フィラックの助言
「うん、もう大丈夫ですね」
ルパは、クラナの額に手を当て、体温を確認した。
「ありがとうございます」
「いいえ、もしまた風邪を引いても、安心して下さいね。最高の薬で看病してあげますから」
ルパは笑った。
クラナの表情が引き攣った。
ルパの調合した薬は、どれも表現しがたい味だった。出来れば、二度と飲みたくない、とクラナは強く思った。
「薬の味を思い出したら、また寒気が…………」
「えっ? 何ですか、まだ、風邪が治っていませんか? なら、さらに薬を…………」
「いいです! 結構です! もういりません!」
「それだけ叫ぶことが出来れば、安心ですね。……………………リョウさんと何かありましたか?」
「どうしてですか?」
「三日もまともに話をしていなければ、誰だって気が付きますよ」
「……………………リョウさんに酷いことをしました」
「酷いこと?」
クラナは自分のしてしまったことをルパに話した。
「病気の時は弱気になるものですけど、どうしてそんなことを?」
「夢を見ました」
「夢?」
「夢の中で私は死んでいました。リョウさんが泣いていました。その時、思ってしまったのです。もし、同じことが起きてしまったら、リョウさんは一人になってしまうと。私がいなくなった後、リョウさんの心の支えになる存在がいて欲しいと」
「だから、リョウさんを襲ったと」
「その言い方は…………」
「事実じゃないですか。クラナ様、それは押しつけじゃありませんか? 子供がいれば、リョウさんは大丈夫なんて、どうして思えるのですか? リョウさんには、リョウさんの願いがあるのだと思います。だから、今の関係を先に進めようとしないのだと思います。それが良いことかどうかは別として」
クラナは黙り込んだ。
「まぁ、恋愛経験の無い私が偉そうに言うことではないですけど。さぁ、朝食の時間ですよ」
「えっ、今日は持ってきてくれないのですか?」
「ここに食事を持ってきていたのは、クラナ様が病人だったからです。快復した人は、ちゃんと居間で食べて下さい」
言われて、クラナは憂鬱になった。今はリョウと顔を合わせたくなかった。
しかし、居間にリョウの姿は無かった。フィーラもいない。
「おはようございます」
フィラックだけが、椅子に座っていた。
「おはようございます。リョウさんは? それにフィーラさんも?」
「二人なら買い物に行きました。リョウ殿には荷物持ちを手伝って貰うそうです」
「リョウさんが荷物持ち?」
それは適材適所といえない、とクラナは思った。
「クラナ様、体の方は大丈夫ですか?」
「はい、もうすっかり良くなりました。けど、寝過ぎたせいで体が鈍っています」
「なるほど。それなら少し散歩をしませんか?」
「散歩ですか? でも、どこへ?」
「統合作戦本部にいるアーサーン殿のところです。実はクラナ様の病欠をお伝えした時に、頼まれたことがありまして」
「何でしょうか?」
「勤務は後日で良いので、一目元気な姿を兵士に見せて欲しいとのことです」
「分かりました、そんなことで良いのでしたら、やります。アーサーンには迷惑をかけましたから」
食事をして、着替える。
「リョウさんは何か言っていましたか?」
統合作戦本部へ行く道中で、クラナはフィラックに尋ねた。
「何かと言うより、色々言っておりました」
「私に愛想を尽かせてはいませんでしたか?」
「何を心配しているのかは知りませんが、リョウ殿はクラナ様に申し訳ないことばっかりしていると謝っていました」
「そんな、謝らなければならないのは私の方です」
「……………………クラナ様、これから私が言うことは余計なことなので、もし気に入らなければ、聞き流して下さい。実は私はフィーラと子供を作る、作らないで大喧嘩をしたことがあります」
「えっ? 初耳です」
「恥ずかしい話です。フィーラは私の子供を望みました。それを私は拒絶したのです」
「なぜですか?」
「私の中にはクラナ様のお祖母様、ハイネ様のことがありました。あの人がドワリオ様を生み、そして今、クラナ様がいるのですから、ハイネ様が子供を産んだことを否定など出来るわけがありません。しかし、亡くなる寸前のあの方を姿を見ているともっと生きて欲しかったと思ってしまうのです。アレクビュー様と馬鹿騒ぎをしているハイネ様が私は好きでした。何の因果か、私もアーレ家から妻を取ることになりました。フィーラは私には過ぎた女性です。彼女を失うことが私は怖かった。それで私はフィーラのことを突き放してしまった」
「どうやって関係を修繕したのですか? 子供を作らないことで、フィーラさんも納得したのでしょ?」
「いいえ、解決していません。有耶無耶になりました」
「有耶無耶?」
「その時期です。うちにルパが来たのは、フィーラが大喧嘩のあげく、アーレ家の親戚を頼って、ホアクの街まで出て行ってしまった。帰ってきたと思ったら、ルパを連れていました」
「それも初耳です」
「殆どの人に隠していました」
「おじい様は知っていたのですか?」
「アレクビュー様には話しましたが、『女に逃げられるとはお前も中々やるな』などと笑われました」
フィラックは苦笑する。
「フィーラの家出は子供を一人拾ってくるという結末で終結しました。そして、私たちの子供として育てると言い出したのです。色々ありましたが、最終的にルパは私たちの子供になりました。この一連の出来事があったので、子供の件は有耶無耶になったのです」
「そうだったのですか」
実は、クラナはルパの過去に何があったかをルパ自身から聞いていた。
しかし、リョウに何も言っていない。それを言うなら、ルパが直接言わなければいけない。
「なので、解決方法を提案できません。ですが、リョウ殿の気持ちが分かるのです。リョウ殿は、クラナ様を大切にしたいのです」
「私はどうすれば、良いのでしょうか?」
「分かりません。ですが、行動あるのみだと思います。私もフィーラと大喧嘩する前に五日間、会話がありませんでした。その間はモヤモヤするばっかりでしたが、喧嘩をした後はそれなりに気分が晴れました」
「リョウさんと喧嘩ですか?」
「そうではありません。動くことが大切だと思うのです。水と同じです。流れのない、止まった水は淀みます。だから、動くべきだと思います。その結果、失敗したら、私のところを尋ねて下さい。クラナ様が間違っていると思ったら、クラナ様を叱ります。リョウ殿が間違っていると思ったら、リョウ殿を叱ります。あなた方はまだ若い。色々失敗して前に進んでください。若いのですから、多少の失敗は取り返せます」
「ありがとうございます」
クラナは笑った。
「統合作戦本部に急ぎましょう。少し顔を出したら、すぐに家へお帰り下さい」
「えっ、でも、リョウさんは?」
「その頃には、リョウ殿も帰っていると思います」
とフィラックは答えた。