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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
外伝 解明編
175/184

戦乙女

今回の連続投稿で『解明編』を完結させます。

『解明編』完結まで毎日22:00~24:00の間に投稿する予定です。

体調・仕事の関係で投稿が滞ることがあるかもしれませんが、ご了承ください。

今後もよろしくお願い致します。

 探していた「それ」はとても薄かった。

 恐らく、二十枚に満たない。

 背表紙はなかった。



 表表紙には『ヤハラン一族顛末報告書』と書かれていた。



 それを見つけた時、ルピンの鼓動は早くなった。正直なことを言えば、この場で読み始めたかった。その気持ちを抑え込み、その本を袋の中に詰める。

 いつもは冷静なルピンもこの時は少しだけ焦った。

 何冊かの同じような報告書を落としてしまう。

「これは?」

 ルピンはそのうちの一冊に目が留まった。表表紙には『ケーゼンリンク家失踪顛末書』と書かれていた。

 ケーゼンリンク家はルピンも知っていた。ローエス神国屈指の医者の一族で多くの名医を出している。

 ルピンはクロキシル麻薬のことが頭を過った。

「これも持っていきますか」

 ルピンは本棚の物色を終えた。

「さて、長居は無用です。逃げますよ」

「お前が言うな。俺たちはずっと待っていたんだ」

 三人は元来た道を戻り、潜入してきた絵の前までやって来た。

 あとはここを通って戻るだけだと思った。


「やはり来ましたね」


 その声に三人は緊張が走る。

 抜け穴がある絵画の前に人が座っていた。

 グリフィードとローザは腰の剣に手をかける。

 修道服の姿の女性だった。

「マリスエさん」

 ルピンは女性の名前を呼んだ。

「知り合いか?」とグリフィードが聞く。

「ええ、図書館で少しだけ。マリスエさん道を開けてください。一般の、しかも目の不自由なあなたを怪我をさせたくありません。あなたは私たちが逃げた後に教会に報告すればいいじゃありませんか?」

 善人を気取るつもりはなかったが、人を傷付けたくないのは本心だった。

「優しいのですね。噂とは大違いです」

「噂?」

「二つ、あなたは誤解をしています。ルピン・ヤハラン」

「!?」

 ルピンはもちろん名乗った覚えなどなかった。

「あなたの匂いを嗅いだ時、驚きました。生死不明のあなたが生きていたのですから。今、ここであなたたちを粛正します」

 マリスエは修道服を脱ぎ、目隠しを外した。修道服を脱ぐと変わった装飾の鎧を着ていた。腰には剣があった。

「私の眼は見えます。でも、この色の眼を人に見られたくないんです。そして、私は一般人ではありません

「「そんな…………」」

 ルピンとローザの声が被った。

 しかし、同音のそれは二人の表情か別の意味であることを意味していた。

 ルピンはマリスエの青い髪と瞳を見て、驚いた。

 ローザはマリスエの鎧の胸の中央に彫られた戦乙女を見て、恐怖した。

「ヤハランですって?」とルピンは言う。

「戦乙女が何でここに?」とローザが言う。

「おい、ヤハランだっていうのには驚いたが、戦乙女っていうのは何だ?」

 只ならぬ空気を感じたグリフィードは剣を抜く。

「戦乙女、ローエス神国の最高戦力です。彼女たちは化け物です!」

 ローザは震える。

「私は以前、一度だけ戦乙女と共に反乱を起こした貴族の討伐を行ったことがあります。序列四位のエルジェーンという戦乙女です。彼女はたった一人で百人を斬ったのです。あの動きは人間の限界を超えていました」

 ローザも剣を抜いた。

「あなた、序列は何番ですか?」

「そうですか。あなたはエルジェーンと共に戦ったことがあるのですね。なら、私たちの強さに恐怖するのも無理はないでしょう。そして、私の序列は彼女より上です。私たちが使う武器にはそれぞれの序列が彫られているのを知っているでしょう? これが私の序列です」

