ファイーズ要塞再着任
「やっと、ファイーズ要塞が見えてきたね」
リョウは馬橇の荷台から顔を出し、目的地が近いことを確認した。
途中、大雪のため、センギという街で足止めを受けた。予定より、一週間遅れの到着である。
「リョウさん…………」
クラナは不安そうな声を出す。
「今になって怖くなってきました」
「怖くなってきた?」
「はい。ファイーズ要塞の方々はあの時、私を送り出してくださいました。自分たちの危険を覚悟の上で。あの時は戦争中でしたし、私も皆さんも気が張っていたと思います。戦争以外のことを考えられなくなっていたと思います。でも、戦争が終わって色々考える時間がありました。皆さんは私のことを、ファイーズ要塞を捨てた裏切り者だと思っていないでしょうか?」
クラナの表情は暗い。
「クラナ、大丈夫、みんな、君のことを歓迎してくれるよ。君のことを褒めてくれる………………………………なんて、都合の良いことを僕は言わない。だから、はっきりしていることだけ伝えるよ。僕だけは君の味方だ。君が罵倒されるなら、一緒に受ける。押しつぶされそうになったら、僕を頼って」
リョウはクラナの手を握った。
クラナの表情が明るくなった。
「僕だけって言い方は酷い!」
フィーラが、リョウとクラナの手の上に、自分の手を置いた。
「私だって味方ですよ。人生の先輩をどんどん頼ってください」
フィーラは笑った。
「私もです」
ルパも手を乗せる。
「二人ともありがとうございます」
不安が完全に無くなったわけではない。それでも、クラナにとっては強い味方だった。
そのやり取りを、フィラックは馬橇を操りながら聞いていた。
「私もお二人の力になりましょう」
フィラックは呟いた。
一行は、ファイーズ要塞へ到着する。
「お待ちしておりました」
アーサーンが守備兵隊と共に出迎えをした。
「さぁ、まずは統合作戦本部へ行きましょう。道中が少し大変ですが」
アーサーンは困った顔をする。
「それはどういうことでしょうか?」
クラナは心配になる。
しかし、その心配は杞憂だった。
クラナは歓喜によって、迎えられた。
「救国の英雄、クラナ・ネジエニグ!」
民衆は叫んだ。
統合作戦本部までの道は、クラナのことを一目見ようとした民衆で埋め尽くされていた。
「申し訳ありません。これでも最小限の混乱で済むように尽力したのですが」
統合作戦本部の中に入ると、アーサーンが謝罪する。
「いいえ、おかげでこうやって無事たどり着くことが出来ました。これから、また頼りにします。よろしくお願いします」
「もちろんです。それから、これが今後二日間の予定です」
アーサーンは予定の記された書類を渡した。
「明日は各方面への挨拶、そして明後日は着任式を行うことになっています」
どちらも前回、クラナがファイーズ要塞の司令官になった時は無かった。そんな余裕が無かったのだ。
「各方面への挨拶はいいですが、着任式なんて無くても…………」
「辛抱してください。英雄の着任式を行わなかったとなれば、変な誤解、噂の種になります。それにこの手の行事に力を入れたがる輩がいるのです」
アーサーンは苦笑しながら言った。
「まぁ、これも英雄の責務だと思って、やるしかないね」
リョウが言う。
「英雄、誰か代わってくれませんか?」
クラナはかなり本気の眼で訴えた。
その場にいた全員が苦笑いでクラナの言葉に返答した。
「無理です」と。
それから二日間の職務、挨拶回りと式典をクラナは当たり障り無くこなした。
「リョウ、クラナ様は妙に慣れていないか?」
空き時間、アーサーンがリョウに、クラナの成長の経緯を尋ねる。
「終戦直後から、クラナは多くの人間に会わなければいけなくなりました。最初の頃は、あたふたして、失敗していたそうです」
「その口ぶりだと、お前は同行しなかったのか?」
「そういったことの専門がいますから」
「ヤハランか」
「そうです。そして、ルピンが会話の受け流し方を教えたのです。交渉関係、会話の駆け引きはルピンの得意分野ですから」
「それにしても、それだけでああも成長するだろうか」
アーサーンの言うとおり、クラナの応対は完璧だった。無下にすること無く、それでいて深入りしない。挨拶した全員と適切な距離を保ち続けた。
「それだけ、ですか……………………」
リョウは苦笑いをする。
「ルピンの指導が厳し過ぎて、泣くことが七回、僕に泣きながら助けを求めることが五回、堪らずに逆ギレして論破されることが三回、あっ、逆ギレした時は眼が赤く腫れるくらい泣いていました」
「…………ヤハランは悪魔か」
「でも、全てはクラナのためを思ってのことなんです。これから先、クラナに媚びを売ろうとする人は絶えず出てくるでしょう。うまく受け流さなければ、クラナ自身に酷い実害が出るかもしれません。そうならないためのルピンの優しさだと思います」
「確かにな、しかし、ヤハランは損な役割が好きなようだ」
ルピンの処世術の指導もあり、クラナのファイーズ要塞再着任は驚くほど順調だった。