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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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駄鉄

 シャマタル独立同盟、ファイーズ要塞。

 イムレッヤ帝国で門閥貴族連合が、イムレッヤ帝国北部に侵攻した。

 情勢の変化に対して、ファイーズ要塞では軍人・役人・商人・職人が集まり、会議が開かれていた。

「イムレッヤ帝国側からカタイン将軍の来訪の延期の申し出があったぞ」

 アーサーンが報告する。

「まぁ、そうでしょう。カタイン将軍はそれどころじゃないですし」

 イムレッヤ陣営と門閥貴族連合、最初の激突であるレンベーク平原の戦いは、イムレッヤ陣営の大勝だった。

 しかし、カールメックはすぐに手を打ち、イムレッヤ帝国の北部に大軍を派遣した。

 カールメック自らも北部に遠征した。

「同盟の調印は代理の者が来るらしい。落ち着いたら、改めてカタイン将軍が来るそうだ。リョウ、本当に大丈夫か?」

「何がです?」

「イムニアは勝てるのかということだ。兵力では明らかに門閥貴族の方が上だ。それに本拠地である北部が落ちれば、致命傷だぞ?」

「イムニアはどうしていますか?」

「依然として、イムレッヤ帝国の西部に留まっているらしい」

「なら、大丈夫だと思います。イムニアは北部が落ちない算段があるから、動かないのです。でなければ、イムニアは動きます。それにカタイン将軍との会談が延期になったことは、こちらにとって良かったかもしれません。これの加工に必要な施設を作るのに、思ったより時間が掛かりそうですから」

 リョウは会議が始まってから、目の前に置いてあった鉄を指差した。

「思った通り、この辺の山にはこの鉄がたくさんありました」

 リョウはファイーズ要塞付近の生産物を調べ、『駄鉄』というものがあると知った。記載を信じるなら、それはこの付近の山に多く存在する。

 そして、記載は本当であり、その埋蔵量は莫大であった。

 しかし、それだけの鉄が放置されているのには理由があった。

「リョウ、お前は軍事方面では冴えるが、こっちの方は素人だな」

 アーサーンは呆れ顔だった。会議に参加している数名が笑った。

 今回の会議は、統合作戦本部では無く、ファイーズ要塞の役所で行われていた。

 ファイーズ要塞の立て直しの話を役人や有力な商人・職人も含めて行うことが、目的だからである。

 彼らはリョウをあまり知らない。

 加えて、リョウの発言は、一般からすれば、やはり間抜けだった。

「ネジエニグ司令官の副官で中々の切れ者だと聞いていたが、この『駄鉄』のことは何も知らないようだ」

 レベツーアンは落ち着いた口調で言った。

 彼はファイーズ要塞の財政部門の統括である。大打撃を受けたファイーズ要塞が破綻していないのは、彼の手腕だった。

「グレハード棟梁の方が、私よりも詳しいだろう」

 そう言って、レベツーアンは一人の職人へ話を振った。

 男は見事な髭を生やし、両腕は丸太のように太かった。

 グレハードは、ファイーズ要塞の鉄加工職人たちの統括であり、もちろん『駄鉄』のことも知っている。

「残念だが、兄ちゃんよ。この『駄鉄』は加工が困難だ。普通の鉄を加工するのに、必要な十倍、いや二十倍は人が必要になる。加工品が出来たとしても、赤字だ。だから、この『駄鉄』は『駄鉄』って呼ばれるんだ」

「知っています」

 リョウはいつもと同じ口調だった。

 クラナやユリアーナは、別に何ら心配をしていなかった。

「二十倍の人が必要だと言いましたが、それは製鉄の際に、風を送り込む作業をする人が多く必要になってしまう、という認識で間違いないでしょうか?」

「まぁ、そうだな」

 製鉄の際、炉の温度を保つために風が必要である。だから、誰かがそれをやる必要があった。『駄鉄』を加工するとなると、炉を限界まで高温にする必要があるために人件費が掛かってしまうのである。

「これを…………」

 リョウはグレハードに準備していた書類を渡した。

 レベツーアンにも渡す。

「あなたにも見て欲しいのですが」

 リョウが渡した三人目は、モンドというファイーズ要塞の土木関係を取り仕切る職人だった。

 モンドとリョウは少しだけ面識があった。

 ファイーズ要塞攻防戦の際、ネトシナ川を堰き止め、濁流を作るという策を実行するために動いたのが、モンドだった。その他に弩の製作や防衛施設の改良などはモンドが動いたから、成せたことである。

「今度はどんなことで俺を驚かせてくれるのか?」

 右目の上に大きな傷があるモンドは笑った。

「呆れるかもしれませんよ」

「そんなことはないさ。弩、作っていて楽しかったぞ。あれで人を殺すと思うと複雑だがね。何か新しいことを出来るのは、職人にとって良い刺激になる」

 モンドはリョウが渡した資料に目を移した。すでに資料を読んでいる他二人の表情を見ていると、内容が楽しみで仕方なかった。

「ほぅ、これはまたとんでもないことを考えついたな」

 三人が見た書類を、会議に参加した全員が回して読む。

 事前に、それを知っていたクラナとユリアーナ以外は驚く。

「僕の独創ではありませんから。で、三人に聞きたいのですが、これは可能ですが」

「建築の専門家から言わせてもらうと、私の担当部分は可能だ。初の試みではあるが、私の方では別に新しく何かを求められるわけでは無いからな」

 モンドは即決した。

「理論は分かる。やってみたい気もあるが、こんなことやったことがない」

 グレハードは複雑そうだった。

「なんだ。グレハード、心が躍らないか。これは面白そうだぞ」

「お前と一緒にするな。だが、確かにな」

 グレハードは笑った。

「リョウ、面白い奴だ。俺もやれるなら、やってみてぇ!」

 職人たちはグレハードに賛同し、熱を持つ。

「ありがとうございます。となると、後は財政の問題ですね」

 リョウは、レベツーアンを見た。

「この要塞、いや、シャマタル全体の財政は厳しい。いつ破綻してもおかしくないような状況だ。遊ばせる金などない」

 その言葉に、会議場の熱は一瞬だけ冷めた。

「だが、どうせこのままいけば、いつかは破綻する。なら、どこかで勝負に出るしか無いか」

「えっ、それてつまり…………」

「この件を私は承諾すると言うことだ」

 会議場の熱が再び上がった。

「よし、作ろうじゃないか。水車で風を起こす新しい炉を!」

 やるぞ! と会議場が沸いた。

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