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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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悪夢

 クラナは熱に魘されていた。

 ここまで体調が悪いのは久しぶりだった。

 意識が混濁する。今が夢なのか、現実なのか分からない。

「大丈夫ですか?」

 声がした。

 リョウではない。

「ルパちゃん?」

「しゃべるくらいは出来るようになったんですね」

「ここは? 今は何時ですか? 私は一体…………リョウさんは?」

「ここは私の家、私の部屋です。クラナ様が倒れたのが昨日、もう、昼間ですから半日以上は寝ていましたね。リョウさんはあなたをここまで運んできた後、倒れました」

「えっ!? それは…………」

 起き上がろうとしたクラナを、ルパは押し止めた。

「クラナ様よりはよっぽどマシですよ。体中から湯気を出して、クラナ様を抱えて、ここに来たときは流石に焦りましたけど。リョウさんの方は大丈夫です。今は筋肉痛くらいでしょうか。他に問題はありません」

「そうですか。私はみんなに迷惑をかけたんですね」

「これくらい大丈夫ですよ。何か食べられますか?」

「ちょっと今は厳しいです」

「分かりました。では、これだけは飲んで下さい。大丈夫、すぐに良くなりますよ。特製の栄養剤です」

 ルパは、ドロッした紺色の液体の入った容器を手に取った。

「お休みなさい」

 クラナは素早く、毛布を被った。

「駄目です」

 それはすぐに剥がされる。

「嫌です嫌です。それ、絶対に不味いです」

「我が儘はいけませんよ。仕方ないですね。失礼します」

「一体何を…………むぐっ!?」

 ルパは、クラナの鼻を摘まんだ。風邪のせいで体に力が入らない。

 酸素を求めて、クラナは口を開くしか無かった。

 ルパは、クラナの開いた口に容赦なく、紺色の液体を流し込んだ。

「むぐぐぐぐっ!」

「飲み込んだ方が良いですよ。噛んだりしたら、泣きたくなるような味ですから」

 ルパに言われ、クラナはドロッとした液体を必死に飲み込み、口の中を水ですすいだ。かすかに残った口の中の液体だけで、とんでもない物を飲んだと理解できる。

「良く出来ました。偉い偉い、です」

「ルパちゃん、今、私をおもちゃにしてませんか?」

 クラナは涙目で訴える。

「そんなことありませんよ。あっ、そうだ、今飲んだ栄養剤の内訳を言いますね」

「聞きたくありません! 体調が悪くなります」

 クラナはまた毛布を被った。

「それではもう少し寝て下さい。起きた時には、もう熱は無くなっているでしょうから」

「そうします…………」

 クラナはまた眠った。



「筋肉痛に効く薬ってありますか?」

「普段からの運動ですね」

 リョウの時に対して、ルパはきっぱりと答えた。

「肉体労働は苦手なんだよ。もう当分は動きたくない」

 全身筋肉痛で、リョウの動きはぎこちなかった。

「体力が無いと聞いていましたが、クラナ様を背負ってここまで来るくらいの体力はあるみたいですね」

 ルパは笑った。

「それは底力っていうやつだよ。おかげで反動が酷いや」

「驚きましたよ。雪の中、来るなんて非常識です。もし、クラナ様の風邪が悪化したら、私は怒っていたかもしれません」

「怒られても良いよ。クラナは一人でいたくない、って言った。でも、医者が必要だった。あれしか僕には出来なかったからやった。それだけだよ」

「意外と冷静だったんですね」

「冷静じゃ無かったよ。だから、ここまで来れたんだ。頭が麻痺していたよ」

「で、何かありましたか?」

 ルパの視線は鋭かった。

「風邪だけではない気がします。街の市場で、クラナ様がいたと噂にもなっていましたし。恐らく、お忍びで市場に行ったのですよね? なぜ、露見したのですか?」

 リョウはルパ、それに同席していたフィラックとフィーラに全てを説明した。

「迂闊でしたな」

 フィラックが言う。

「その通りです。何も言えません」

「今日中には熱が引くでしょうし。心配はありませんよ。ただ、普通の食事の方はまだ無理かもしれませんから、病人食ですね。それに念のため、追加で薬草も買わないと」

 ルパが言う。

「そういうことなら、私も買い出しに行ってくるわよ」

 フィーラとルパ、二人で出て行った。

「さて、フィラックさん、クラナを頼めますか?」

「リョウ殿は?」

「アーサーンさんのところへ行ってきます。休暇の延長を頼まないと」

「そういうことなら私が行こう。クラナ様が目を覚ました時、君がいるのと、いないのとでは違う。それにその体で動くのはつらいだろう?」

 リョウは筋肉痛で、動作がとても遅かった。

「そう言って貰えると助かります。でも、そうなるとこの家には、僕とクラナだけになってしまいます。良いのですか?」

 フィラックは「構わない」と答えると家を出て行った。

 フィラックの家には、リョウとクラナだけが残された。

 静かになった部屋で、リョウは椅子に座り、天井を見上げた。

「日常じゃ、僕って何も出来ないんだなぁ…………」

 リョウは呟いた。

 


