カーテローザ・グーエンキム
今回の連続投稿で『解明編』を完結させます。
『解明編』完結まで毎日22:00~24:00の間に投稿する予定です。
体調・仕事の関係で投稿が滞ることがあるかもしれませんが、ご了承ください。
今後もよろしくお願い致します。
グリフィードは洞窟の中に戻る。ローザも続いた。
「おい、ルピン…………」
「…………」
返事はなかった。
ルピンは顔を上げなかった。
「今、外にゴルズやトーラスが来ていた。シャマタルが大戦に参加したらしいぞ」
「…………」
「それにルルハルトが変な動きをしているらしい。もしかしたら、リョウと対峙するかもしれない」
その言葉にルピンはピクリと動いた。
「ルルハルトは強敵だ。俺たちの力も必要になるぞ」
「…………だから何ですか?」
ルピンは俯いたままだった。
グリフィードは久しぶりにルピンの声を聴いた。
「私がいなくてもどうにかなるんじゃないんですか? もう何もかもどうでもいいです。結局リョウさんは私を選びませんでした。ネジエニグ嬢と仲良くやっていればいいんじゃないんですか。もし、何かがあっても夫婦二人で最期を迎えられるならいいじゃないですか」
言った瞬間、ルピンは衝撃で吹き飛んだ。
グリフィードがルピンを殴った。
「言って良いことと悪いことがあるぞ!」
グリフィードは怒鳴った。
「痛いですね…………」
グリフィードはルピンの胸倉を掴んだ。
「待ってください、グリフィードくん」
ローザが割って入った。
「ルピンさん、あなたの一族の闇は私たちではどうすることもできません。気持ちがわかるなんて言えません。でも、だからって今の全てを投げ出さないでください。私はまだあなたと出会って日が浅いので、大した存在じゃないかもしれません。でも、グリフィード君は違いますよね? シャマタルに置いてきた他の仲間もあなたにとって大切な存在ではないんですか? そして、もしかしたら私の娘だってあなたにとっては仲間じゃないんですか?」
「あなたの娘なんて私は……」
「ルピンちゃん、私の真実を話します…………」
ローザは大きく息を吐いた。
「私の名前はカーテローザ・グーエンキム。人からは〝カリン〟と呼ばれていました。あなたが守ってくれたクラナ・ネジエニグの母です」
「なっ!?」
「おい、ちょっと待て。ネジエニグ嬢の母親だって? あんたがあのランオの英雄だっていうのか?」
「私は英雄などではありません」
「価値観はどうでもいい。なら、あんたはあのシャマタル独立同盟存亡の危機を何もせずに傍観していたのか?」
「見て見ぬふりをしていたわけではありません。私が自分のことを知ったのはつい最近なのです」
「どういうことだ? 説明してくれ」
「ええ、そうですね。信じるかはその後です」
「ルピンちゃんはやっと顔を上げましたね」
「そんなことはどうでもいいですから。あなたのことを教えてください」
「…………はい、ちょっとだけ長くなりますよ」
カリンは言った大きく息を吸った。
「私はあの子、クラナを産んだ後、死ぬつもりでした。でも死ねなかった。死ぬのが怖くなってしまったのです。でもシャマタルにいる気にはなれませんでした。あの場所に残るのは辛すぎます。あの子にクラナという名前を付けてから、シャマタルを抜け出しました。行く当てのない流浪の旅の最中、私は記憶を失ってしまったのです」
「記憶を失った?」
「ある村に立ち寄った時です。雨で増水して川に子供が流されました。居合わせた私がその子を助けたんですけど、私はそのまま流されてしまいました。気を失って、次に目を覚ました時、私は自分が何者を忘れていたんです。ローザという名前はボロボロになった私の衣服に残っていた刺繍の文字から取った名前です。衣服の刺繍が自分の前だと気付いたのは記憶が戻った時ですけど」
「事故で記憶の一部が欠落することがあるのは聞いたことがあります。ですが、今更なぜ記憶が戻ったのですか? それになぜ神兵に?」
「私は川岸で気を失っているところを大陸教の巡礼中の信徒に拾われました。行く宛がなく、自分すらも分からなくなった私は彼らと行動を共にしました。その道中で盗賊に襲われたことがありました。体覚えていたみたいで、私は盗賊と戦い、その戦いっぷりを見て、司教の一人が神兵にならないかと提案してきたのです。何も分からなかった私はその話を受けました。つい最近まで神兵として戦っていました。記憶が戻ったのはつい一年位前です。あなたたちのおかげで」
「私たち?」
「はい、一年前、北の民族同盟国家があの大陸最強のイムレッヤ帝国に勝ったという報告が大陸中に駆け巡りました。そして、その奇跡を起こしたのがクラナ・ネジエニグだということも知りました。その時、私は金槌で殴られたような衝撃がありました。戻った記憶は私にとって耐え難いものでした。全てを受けいるまで食事も出来ず、寝れず、狂ってしまいたいとすら思いました。でも、私はおこがましいと思いながら、願いが出来てしまったのです」
ローザはいつの間にか泣いていた。
「クラナに、私の娘に会いたいと思ってしまったのです。罵倒されてもいいです。殴られたって構いません。それでも成長したあの子に会いたいと思ってしまったのです。私がした裏切り行為は決して許されるものではありません。処罰されるというなら受け入れます。それでも一度だけでもいいから娘に会いたいのです」
「すいません、何の話でしたっけ? それを私に聞かせて、どうしたいのですか?」
ルピンの口調は冷たかった。
「こんな言葉であなたの気持ちが動くか分かりません。でも、過去は変えられません。ルピンちゃんの一族がやったことも変えることは出来ない。でも、それがどうしたというのですか? あなたには今があります。未来があります。ここで立ち止まってはそれも無くなってしまいます。私はあなたのことを同世代の友人だと思っています。私は全てを投げ捨てたとこを今になって後悔しています。もし、去年の戦いで私の娘が死んでいたら、と思うと身が割けそうです。あなたはどうですか? リョウ君や私の娘が死んだと聞いた時、駆けつけなかったことを後悔しないと言い切れますか?」
「………………」
「一緒に前に進みませんか。過去を見るのは止めませんか」
「そんな安い言葉で私が『分かりました』などと言うと思わないでください」
ルピンは自身を縛っていた縄を解いた。とっくに解いていたのだ。
「私、これから冷たい川に入ってきますね」
「おい、お前はまだ…………」
グリフィードがルピンの腕を掴む。
「勘違いしないでください。ぼやけた頭を覚ますにはこれぐらいしないといけないと思っただけですよ。これから忙しくなりそうですし」
ルピンは不機嫌そうに言った。
グリフィードは笑った。
「なるべく早く帰って来いよ。食事を用意しておく」
「多めに作ってください。ここ最近まともに食べていないのでお腹がすきました」