平時の英雄
シャマタル独立同盟首都ハイネ・アーレ、アレクビューの屋敷。
「いよいよ始まったか…………」
リョウは呟く。
イムニア陣営と門閥貴族連合のイムレッヤ帝国内乱の報を、リョウはルピンから聞いた。リョウとルピンの他には、クラナが居るだけだった。
「しかし、すべてが思惑通りには運びませんでしたね。まさか、リユベックさんが皇族で、しかも英雄の孫だったなんて…………」
「イムニアはとんでもない隠し球を持っていたね」
リョウは、イムニアが「全てが思い通りになると思うな」と言ったことを思い出す。
「あの時の言葉は強がりじゃ無くて、根拠があったのか。僕の予想より遙かに早く、イムニアは勢力を拡大しているね」
「英雄の孫、それだけで求心力には十分効果があります。それに加えて、リユベックさんはイムニアさんと共に築いた実績があります。反門閥貴族の立場の方々は、イムニアさんの陣営に馳せ参じるでしょう」
「正直、リユベックが皇族だったのには驚いたよ。イムニアの反乱には大義名分がないはずだった。しかし、それを手に入れてしまった。イムレッヤ帝国北部の民もイムニアのやり方に満足している。イムニアの初動は、とても順調だ。まぁ、帝国が内乱状態に入るのは違いなから、ここまでは計画通り、といって良いだろうね。けど、いよいよ、他の問題が出てくるかな」
リョウは言う。
「他の問題ですか?」
ここまで黙って居たクラナが返す。
「英雄って言うのはね。戦時には崇められるけど、平時には疎まれるんだよ。もしかしたら、その求心力を使って独裁体制を作るかもしれない。現政権を乗っ取るかもしれないって、今の国を動かしている人たちは思ってしまう。だから、時に英雄は味方に殺されるんだ」
「英雄ってなんだか大変ですね」
クラナは人ごとのように言う。
リョウは苦笑いをした。
ルピンは呆れた。
「僕はクラナのことを言ったんだけど?」
「わ、私ですか!?」
「そうだよ。今の君の人気はシャマタルで一番だよ。もし、君がイムレッヤ帝国へ逆侵攻するって言えば、万を超える兵士が集まるだろうね。それにシャマタルを乗っ取ろうと思えば、簡単にできるだろうね」
「そ、そんなことしませんよ!」
「そう、君はそんなことはしない。出来ない。僕は知っている。君のおじいさんも知っている。国家元首だって、分かっていると思う。だけど、そう思わない人たちも居るんだよ」
首都にいたクラナに転属辞令が出たのは、数日後のことだった。
「すまない」
フェローは何度も頭を下げた。
「もう、よして下さい。叔父様」
クラナは困り果てる。
「だが、誤解しないで欲しい。私も、伯父上も本当は君を転属なんてさせたくない。何かの名誉職を用意し、無事平穏に暮らして欲しかった。…………全てが言い訳に聞こえるな」
フェローは最後までクラナを庇った。しかし、戦争の際に臨時とはいえ、勝手にクラナをシャマタル独立同盟軍の総帥代理にすることを承認したことなどが、弱みとなった。シャマタルの上級役人の多くはクラナの名声を危険視した。このまま首都で地盤を固められるのを嫌った。
「良かったのだと思います。首都に居ても今は窮屈ですし、落ち着いて外も歩けませんでしたから、それに転属先、私にとっては嫌いな場所じゃありません。今の私が始まった場所です」
移動先はファイーズ要塞。新しい職はファイーズ要塞司令官である。
クラナは帰宅後、すぐに「ファイーズ要塞に行くように言われました」と報告した。
「そうか、やっぱりそうなったか」
リョウはクラナの言葉に、声を上げたりはしなかった。
「すいません。せっかくリョウさんが、えーっと、引きこもり生活でしたっけ? を出来ていたのに」
「その言い方止めてくれる!? 僕が社会不適合者みたいじゃないか! ルピン、君が変な言葉ばかり使うから、クラナが酷い言葉を使うようになったじゃ無いか!」
リョウはクラナの言葉に、声を上げた。叫んだ。
リョウは戦争終結後から、アレクビューの屋敷に引きこもり、シャマタルの文献を読む日々だった。よって、アレクビューの屋敷(現在の住まい)から一歩たりとも外に出ていない。
「全くここまで怠けるとは思いませんでしたよ。確か、リョウさんの国の言葉でヒモヒキニートって言うんでしたっけ?」
ルピンが言う。
「リョウさんの国にそんな酷い言葉は存在しないよ!!?」
リョウはさらに叫んだ。
これからのことを話すためにクラナはルピンやグリフィードにも声をかけた。
しかし、ユリアーナはいない。
「ユリアーナさんも薄情ですね。仲間より男を選ぶなんて」
ローランはフェーザ連邦方面に再配置された。ユリアーナはそれに付いていった。
「まぁ、良いじゃないか。あいつはいつも団の調整をしていた。そろそろ、自分のために時間を使うべきだ」
「まったくユリアーナさんほどの人材を無償で手放すなんて気前のいい団長ですね。そういえば、フィラックさんは?」
「声をかけたのですが、やることがあると断られました」
フィラックは終戦後再び退役した。
「フィラックさんも年ですから、これ以上は付き合えないかもしれませんね」
「けど、アーサーン、それと君たちがいれば…………」
「勘違いしないでください。私たちはクラナさんの家臣じゃありません。私たちも抜けますよ」
「えっと、理由くらい聞いてもいいかな?」
「傭兵団員に対して、領地の譲渡の話がありました」
「そういえば、そうだったね」
「その具体的な場所が提示されました。どこもいい土地ですよ」
「どこもってことは…………」
「はい、どうやら私たちの獅子の団、それと白獅子隊も警戒されているようです。これを受け入れることは全員がバラバラになるということ。獅子の団の瓦解を示します。ですが、生活は安定します。グリフィードと話したんですが、ここら辺で店仕舞いです。私たちがいてはみんなが躊躇います」
「まぁ、俺たちが居なくなれば、全員がこの話を受けるだろうな」
「だから、君たちがいなくなるって言うのかい。あてはあるの?」
「ありますよ。安心してください。それにもしあなたがまた窮地に陥ったら、大陸の果てからだって駆け付けます」
「分かったよ。じゃあ、当分は会うきっかけがないかもね」
リョウは笑った。