休暇前夜
「二人で三日ほど休暇を取られては如何ですか?」
リョウとクラナが、アーサーンから提案を受けたのは、着任五日目のことだった。
挨拶回り、引き継ぎなどの処理が今日で一段落した。
「いいのですか?」
クラナの声が明るくなる。
「構いません。聞けば、途中、大雪で足止めを受けたとか。旅の疲れもあるでしょう。新居の方もまだ片づいていないのでは?」
その通りだった。
最低限の物は持ってきたが、未だに家具も揃っていない状況である。
「リョウさん、どうでしょうか?」
「怠けられる提案を、拒絶する理由を僕は知らないよ」
クラナも一度、体を休めたかったのは事実だった。
「それではお言葉に甘えます。アーサーン、何かあったら、すぐに連絡してください。駆けつけます」
「そのような状況にならないことを祈るばかりです」
アーサーンは肩をすくめた。
その日の帰り道、クラナの足取りは軽かった。
「リョウさん、早く帰りましょ!」
「楽しそうだね。フィラックさんのところによって、パンを貰っていこうか。干し肉とチーズはあるから、今日の夕食はそれでいいかな。もう真っ暗だけど」
ここ五日間の帰宅経路は決まっていた。食事を作る余裕のない二人に、フィーラが夕食の面倒を見てくれている。最初はリョウたちの家まで来て、食事や家事をすると言ったのだが、それは申し訳ない、と二人で断り、現在に至る。
「今日も夜遅くまでお疲れ様。はい」
フィラックの家に寄ると、フィーラがパンの入ったバスケットを渡した。
「あら、今日は二人とも明るいですね」
フィーラは二人の表情の変化に気付く。
休暇が貰えたことをクラナが話すと
「良かったじゃないですか。…………そうだ」
何かを思い付き、フィーラは家の中へ駆けていく。
戻ってきたフィーラは瓶を持っていた。
「葡萄酒です。どうぞ」
「いいのですか?」
「明日を気にしなくていい時くらい、飲んでもいいんじゃないですか。自分たちへの労いを込めて」
二人はフィーラに感謝をした。
それからフィラックとルパの顔を少しだけ見て、挨拶をし、フィラックの家を後にした。
リョウとクラナはまだ片づかない新居に帰ってくる。新居は決して華やかでも、大きくも無かった。標準より少し狭いくらいだった。もっと良い家の提示もあったが、リョウとクラナはそれを拒絶した。
「必要の無い部屋がいくつもあったら、無駄だし、掃除が大変だ。歩くのも疲れるしね」
これはリョウの言葉だった。
「もうお腹が空きました」
「すぐに用意しようか」
二人はパン、干し肉、チーズをテーブル代わりにしている板の上に並べた。
そして、杯に葡萄酒を捧ぐ。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
クラナは一杯目の葡萄酒を一気に飲み干した。
「良い飲みっぷりだね」
リョウは、空になった杯に葡萄酒を注ぐ。
「ごめんなさい。リョウさんも」
しかし、リョウの杯にはまだ葡萄酒が十分に残っていた。
「僕はゆっくり飲むよ」
「でも…………」
「今はそこまでお酒を飲みたいとは思わないんだ。僕にとって悪いことじゃないと思う」
「あっ…………」
リョウが酒を必要以上に飲んでいる時、どのような状態だったか、クラナの頭をよぎる。
「おいしく飲める人が飲むべきだ。だから、君は僕に遠慮なんてしちゃいけないよ」
クラナはコクリと頷いた。
結局、葡萄酒の大半はクラナが飲んだ。
クラナは体がふわふわとした心地良い気分になった。
「リョウさん」
クラナは、リョウの隣に移動し、体を密着させた。
「ちょっと飲み過ぎたかな?」
もたれ掛かってきたクラナの頭を、リョウは優しく撫でた。
「えへへ」とクラナは笑った。
体が密着しているだけで心地良い。
頭を撫でられるだけで心地良い。
リョウの体温を感じらだけで心地良い。
しかし、クラナは最近、それだけでは満足できなくなっていた。
「リョウさん…………」
クラナは深呼吸をしてから、口を開く。
「明日は休みです。だから、今夜は夜更かしが出来ますよね?」
クラナは自分の言葉で、体が熱くなった。
「そうだね。でも、今日はお互いに疲れたでしょ。それに結構、お酒も飲んじゃったから今日は明日のためにもう寝ようか。部屋まで手を貸そうか」
リョウはクラナの言葉を受け流す。
未だに二人の距離は変わらない。
「…………はい」
クラナの熱くなっていた体が急激に冷めていく。
「じゃあ、お休み。また明日ね」
リョウとクラナは、別々の部屋で寝ていた。
リョウが出て行った後、クラナは仰向けになってため息をついた。
そして呟いた。
「もう一部屋、少ない家を選べば良かったです」と。