 マリスエはどこにでもあるようなロングソードを抜いた。

 そこに書いてあった数字にローザは絶望する。

「序列一位…………ですって」

 ローザは戦意を失ってしまった。

「抵抗しなければ、すぐに首を刎ねて終わらせます。もし、抵抗するようなら半殺しにして教会に受け渡します。どっちがいいですか?」

「どっちも御免だな!」

 グリフィードが切り込んだ。

 マリスエはそれを受けた。

 ローザの反応を見たグリフィードは初めから全力で戦った。

 ルピンにはグリフィードが押しているように見えた。

「ローザさん、グリフィードは結構強いんですよ。簡単に負けません」

「ルピンちゃん、あなたは戦乙女に強さを知らないからそんなことを言えるんです」

「ええ知りません。でも、ここで諦めたら終わりなのは分かります」

「ルピンちゃん…………そうですね、精一杯、足掻きます!」

 ローザは体に力を入れ直して、グリフィードに加勢する。

「この状態で二人相手は辛いですね」

 マリスエは二人と距離を取り、葉巻を咥えた。

「いけない! あれを吸わせちゃいけません!」

 ローザはマリスエに斬りかかるが、遅かった。

 マリスエは葉巻に火を付け、吸い込んだ。


「神の御力を我が体にお与えください」


 呟くとマリスエの動きが変わった。

「何をした?」

 斬りかかったはずのローザが床に突っ伏す。

 肩口からは血を流していた。

「そのまま胴を真っ二つにしてもよかったのですけど、半殺して教会へ引き渡さないといけませんから」

 常人離れした動きをしたマリスエは息一つ乱れていなかった。

 グリフィードは初めて自分と相手の力量差が分からなくなった。

「なるほど剣筋が見えなかった化け物というの本当らしい、な!」

 グリフィードが斬りかかる。

 無策だったわけではない。攻めてふりをして、すぐに退くつもりだった。初めから防御に徹すれば、マリスエの攻撃の隙を突いて反撃を出来ないだろうか、と考えた。

 しかし、それは間違いだった。

 持ち堪えたのは数秒だった。あっという間に切り伏せられてしまった。

 単純な武術でグリフィードより優れていた敵は今までもいた。そんな敵に対してもグリフィードは勝ってきた。柔軟な思考で敵の隙をつき、裏をかき、勝ってきた。

 しかし、今回の敵は次元が違い過ぎた。

 小細工など入る余地のない力量差だった。

 ルピンは正面からこの化け物を相手にすることは不可能だと判断した。

「この二人は抵抗しました。だから教会に受け渡します。ですが、あなたはまだ抵抗していません。ルピン・ヤハラン、同族の情けです。今ここで首を刎ねてあげましょう。教会に捕まるよりはマシだと思います」

