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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
32/184

カールメッツ元帥

 時間は遡り、イムニアと門閥貴族連合が最初の衝突をする前の話。

「敵の総司令官にはカールメッツ元帥が着任したそうです」

 ウルベルが報告した。

「ほう、あの老人がか」

 イムニアは珍しく興味を示す。

 カールメックは五十六歳、軍歴は四十年を超え、堅実な戦術指揮には定評があった。

「エルメック、どう思う?」

 イムニアは、イムレッヤ帝国最年長の大将軍に意見を求めた。リユベックが地盤を固めるのに奔走している今、イムニアが一番に意見を聞くのは、エルメックになっていた。

「ワシが知る限り、もっと厄介な奴が総司令官になったの」

 エルメックを以て、カールメック元帥をそう評した。

「奴は劇的な勝利など望まんし、奇策は使わん。正攻法で挑み、勝利する。劣勢になろうとも大きく崩れること無く、最小の被害で乗り切り、次に繋げる。今の戦力差で、もし奴が本当に総指揮を行えば、ワシらはいきなり窮地に陥ることになるの」

「カールメッツ元帥がなんだというのです? 率いるのは、貴族連中の私兵、我々前線の将兵とは練度が違います!」

 フェルターが声を上げた。

「イノシシはうるさいわね。弱者が率いる強者の軍勢なら脅威にならない。けど、一人の強者に率いられた弱者の軍勢は十分な脅威になり得るわ」

「カタイン将軍の言うとおりでしょう」

 ウルベルが続ける。

「カールメッツ元帥のことも気になりますが、目前の敵を排するのが先決でしょう。敵の先鋒はこちらに向かっているそうです。敵の第一陣の大将はデンレッサー将軍です」

「デンレッサー!? あの、西部方面司令官の?」

 ミュラハールが驚いた。

 デンレッサーとイムニア陣営には因縁があった。

 デンレッサーは貴族出身の軍人である。平民の出でありながら、二十代で異例の出世をしたイムニアのことを嫌っていた。西部戦線、対フェーザ連邦の戦争で活躍したイムニアを北部に左遷したのは、デンレッサーだった。

「あの醜男が嬉々として先鋒を買って出る姿が目に浮かびますね」

 カタインは冷笑した。

「ああ、私もそう思う。望むなら、先鋒の誉れをくれてやろう。しかし、それは門閥貴族連合が地獄に送られる先鋒であるがな」

 イムニアは楽しそうに笑った。

「フェルター、ミュラハール、アンスーバは私と共にデンレッサーを叩く!」

「「「御意!」」」

「エルメック、ガリッターはリユ…………あの方と合流し、手薄になったイムレッヤ西部へ進軍し、平定せよ!」

「畏まりました」

 ガリッターが静かに言った。

「中々、無理をしているな。どうじゃ、リユベックと呼べば良かろう? あやつも気にせん」

 リユベックの立場が変わろうと、エルメックは特に変わらなかった。

「あなたはそれでも良いかもしれないが、私は変える。いずれは皇帝陛下と呼ぶだろう」

「そうかの。まぁ、好きにせい」

 エルメックは笑った。

「閣下、私の名前がどこにも出ていなかったのですが?」

 カタインは進言した。

「お前はこの北部に留まり、後方から我らを支援してくれ」

「それはつまらない任地ですね」

 カタインははっきりと言った。

「そう言うな。この北部を盤石にしておかないと土台が崩壊する。この責任は重大だと心得よ」

「やるからには務め、問題なく果たしますわ」

 カタインは、イムニアに頭を下げた。

「それとシャマタルに使者を送ってある。いずれ、同盟を結ぶことになるだろう。シャマタルが断らなければだがな」

「シャマタルに断る理由はないでしょう。…………一つ、注文をよろしいですか?」

「なんだ?」

「同盟の調印、その場に一人、招きたい人物がおりますわ。ユリアーナ・ゼピュノーラという者なのですけど」

「お前がネーカで助けたという女兵士か? 別に構わんが、断れるかもしれんぞ。それにお前と戦って重傷を負ったのだろう。生きているかも疑わしい」

「きっと生きておりますわ」

 カタインは笑う。

「それでは各自、油断はするな!」

 御意、と将軍たちは声を張った。

「しかし、気になるの。カールメックはお主に恨みはないじゃろう。それどころか、お主のことを高く評価しておった。進んで門閥貴族の総司令官になったとは思えんのじゃがな」

 エルメックのこの予想は当たっていた。



 カールメック元帥が門閥貴族連合の総司令官に着任する前、門閥貴族連合の盟主ラーズベックと副盟主ヒデスハームの三者会談があった。

「その件はお断り致します」

 カールメックは総司令官の座を固辞した。

「まぁまぁ、そう言わずカールメック元帥」

 ラーズベックは作り笑いを浮かべる。

「新皇帝を名乗る不届きな輩を討伐するのは、イムレッヤ帝国の軍人として当然ではないか」

「もし、イムニア将軍の陣営とまともに戦えば、イムレッヤ帝国は大きな傷を残すでしょう。イムレッヤ帝国のことをお考えなら、話し合いでの解決を是とすべきです」

「そうか、カールメック元帥は戦わないとおっしゃるのか。仕方ない。…………それとは別の話だが、念のため、カールメック元帥の妻子を保護下に置いていてな」

 カールメックの眉がピクリと動いた。

 ラーズベックとヒデスハームは意地に悪い顔をしていた。

「もう一度、尋ねる。総指揮をとって頂けるか?」

 カールメックは最初から、拒否できるなど思っていなかった。

 門閥貴族が本気にれば、何でも出来る。カールメックは分かっていた。

「一つ、条件があります」

 その言葉が、承諾と同義だと思ったラーズベックとヒデスハームは笑った。

「なんだ?」

「私が総司令官となるのであれば、軍事面での権限は一任して頂くと言うことで宜しいですか?」

「もちろんだ」

 ラーズベックはカールメックの手を握った。

 カールメックは、その言葉が本当だと願いたかった。

「非才の身で宜しければ、力になりましょう」

 結局、カールメックはそう言うしかなかった。

 これ以上断れば家族が、さらに断れば恐らく部下に災いが降りかかる。それは避けたかった。

「現在の状況を教えて頂けますか?」

「西部司令官のデンレッサーを総大将に第一陣が出発している。数日中に戦勝の報告が届くかもしれんな」

 ラーズベックは笑った。

 カールメックは無表情だった。あまり大きな負けでなければ幸い、と願った。

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