ヤハランの一族
今回の連続投稿で『解明編』を完結させます。
『解明編』完結まで毎日22:00~24:00の間に投稿する予定です。
体調・仕事の関係で投稿が滞ることがあるかもしれませんが、ご了承ください。
今後もよろしくお願い致します。
怪我から回復したローザはまた狩りに出ていた。まだ肩の傷は痛んだが、、これ以上ルピンに負担をかけるわけにはいかなかった。
グリフィードはまだ動ける状態ではなかった。
先日、捕獲した猪は大部分を村で捌いてしまった。
「猪じゃなくてもいいですけど、纏まった肉が欲しいですね」
しかし、この日は空振りだった。日が沈むまで粘ったが、結局、捕まえたのはルピンが仕掛けた罠に捕まったウサギ二匹だけだった。
ローザが洞窟に戻った時、グリフィードの叫び声がした。
只ならぬ空気を感じたローザは持っていたウサギを手放し、走った。腰に差した剣を握りしめる。
「グリフィード君! 何があったのですか!?」
追手が来たのか、それとも野生の動物の襲撃かと思ったが、目の前の光景は全く違う衝撃だった。
「ルピンちゃん?」
血塗れのルピンが暴れまわっていた。
「ローザさん、こいつを抑えてくれ!」
「えっ、あっ、はい!」
ローザは状況が分からなかった。
それでも指示に従った。
「離してください! もう私は死にたいんです!!」
ルピンはなお暴れ回る。泣いていた。
「落ち着いてください。落ち着てください!」
ローザは必死に抑え込むが、ルピンは止まらなかった。それに血が止まらない。ルピンは手首を切っていた。
「ルピンちゃん、ごめんなさい!」
ローザはルピンの渠に一撃を入れた。
「うっ」という声が漏れ、ルピンは失神した。
「はぁ…………はぁ…………グリフィード君、いったい何があったのですか?」
「俺も分からない。ルピンの奴、自分の一族のことが書いてある本を読み終えるといきなり手首を切りやがった」
「本、ですか?」
ローザは土で汚れた本に視線を移した。それを拾い上げる。
「ローザさん、その本、貸してくれないか?」
「読んだら、ルピンちゃんに怒られませんか?」
「死なれるより怒られた方がマシだ」
「そうですね。私も見ていいですか?」
ローザはグリフィードの隣に移動する。
グリフィードは「構わない」と言い、二人は並んで『ヤハランの一族顛末書』を読み始めた。
『ヤハランの一族の粛正について
ヤハランの一族は長年に渡って、クロキシル麻薬や武器の売買を担当していたが、数字に不明な点が多く見られたので調査したところ、横領が発覚した。ヤハランの一族は長年に渡り、各国に対して密輸を行い、私腹を肥やしていた。これは教会の利益を損なう行為であり、粛正しなければならない。なお、暗号文書言語に要していた通称〝禁書〟に関する情報は一切破棄し、今後は新たな暗号文書でのやり取りを行うものとする。ヤハランの一族に関しては密輸に関与した全てもの者を処刑するものとする。女子に関して、戦乙女にする為の処置を行う。男子に関しては薬物の実験体とする 』
一頁に書かれていた文書に二人は息を飲んだ。
二頁以降は気分の悪くなる内容だった。
ヤハランの一族総勢八六名の結末が書かれていた。
処刑の内容、拷問の記録、薬物投与の記録、生きたままの解剖実験の記録。
中には赤子への薬物実験の結果まで書かれていた。
「もう沢山です!」
ローザは涙声で叫んだ。
「罪には罰、そこまでは何とか呑み込めます。ですが、こんなことが出来る人間がいるはずがありません! ローエス神国には悪魔が住み着いています! もし私が大きな兵力を持っていたら、ローエス神国に攻め込みたいぐらいです! 子供に……子供にまでこのようなことをする国があっていいのでしょうか! あって良いはずありません!」
普段は穏やかなローザは酷く取り乱した。
「落ち着いてください。気持ちは分かりますが、あなたまで発狂しては俺の負担が増える一方だ」
「ごめんなさい…………」とローザは言い、大きく呼吸をした。
「だが、これで戦乙女という存在がどれだけ悍ましいかは分かった」
戦乙女の処置をしたとされる女子は九名、そのうち八名は途中で死んでいた。
「九分の一、いや、もっと低い割合で戦乙女は誕生しているのかもしれない。それなら数が少ないのにも納得がいく。五人の戦乙女がいるとしたら、戦乙女になれなかった犠牲者は四十人ってことだからな」
