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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雌伏編
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再びファイーズ要塞へ

 数日後、ファイーズ要塞へ出発の日。

「それではおじい様、行ってきます」

 二人は揃って、アレクビューに挨拶をした。

「無理はするなよ」

「おじい様も体にお気を付けて」

「心配するな。ワシには目標が出来たからの。若返った気分じゃ」

「目標ですか?」

 アレクビューはリョウを見る。

「曾孫の顔を見ることじゃ」

「お、おじい様ったら!」

 クラナは顔を赤くした。

「リョウ青年よ。遠慮はいらんぞ。ワシの屋敷では窮屈であったろう。これからは存分にやってくれ!」

 アレクビューは笑った。

「おじい様、もう止めて下さい!」

 クラナはさらに赤くなった。

「それはともかく、クラナのことは任せて下さい」

「うむ、頼んだぞ」

 屋敷を出て、外に出る門へ向かった。

 門を潜ると一面真っ白だった。

 首都ハイネ・アーレの内と外は、別の世界だった。

 到底、人間の力ではファイーズ要塞へたどり着けない。

 馬橇が待っていた。

 役人、兵士の見送りはない。

 クラナは見送りを嫌い、出発の日を公表しなかった。

 少しだけ人の通りがある。

 二人はフードを深く被り、待たせていた馬橇に乗った。

「お待ちしておりました」

 馬橇の手綱を握っていたのは、隻眼の男だった。

 リョウとクラナがよく知る人物である。

「フィラックさん?」

「この度、ファイーズ要塞へ引っ越しをすることになりました。紹介します。妻と娘です」

 フィラックは馬橇の荷台に乗っていた二人の女性を紹介する。

「妻のフィーラです」

 フィーラの髪や瞳はクラナと同じ色だった。

「今や、絶滅危惧種となっている純血のアーレ一族ですよ。年は夫の半分です」

 フィーラは悪戯っぽく笑った。お茶目っ気のある人である。

「えっと、と言うことは…………」

「三三才です。夫は六六です」

 フィーラは実年齢以上に若く見えた。

 フィラックの娘と言われても違和感がない。

「あまり余計なことを言うな」

「あら、あなたがあまり無口だから私が代わりにしゃべっているんじゃありませんか」

「しゃべりすぎだ」

「フィラックさんも意外にやりますね」

「いいえ、この人は奥手だったので私の方から…………」

「少し黙らないか。頼むから」

 リョウはなんとなくだが、二人の力関係を理解した。

 若すぎる妻も気になったが、リョウは二人の子供がさらに気になった。

「ルパです。よろしくお願いします」

 リョウの視線を感じたルパが挨拶をする。

 彼女の肌は浅黒かった。二人と血縁があるとは思えない。

「リョウさんはルパちゃんに興味があるみたいですね」

 クラナが言う。少しだけムスッとしていた。

「うん、ちょっとだけ。でも、それを聞くのは無粋な気がする」

 リョウはフィラックを見る。

「それは君がルパと仲良くなってから直に聞くと良い。私から言うことでは無い」

 フィラックは説明を拒絶した。

「分かりました。確かにその通りです。ルパさん、僕はリョウ。よろしく」

 リョウは手を差し出した。

 ルパはそれを受ける。

「リョウ様、噂は聞いています。クラナ様をよろしくお願い致します。これからは私もクラナ様を支えますので」

 その言葉にクラナは少し嫌そうな顔をした。

「ところでクラナ様」

 ルパはクラナに視線を移す。

「は、はい!」

 クラナは直立した。

「手を頭の上まで上げて頂けませんか?」

「ど、どうしてですか?」

「いいから早く。それとも苦い漢方を飲みますか?」

「分かりました!」

 クラナは手を上げる。

 ルパはクラナの胸から腰までをなぞった。

「く、くすぐったいです」

「クラナ様、太りましたよね?」

「な、何のことですか?」

 クラナは視線を逸らす。

