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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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半歩前進

 統合作戦本部に寄ったら、思ったより時間が掛かった。

 兵士たちに回復した姿を見せ、帰ろうとしたのが正午過ぎだった。

 しかし、クラナが統合作戦本部にいることを知った役人たちまで挨拶に来たので、帰宅の時間が遅れてしまった。

「申し訳ありませんでした」

 別れ際に、アーサーンが頭を下げた。

「クラナ様の機嫌を伺おうとする方々は多いのです」

「大丈夫です。それにあの方々を無下にしては、私の立場が悪くなるだけですから」

「若者の成長は早いですね」

 アーサーンは笑った。

「あなたに初めて会った時はただのお飾りでしたのに、今は一人で駆け引きが出来るようになられた」

「駆け引きの専門家に鍛えられましたから」

 クラナは苦笑いをした。

「聞いております」

 アーサーンも釣られて苦笑いになった。

「それではアーサーン、今日は失礼します。また、会いましょう」

「お待ちしております」

 統合作戦本部を出たクラナは小走りだった。

 すでに日は傾いている。

「リョウさんは待っているでしょうか?」

「リョウさんは怒っていないでしょうか?」

 クラナは心配だった。

 どんな顔で会えば良いか分からなかった。

 それでも会いたかった。話がしたかった。

 いつの間に走っていた。

 あっという間に家に着いた。

 家の戸に手をかける。重いと感じた。

「ただいま帰りました……………………」

 クラナは小声で言った。

 リョウを探すために家の中に入る。

「お帰り」

 声はすぐ側で聞こえた。

 クラナは視線を下に移した。

「リョウさん……………………」

 リョウは家の入り口の床に、毛布に包まって座っていた。

「どうしてこんなところに? 風邪を引いたらどうするのですか?」

「一応、室内の暖房器具は動いているから、そこまで寒くないよ」

「でも、やっぱりここは寒いです。中で待っていてくれたら良かったのに」

「それじゃ君が僕のところに来てくれる自信が無かったから」

「えっ!?」

「君に会いたかった。絶対に会いたかった。だから、ここにいたんだよ」

 リョウは立ち上がった。

 クラナに迫る。

「リョ、リョウさん!?」

「クラナ、僕がこれからすることは的外れかもしれない。君は怒るかもしれない。でも、行動させて欲しい」

 フィーラが言ったことをするのに、かなりの抵抗を覚えながらもリョウは行動を起こす。

 リョウはクラナに接吻をした。

 それはハイネ・アーレに帰った夜、二人が初めて出会った木の下でして以来だった。

 あの時より上手くいった。

 あの時より長くやった。

「リョウさん、いきなりどうしたんですか!?」

 一つの行動が終わるとクラナの顔は真っ赤だった。

「これが今の僕の限界だよ」

「限界、ですか?」

「うん、今まで誤魔化してごめん。今度ははっきり言うよ。今は子供を作り気にはなれないんだ」

 リョウには怒られる覚悟があった。怒られてでも前に進む覚悟があった。

「あと三年、いや、二年待って欲しい。それまでには子供を作れる環境を作るから。言い訳だと、優柔不断だと思われても構わない。でも、それまでは君に子供を作って欲しくないんだ。君のことが大切だから」

「リョウさん、それってこの二年間の間に何かが起きるということですか?」

「起こらなければ良いけど、起こるかもしれない。その時、僕はまた戦わないといけない。恐らくクラナにも負担がいくと思う」

「リョウさん!」

 クラナは、リョウを押し倒した。

「なんだかこの体勢には覚えがあるんだけど?」

「ルパちゃんのベッドに押し倒した時と同じに感じますか?」

「いいや、今の君は、怖くない」

「そう言ってもらえるとうれしいです。私、逃げていたんだと思います。自分が死んでも、子供を残せれば、その子にリョウさんの全てを任せられると。自分が生き残ることを強く思わなかった。その考えは捨てます。リョウさんが、私のことを大切に思ってくれるなら、そんな考えでは駄目だと気付きました。リョウさん、私には新しい目標が出来ました。私がリョウさんの最期を看取ります」

「なんだい、それは?」

 リョウは笑った。

「お互いに年を取って、私が英雄なんて呼ばれていたことすら、みんなが忘れた時代の話です。朝、リョウさんが起きてこないから、おかしいと思って駆けつけた私はベッドで安らかな顔で眠っているリョウさんを見て全てを悟ります」

「それは悲しい話じゃない?」

「それだけなら、悲しい話です。でも、その道中には楽しいことがたくさんあったと思います。いいえ、作って見せます。風邪を引いていたとはいえ、死ぬことばかり考えるなんて、私らしくないです」

「いいや、死ぬことばかり考えるのは、実に君らしいじゃないかな? ファイーズ要塞行きの馬車に忍び込んだのだって、簡単に言えば、死ぬ前に外の世界を見たかったから、だったし」

「そ、それは忘れてください!」

 クラナは恥ずかしそうだった。

 リョウは真面目な表情だった。

「君は追い込まれると決死になる。今回、そんな気持ちにさせてしまったのは、僕が曖昧だったからだ。これから、はっきりする。君が生きたい、って思うくらい楽しい思いをさせたい」

「ありがとうございます」

「あと、生きるとか死ぬとか言えないほど忙しい毎日が来ると思うよ。イムレッヤ帝国の内乱の展開によってだけど」

「出来るだけ、忙しくない日常が良いですね」

 クラナは笑った。リョウも笑う。

「ところでリョウさん」

「なんだい?」

「子供は作らない。今はそれでいいです」

「ごめん、ありがとう」

「でも、それ以外はやっても問題ないですよね?」

「…………………………………………えっ?」

 今度はクラナの方から接吻をした。

 それに留まらず、クラナはリョウに密着した。クラナは両腕を、リョウの背中に回してギュッと強く抱き締めた。

「ちょ、ちょっと、クラナさん、君の何かが僕に当たっているし、僕の何かが君に当たっているはずですよ!?」

「ああ、幸せです。戦争中は何かある毎に、リョウさんと密着できたのに、最近はいつも一定の距離がありましたから」

 クラナは聞く耳を持たなかった。

「すいませんでしたすいませんでした! 今度からはもっと大切にしますから!! 今は離れてください!」

 クラナの欲求不満が爆発した。

 リョウは強く思った。今度からは適度な触れ合いをしよう、と。

「クラナ、クラナさん! お願いだから、一度離れてください! 最近の寝不足も重なって、変な気分になっちゃうから! 前言が無かったことになる事態になっちゃうから!!」

「あっ、それは、それで…………」

「もしかして、今までのは僕を油断させる罠、君がそんな策士だったなんて…………」

 ここまでのやり取りは全て家の入り口でのやり取りである。もちろん、戸は閉まっていたが、もし二人を驚かせようと突然の訪問者が来れば、二人の痴態が晒されることになる。

「久しぶりね! どう、驚いた!?」

 その訪問者は間が良いのか、悪いのか現れた。

「「「…………………………………………」」」

 リョウとクラナは顔を青くし、訪問者は顔を真っ赤にした。

 友人の突然の来訪に、リョウとクラナは驚いた。

 しかし、来訪者の驚きはそれ以上だった。

「あんたたち家先で何やっているのよ~~~~!」

 何か挨拶をしないといけないと思ったリョウは、

「やぁ、ユリアーナ、久しぶりだね」

と言った。

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