「なんとむごいことを…………」
「さて、こんなことを知って飯を食う気分じゃなくなった。それにこいつをどうにかしないとな」
グリフィードはルピンに視線を向けた。
次にルピンが目覚めた時、手足は拘束されていた。口には木の枝を咥えさせらている。
「おはよう、と言っても真夜中だがな。すまないが拘束させてもらった。舌を噛まれてもかなわないから、口にも詰め物をさせてもらったぞ」
言われるとルピンはグリフィードを睨んだ。
ルピンがこんな顔で睨むところをグリフィードが見たのは出会った時以来だった。
「悪いが、顛末書を見させてもらった。と言っても途中までだが、それ以上は読んでいられなかった」
それを聞いた瞬間、ルピンは身動きを取らない体をくねらせ、グリフィードに襲い掛かる。
「落ち着け。確かに酷い内容だったが、お前が発狂したのなぜだ!?」
グリフィードはルピンの体を押さえつけて、揺さぶった。
ルピンは「ふふん」と塞がった口で吐息を漏らす。
「外せって言っているのか?」
その問いにルピンは頷いた。
グリフィードは木の枝を外した。
「私は自分の一族がローエス神国と戦って死んだと信じていたんです」
ルピンは泣いていた。
「ローエス神国が狂っているのはあなたと出会ってから調べて、分かっていました。だから、私の一族はローエス神国と戦って『誇り高い死』を遂げたのだと信じていました」
グリフィードはルピンの口から『誇り高い死』などという俗っぽい言葉が出てきたことに少し驚く。
「ヤハランの一族の無念の晴らす、それが生き残った私の使命だと思っていました。ですが、なんですかこれは? 私の一族が各国に麻薬や武器を流していただけでなく、横領で私腹を肥やしていた。人の不幸で財を成していた? これを知って、私は思い返してみました。私の家は何をしているか分からないのに芸術品や本がたくさんありました。あれらを買うお金がどこから出ていたのか、今更気付いたのです。私の一族があのクロキシル麻薬をばら撒いていたんですよ。そんな一族の私が生きている理由なんてありますか。大衆の目の前で石を投げつけられ、馬引きの刑に処されても足りません。私の父は火刑で死んだそうです。なんて生ぬるい死なんでしょうね! もっと苦しめばよかったのに!!」
「おい、自分の父親のことをそんな風に言うな!」
「それをあなたが言いますか、グリフィード!!」
ルピンの言葉にグリフィードは言い返せなかった。グリフィードも家族というものには恵まれていなかった。
「なぁ、禁書って結局は何だったんだ?」
「ただの暗号ですよ。思い返してみると私は父の部屋にあった見知らない言語で書かれた書物を見て、父に聞いたら禁書だと言われました。ヤハランは暗号を使って、麻薬や武器の売買を行っていたんですよ。私の禁書という知識は全て父からのものでした。あの人は私を騙したんですよ!」
グリフィードはこんなに取り乱したルピンを見たことはなかった。
「…………ルピン。お前はお前だ。俺の中でお前の存在が変わることはない」
「あなたはそうでしょうね。でも私は耐えられない。もう死なせてください。生きる意味が無くなりました。もし自殺が駄目ならあなたが殺してください」
「どっちも無理だな」
「なら、ローエス神国に私を明け渡してください」
「それも無理だな。お前には生きてもらう」
「死ぬ自由を奪うのですか?」
「本当にお前が死ぬ気なら、なんで手首を切った?」
「どういう意味ですか?」
「本当に死ぬ気なら喉を刺すはずだ。お前はまだ未練があるんだよ」
「なら、すぐにこの拘束を解きなさい! 首を切って死にますから!」
「冷静になれ、っていうのは無理かもしれない。だが、乗り越えろ! 俺はお前を死なせない」
問答は一晩続いた。お互いの声がガラガラになるまで話し続けた。いつの間に夜は明けていた。
ローザは二人のやり取りを見守る。
「あなた、強情ですね…………」
「お前もな…………」
結局、ルピンの意思は変わらなかった。
だから、グリフィードはルピンを拘束し続けた。身の回りの世話は同性のローザに任せることにした。
「あなたが殺してくれてもいいんですよ?」
「それは出来ません。あなたには生きてもらわないといけません」