「私の目を誤魔化せませんよ。屋敷を抜け出してから、今日まで私の監視…………管理下を離れてだらけましたね」

「そ、そんなことありませんよ! 過酷な戦場で食べ物も喉を通らない日々を…………」

「送っていたけど、それも終わって好きな物ばかり食べていたんですね」

「だって、皆さんから色々な品を頂くですよ! 腐らせたら、勿体ないじゃ無いですか」

「白状しましたね。良いですか。これからはまた私が食事を管理します。昔のように体調を崩してばかりになってはいけませんから」

「そんな…………」

 クラナは涙目になった。

「えっと、なんだか二人の力関係は分かったけど。ルパさんって何者?」

「私は医学の家系に生まれました。その辺の町医者よりは腕に自信があります。私の患者は一人ですけど」

「わ、わたし、今はどこも悪くないですよ!?」

「病気になったら、言ってください。すぐに効く薬を作りますから。なんならファイーズ要塞では一緒に住みますか? そうすれば…………」

「い、嫌ですよ! 私たちは新婚ですよ。なんでルパちゃんが…………リョウさんもそう思うでしょ!?」

「医者が同居してくれたら心強いけどね」

「リョ、リョウさん!? 駄目です。絶対駄目です!」

「安心して下さい。そんな必死にならなくても一緒になんて住みませんよ。ただし、健康には気をつけてください。四分の一はアーレ家の血なのですから」

「ルパさん、本当にアーレ家の女の人って短命なの?」

「はい、三十に達するのが希です」

 ルパは言い切る。

 リョウは胸が締め付けられるようだった。

「ですが、回避する方法があります」

「えっ!?」

「子供を作らなければいいのです」

「子供を作らない?」

「そうです。過去に五十を超えても生きていたアーレ家の女性もいます。共通点は望む、望まないは別として出産を一度も経験していないことです。私の母も同じです」

 ルパはフィーラの視線を移した。

「でも、私はルパのことを本当の子供だと思っていまーす!」

 フィーラはルパに抱きついた。

「ちょっと母さん、邪魔だからどいて」

「酷い! もしかして反抗期? あなた、何か言ってやってよ」

「お前が悪い」

 フィラックはフィーラを一蹴する。

「酷い! こっちは倦怠期? 全く、父子でそういうところがそっくり」

 完全に話の腰を折られてしまった。

 リョウはフィーラが故意にそれをやったのかもしれない、と思った。

 恐らく、フィーラ自身と言うよりはクラナを気遣ってのことである。

「リョウ様、お節介かもしれませんが、急ぐ必要は無いと思います。落ち着いて今後のことを考えればよろしいかと」

 リョウの内心を察して、ルパが言う。

「えっと、ルパさん、いくつ?」

「十七になったばかりです」

「ほとんど同世代なんだ。なんだか凄く落ち着いて見えるよ」

「そうですか? 私からすれば、リョウ様の方が落ち着いて見えますよ。家に帰ってきてから、父さんは良くリョウさんの話をしていました」

「おい、あまり余計なことは言わなくていい。誰に似たんだか」

 フィラックは嫌そうだった。

 リョウはそれを見て、ふと思ってしまった。こんな家庭を作ることが出来ればどれほど幸福かと。

 クラナは子供が欲しいと言った。

 しかし、そのリスクを考えてしまう。

 全てを失うかもしれない。片方を失うかもしれない。その時は大丈夫でも、リスクは付きまとう。病気、怪我、事故、それらを全て回避できるなど甘い考えだ。

「リョウさん?」

 クラナに声をかけられて、我に返る。

「難しい顔をしていましたよ」

「ごめん、ちょっと飛躍したことを考えていたよ」

 リョウは頭を振る。

「リョウさんは遠くが見えすぎます。でも、今も見てください。私はリョウさんを幸せにします。任せてください」

 クラナは珍しく強い言葉を使った。

「そうだね。二人で幸せになろうか」

「新婚は良いわね~~あなた、私たちにもあんな時代があったのかしら?」

「知らん。そろそろ出発するぞ」

 一行はファイーズ要塞へ向けて出発した。

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