「あれ、いつ、自分の部屋に帰ってきたんでしたっけ?」

 目を覚ました時、クラナは自分の部屋にいた。

 体が異常なほど軽かった。

 なんだか、言いようのない不安に襲われる。

 部屋の外に出ようと扉に近づくと、リョウと出くわした。

「リョウさん!」

 リョウに会ったのに、不安は払拭できなかった。何かがおかしかった。

「私、熱が下がったみたいなんです」

 リョウはクラナの報告に、もっと言うならクラナ自身に視線すら合わせなかった。

 リョウはクラナの脇を抜けていく。その顔は蒼白だった。

「リョウさん、一体…………!」

 クラナが振り向くと『自分』がいた。

 真っ白な顔で、生気が一切感じられない自分が眠っていた。

 リョウは必死にクラナに話しかけるが、反応が無い。

「リョウさん、私はここです! ここに居ます!!」

 クラナの叫びは届かない。

 リョウはすぐに部屋を出て行く。

「待って下さい!!」

 クラナは立ち塞がった。

「えっ!?」

 リョウはクラナの体をすり抜けて出て行ってしまった。

「もしかして私って…………」

 クラナが呆然としているとリョウがルパを連れて戻ってきた。

 ルパは必死に手当をするが、ついにその手が止まる。

 そして、リョウに何かを告げると、リョウは泣き崩れてしまった。

「私、死んじゃったの? これで終わり?」

 戦争が終わって、ファイーズ要塞に赴任して、これから新しい生活が始まるはずだった。

「リョウさんに何もしてあげられなかった」

「リョウに何も残せなかった」

 クラナは呟く。

 そして、泣いていた。

「嫌だ…………嫌だ…………!」

 クラナが呟いているとまた意識が混濁していった。



「ここは?」

 クラナは目を覚ます。

 ルパの部屋だった。

 汗で気持ち悪い。

 熱で気持ち悪い。

 何より、夢が気持ち悪かった。

「生きてる?」

 その自信が無かった。

 自分を抱くように腕を回す。

 体温がある。

 鼓動がある。

「誰か、誰かいませんか!?」

 クラナは不安を完全に払拭するために叫んだ。

「クラナ、どうしたんだい?」

 リョウが入ってきた。

 リョウはクラナの顔を覗き込んだ。

「顔色は良くなったみたいだね。どうしたんだい?」

 リョウはクラナの気持ちなど分かるはずも無かった。

「い、いえ、あの、汗をかいて気持ち悪いので、その…………」

「分かった。着替えとお湯、それから体を拭けるものを持って来るよ」

 リョウは一度部屋を出て、すぐに戻ってきた。

「僕は外にいるね」

 リョウは部屋から出ようとした。

「待ってください!」

 クラナはリョウの袖を引っ張った。

「どうしたんだい、クラナ?」

「リョウさん、今は一緒にいたいです。お願いします…………」

「君がそう言うなら、だけど服は着替えた方が良いよ。汗も拭いた方が良い。その間、僕は外にいるから」

「どうしてですか?」

「えっ?」

「どうして、そんなことを言うんですか? 私たちは夫婦です。別にリョウさんに裸を見られたって構いません。体を拭くと言っても一人では辛いです。リョウさんも手伝ってください」

「…………君がそう言うなら」

 クラナは体の前を自分で拭くと、背中はリョウに任せた。

「痛くないかい?」

「大丈夫です」

 ほとんど会話は無い。

 リョウもクラナの異変に気付く。

 体を拭き終わるとリョウはお湯と使ったタオルを持って、外に出ようとする。

「置いたら、、戻ってくるからそれまでに服を着ていなよ」

 リョウは目のやり場に困り、クラナとは逆の方向を見ながら言う。

「リョウさん!」

 クラナは立ち上がり、リョウに抱きついた。

 反動で、お湯を入れた桶が床に落ちた。

「どうしたんだい?」

 クラナは無言でリョウをベッドへ押し倒した。

 そして、馬乗りになった。リョウの力ではもう逃げることが出来ない。

「リョウさん、私は家族が欲しいって言いましたよね?」

「言ったね」

 クラナは明らかにおかしい。

 そう思ったリョウは冷静になれた。

「なら、いつ子供を作ってくれますか!?」

「分からない。でも、今じゃ無い。君は熱があるじゃ無いか」

「もう大丈夫です。急に不安になってしまったんです…………」

「クラナ…………」

「たぶん、私の方が早く死にます。それはアーレ家の宿命です。でも、だからこそ、そうなる前に私はリョウさんに何かを残したいのです」

「大丈夫、君は死なないよ。どうしたんだい。ちょっと熱が出たから弱気になったかい? 今日の君、ちょっと怖いよ」

 クラナは無言でリョウの服を破った。

 リョウは声を上げなかった。

「どうして…………」

 クラナは泣く。

「どうして抵抗しないんですか?」

「抵抗しても君と僕じゃ勝負にならない。君の好きなようにすれば良いさ」

 クラナは動きを止めた。

 そして、リョウを解放する。

「ごめんなさい。私どうにかしていました」

「風邪を引いている時は、弱気になるものだよ。もう少し側にいようか?」

「大丈夫です。もう寝ますね」

 クラナはそう言って、毛布に包まった。

 リョウは話しかけようとするが、クラナが啜り泣いているのに気が付いた。

「お休み」とだけ言うとリョウは部屋を出た。

 クラナは考える。思い出す。

 リョウは「窮地で結ばれた男女の関係は長続きしない」と言った。

「私たちは駄目なのでしょか…………」

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