レンベーク平原会戦
レンベーク平原は三つの大きな街道がぶつかる交通の要所である。
三つの街道はそれぞれ、イムレッヤ帝国中央、西部、北部に伸びる。
イムニアがここを押さえれば、イムレッヤ帝国中央、西部の進路選択が出来るようになる。
すでにリユベックが別街道から、イムレッヤ帝国西部に侵攻を開始しており、レンベーク平原を奪取できれば、イムレッヤ帝国の西部をイムニアの手中に収めることは容易だった。
逆に負けることがあれば、リユベックの別働隊は完全に孤立する。
イムニアには絶対勝利が課せられていた。
「敵の兵力は六万、こちらは四万。数的不利はあります」
ウルベルが報告する。
最初にレンベーク平原に布陣したのは、イムニアだった。
「確かに数では不利である。しかし、正面から戦っても負ける気がしない」
イムニアは楽しそうに笑った。
「しかしだ。これは決戦ではない。ただの前哨戦だ。相手にはカールメッツも控えている。ここで兵を消耗するべきではないだろう」
「では、如何します?」
「シャマタルの真似事をしてやるさ。もう準備は出来ている」
イムニアはレンベーク平原に流れるナルーテ川を指差した。
「二度同じ策を使うのは愚策では?」
「敵が名将ならな。デンレッサーにはこれで十分だ」
イムニアはナルーテ川に細工を施していた。
デンレッサーの軍勢が布陣したのは、イムニアが到着した翌日だった。
この日はお互いに動かなかった。
しかし、両者の睨み合いは長く続かない。
両軍が対峙して二日目、デンレッサーが動いた。
「数では我らが有利! 一気に踏みつぶせ!」
デンレッサーは号令する。
頬に大きな斬り傷が、巨体の男。それがデンレッサーである。猛将と称されるだけの武勲を持っており、決して無能では無かった。
しかし、思想には難があった。貴族を選ばれた人間だと思っており、平民を無下に扱っているので、平民出身者の将官からの評価は決して良くなかった。
戦いは膠着する。
イムニア軍の先鋒はミュラハールだった。その守りは『鉄壁』と称されるほど堅固である。
「ええい、何をしているか! 俺が出る!」
攻め手を欠く味方に業を煮やしたデンレッサーが自ら前線に出た。
「敵の総大将が前線に出て参りました!」
兵士がミュラハールに報告する。
「それは好都合、一番楽な勝ち方が出来そうだ。全軍に伝えよ。押されている振りをして、後退せよ、と」
ミュラハール軍団はこの難しい行動を実行した。
そして、ミュラハール軍団はナルーテ川を渡った。デンレッサーの本隊もそれに釣られて、川を渡る。
それを見ていたイムニアは勝利を確信した。
「デンレッサーは確かに猛将かもしれん。だが、奴は視野が狭すぎる。所詮は総大将には向かない男だったな。川の上流に待機している工作兵に合図を送れ。堰き止めていた水を解放しろ!」
イムニアの命令はすぐに実行された。
歩いて渡れる水量だったナルーテ川は激流と化す。
デンレッサー軍は完全に分断された。
「敵を包囲し、殲滅せよ!」
イムニアの号令で防戦に徹していたミュラハールは、反転攻勢をかける。
左翼からはアンスーバ軍団、右翼からはイムニアの本隊が迫る。
「おのれ、俺がこんな策で…………!」
デンレッサーは叫んだ。前も、右も、左も敵が迫る。
デンレッサー軍は、次々に討ち取られていく。
対岸では、残された軍勢が状況の激変に困惑していた。総大将が川の向こう側では、統制を取れる者がいない。とりあえず合流すべき、と浅瀬が無いか模索している時だった。
「敵襲だ!」
兵士が叫んだ。
それはイムニアが予め伏せていたフェルター軍団だった。
「喜べ、手柄は立て放題だ。全軍突撃だ!」
フィルターの命令は単純だったが、司令官のいない軍には、効果的だった。
烏合の衆と化していた対岸のデンレッサー軍は無力のまま討ち取られていく。
逃げ惑い、戦う者はいなかった。それはフェルター軍団による狩りだった。
デンレッサーのいる前軍は、後軍の敗走を知ると僅かに残っていた戦意も消滅した。次々に剣を捨て、降伏する。
「なぜ死ぬまで戦わぬ!」
デンレッサーは檄を飛ばしたが、答える者はいなかった。
「馬鹿な大将について行く兵はいないと言うことだ」
「お前はイムニア!」
「投降か、戦死、好きな方をくれてやる!」
「舐めたことを言うな!」
デンレッサーは顔を真っ赤にし、イムニアに突進した。
「放て」
ウルベルの指示で弓兵隊が一斉に矢を放った。
「イム…………ニア…………!」
デンレッサーはまだ遠いイムニアに手を伸ばした。その手が届くことは決してない。
デンレッサーは十数本の矢を受け、絶命した。
「投降した者は拘束しろ。それからフェルターにはあまり深追いするなと伝令を遅れ」
イムニア軍の死傷者は千人弱。
デンレッサー軍の死者は一万人超、捕虜は二万人弱。
イムニア軍の圧勝だった。
しかし、戦後のイムニアは退屈そうだった。
「やり甲斐のない戦いだ。リョウ殿とは言わないが、もっと戦い甲斐のある相手が欲しいものだな」
イムニアは呟いた。