「押しつけがましいですね。私はどちらも御免です」

「もうあなたにはどちらかしか選択肢がありません」

「果たしてそうでしょうか!」

 ルピンは手元にあった小物をマリスエに投げつけた。

 マリスエはそれを剣で叩き落とす。

「残念です」

「来ないでくれますかね!」

 ルピンはまた小物を投げつけた。

「無駄な抵抗ですね」

 マリスエはまた剣でそれを叩き落とす。

 しかし、今度はそれだけでは終わらなかった。

 辺りが強烈な光に包まれた。

「くっ…………! 一体何が…………」

 ルピンが投げつけたのは隠し持っていた輝光石だった。それは衝撃を与えると強烈な光を放つ。

「二人とも逃げますよ! 動いてください」

 グリフィードはすぐに体を起こした。手加減されていたこともあり、傷は浅かった。

「二人とも私は置いて行ってください。今の光で目が見えないのです。足手まといになります」

「生きている仲間を見捨てるのは俺の流儀じゃない。立て、逃げるぞ」

 グリフィードはローザの腕を引っ張った。

「うっ……!」

「痛いだろうが、我慢してくれ」

「すいません。グリフィード君の怪我は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。大したことない」

「またやせ我慢して。逃げますよ」

 ルピンは絵画の方へ視線を移す。

「私がそれを許すと思わないでください!」

 マリスエは目が見えていないはずなのに的確にグリフィードたちに襲い掛かった。

「そのまま家具にぶつかれ!」

 グリフィードが叫ぶ。

「なんですって!?」

 その声に反応し、マリスエは怯んだ。そこに家具などなかった。

 グリフィードは冷静に剣を振った。首を狙った。

「おいおい、嘘だろ。なんで防げる?」

 態勢を崩し、目が見えないはずのマリスエはグリフィードの一撃を受け止めた。

 しかし、さすがに無傷とはいかなかった。グリフィードの剣の勢いは受け止めきれずに吹き飛んだ。

「今の内だ!」

 三人は絵画の裏側の通路に飛び込んだ。

 グリフィードがルピンとローザを担いで走る。

「出来ればこんなことはしたくなんですけど…………あまり大きな火事にならないでください」

 持ってきていた油を撒く。そして、持っていたランプを叩き割った。

 通路は火に包まれる。

「派手なことをするな。だが、これであの戦乙女も…………」


「私があなたたちを逃がすと思わないでください!」


 通路の奥から叫び声がした。

「まじかよ、狂ってる!」

「飛びっきりの狂信者ですね。追いつかれたら終わりです。グリフィード、急ぎなさい」

「二人も担いで、しかも怪我もしているんだ。無茶を言うな!」

 グリフィードはらしくもなく、声を上げた。

「グリフィード君、だいぶ視界が戻りました。もう降ろしてもらって構わないです」

「それは助かる」

 三人は必死に逃げた。

 そして、鉄扉に到達する。三人は脱出した。

「早く閉めてください!」

 グリフィードが鉄扉を閉じるとグリフィードとローザ、二人で鉄扉を抑えた。

 僅かな時間、下水道の流れる音だけがしていたが、鉄扉が内側からの衝撃で揺れた。

「ここを開け、私の裁きを受けなさい!」

 鉄扉の内側から叫び声がした。

「冗談じゃありませんよ」とルピンが言う。

 何度も鉄扉が叩かれた。

「とても女の力とは思えないな」

 内側からの衝撃は途轍もなかった。油断すると開いてしまいそうになる。

 ガンガンという鉄扉を叩く音はしばらくすると止んだ。

「諦めたか。それとも火で死んだが」

「油断しないでください。まだいるかもしれません」

「分かっている。だが、いつまでもこうしていられないだろ。どうする?」

「通路は煙で充満しています。いくら化け物でも酸素がなければ、死ぬはずです、人間は酸素がなければ、十分も生きられません」

 ルピンに言われ、二人は必死に鉄扉を抑えたが、結局、それ以降人の気配はなくなった。

「死んだとは思えないな」

 グリフィードが呟く。

「一息つく暇はありませんよ。早く逃げないといけません」

「だな。どっちに逃げる?」

「このまま地下を進みましょう。オルーバー川まで行けば、そこからベルガン大王国に入れます」

 それは以前、ルピンが使った逃走経路だった。

「なら、早く行こう。あんな化け物の相手はもうごめんだ」

 三人は地下を必死に走った。

「まったくローザさんと出会ってから逃げてばかりです」

「私が悪いみたいに言わないでください。騒動の中心はいつもあなたじゃないですか」

 ルピンはその文句を聞かなかったことにした。

 どれだけ走っただろう。暗闇の中で時間感覚が狂う。

「恐らく、もう都市の城壁の外に出たはずです。後はどこからか外に出れれば…………

 しばらくすると水が外に流れる音がした。

「いけるか?」

 グリフィードが出口から顔を出す。人の気配はなかった。辺りは微かに明るくなっている。

「夜明けが近いな。その間にアニエピアから出ましょう」

「同感です」

 グリフィードたちは走った。日が上がっても走り続けた。

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