユベックが言う。
「ほう、やっとこちらも本格的な戦闘かの?」
イムレッヤ帝国最年長の将軍、エルメックが言った。
「して、数は?」
「麾下の兵、五万に加えて周辺の兵力も糾合し、八万に上る大軍だそうです」
リユベックは、ガリッターの問いに答えた。
「こちらが三万、数では圧倒的に不利じゃの」
「はい、ですから策が必要でしょう。エルメック様、こういった策はどうでしょうか?」
リユベックは地図を広げて、これからの動きを説明した。
「なるほどの。中々に面白い。ガリッター、出来そうか?」
「お二人の命令とあれば、役割を果たすまでです」
ガリッターは淡々と答える。
リユベックは軍を三つに分けた。
一つ目が、エルメック軍団二万。
二つ目が、リユベック騎兵師団八千。
三つ目が、ガリッターの最精鋭大隊二千。
まず、エルメック軍団が、シュミル要塞に向けて急進した。
エルメックの動きは、シュミル要塞に駐留しているヒデスハームも知ることになる。
「ふん、老人が耄碌したか。我らは八万の大軍ぞ!」
ヒデスハームはすぐに要塞から打って出た。
それに対して、エルメックの取った行動は意外だった。
ヒデスハームが要塞を出ると、エルメック軍団はすぐに反転してしまったのだ。
「ふん、この兵力差では何もできんか! 我らはエルメックを追うぞ!」
エルメック軍団は退却しようとするが、追撃するヒデスハーム軍を振り切れず、ついにザーフォーギ平原で捕まってしまった。
少なくともヒデスハームはそう思った。
「さてと、久しぶりに心が躍る展開じゃの。五十は若返った気分じゃわい。敵は無秩序な追撃で大いに乱れている。騎兵で突撃し、突き崩せ!」
エルメックの反転攻勢は見事だった。
功を焦り、突撃してきたヒデスハーム軍の第一波を簡単に撃退した。
「おのれ、老人! 数では圧倒的に有利なのだ。一気に押し潰せ!」
ヒデスハームは次々に兵力を送り込んだ。
しかし、その攻勢をエルメックは難なく防ぐ。
「まったく馬鹿貴族が、兵の使い方がなっとらん。無闇に兵士を殺す指揮官のなんと愚かなことか」
エルメックは弓隊と騎兵隊の波状攻撃で、ヒデスハーム軍を確実に削っていった。それでも数の優位を誇るヒデスハーム軍とこのまま戦えば、いずれは負けることは分かっていた。
もちろんそんな愚かなことはしない。エルメックも、そしてリユベックも。
「計画通りですね。我らも動きます」
リユベックは号令する。
異変は苦戦するヒデスハーム軍の後方で起きた。
「敵の伏兵です! 騎兵隊です」
兵士の報告に、ヒデスハームは顔を青くした。
リユベックの騎兵隊の動きは、風の如く速かった。
エルメックに対して、兵力を傾けていたヒデスハーム軍は孤立した。
孤立といっても、本隊だけで一万を有しており、リユベック騎兵師団と戦えるはずだった。
しかし、常に安全な場所で過ごしていたヒデスハームにとって、これは十分な窮地だった。
「私は逃げ…………転進する!」
リユベックの奇襲に対して、ヒデスハームはあっさりと逃げてしまった。
シュミル要塞に帰還出来れば体勢を立て直せる、と考えた。
ヒデスハームの本隊が撤退したことは、全軍を動揺させた。
そこにリユベック騎兵師団が参戦した。
リユベックはヒデスハームを追撃せず、エルメック軍団の加勢をした。
ヒデスハームに見捨てられた軍に戦う気力は残っておらず、半数が逃走し、残りの半数が捕虜・もしくは死亡した。
「エルメック様の手腕、お見事です」
「つまらん世辞はいらん。敵に将と呼べる者は一人もおらんからの」
「これよりヒデスハームを追撃しましょう」
「奴め、要塞に帰った時、今以上に顔を青くするじゃろうの」
エルメックは少年のように笑った。
「ガリッター将軍が上手くやっていることを願うばかりです」
リユベックとエルメックは、自軍を再編し、ヒデスハームの後を追う。
ヒデスハームは自軍を見捨て、シュミル要塞に向かった。
ザーフォーギ平原から帰還したのは二万、四分の一だけだった。
「一体、これはどういうことだ?」
シュミル要塞に到着した時、目を疑った。
ヒデスハームは膝を突く。
シュミル要塞には掲げられたヒデスハーム軍の旗は降ろされ、代わりにリユベック軍の旗が掲げられていた。
それはガリッターの別働隊の働きだった。
手薄になったシュミル要塞をガリッターは僅か二千で攻め落としたのである。
「去年のことで要塞攻略は嫌というほど勉強になった。それが活かせるとなると、シャマタルに感謝すべきか」
シュミルの中枢を占拠した時、ガリッターは苦笑しながら、呟いた。
ガリッターはそれから要塞の要所を全て押さえ、シュミル要塞を完全に落としたのである。
「この要塞はすでに我らのものである!」
要塞の中からガリッターが叫んだ。
その宣告で兵士の殆どは絶望した。
「ヒデスハーム様、報告します。ジーラー・エルメックの両軍が迫っております。帰る要塞もありません。如何しましょう?」
「…………………………………………」
兵士が尋ねるが、ヒデスハームからの返答は無かった。
ヒデスハームは、疲労・絶望・怒り・恐怖、負の感情に耐えられず、失禁し、気を失っていた。
その姿を見た兵士たちは、この戦いが完全に終わったことを理解した。