ルピン、過去を振り返る
今回の連続投稿で『解明編』を完結させます。
『解明編』完結まで毎日22:00~24:00の間に投稿する予定です。
体調・仕事の関係で投稿が滞ることがあるかもしれませんが、ご了承ください。
今後もよろしくお願い致します。
「……ーザさん……ローザさん」
ローザは呼ばれて目を覚ました。
「すいません、寝ていましたか?」
「あなたは図太いですね。着きましたよ」
ローザを起こしたのはルピンだった。
「…………あなた、寝てる最中、泣いていましたけど、どんな夢を見ていたのですか?」
ルピンは少し心配げに尋ねた。
「泣いてました? 分かりません。何か夢を見ていた気もしますけど…………」
「そうですか。あなたも結構な人生を送っていそうですね」
ルピンはそれだけ言うと馬車を降りた。
グリフィードとローザもそれに続く。
大陸大戦の開戦により、人の往来が増えた時期を利用し、三人はローエス神国の神都『アニエピア』への潜入に成功した。
怪しまれない為に親子のふりをして、三人は格安の宿屋を借りる。
「さて、これからどうするんだ。司教でも拉致してローエス神国の闇を白状させるか」
グリフィードが笑いながら言う。
「馬鹿なことを言わないでください。それは危険すぎますし、司教が全てを知っているとは限りません。私が狙うのは中央図書館です」
「中央図書館?」
「ええ、そこには大陸有史以来の書物が所蔵されています」
「そんなところに俺たちが知ろうとしている情報があるのか?」
「表にはないと思います。ですが、あの図書館には表に出せない書物を所蔵した地下室があると父が言っていました」
ルピンが「父」と言ったことにグリフィードは少しだけ驚く。ルピンは今まで一切、家族のことを言わなかった。
「どうしました?」
「いや、何でもない。だが、禁書の所蔵庫の警備はキツイんじゃないのか?」
「だと思います。だから、正面からは行きません。下水道から潜入します」
神都アニエピアには下水道が存在していた。それは都市全体に張り巡らされている。
「私たちは下水道から潜入します。あの中なら警備もいないでしょう」
「まぁ、俺だって入りたくないからな」
グリフィードは嫌な顔をする。
「だとしても、それよりも安全に潜入する方法がありません」
「仕方ないな。なら、今日の夜にでもさっそく潜入するか?」
「そんな思い付きで行動しませんよ。決行日はまだ未定です。下水道のこともそうですけど。図書館だって、調べないといけません。私はこれから何日か図書館に通います。二人はどうしますか?」
「俺は本に興味はないな。嫌だが下水道の調査を俺が受け持とう」
「なら、私もグリフィード君に付いてきます。化粧で多少は護摩化していますけど、私だと気付く者もいるかもしれません。出来る限り人目は避けたいですか」
「分かりました。そちらは任せます」
「お前も気を付けろよ。髪は誤魔化せてもその瞳の色は変えられないからな」
「ええ、気を付けますよ」
翌日から三人は二手に分かれて行動を開始する。
ルピンは一人で図書館へ向かった。
「昔とあまり変わりませんね。素直に奇麗な街並みだと思います」
ルピンは様々な国を往来したが神都『アニエピア』より奇麗な都市も、技術が発展している都市も見たことがなかった。それはローエス神国が大陸の中心に存在し、数々の技術が流れてくることと教会の莫大な財力から設立された学校によって各学問が発展していることを大きかった。
「でも今はこの奇麗さが不気味に思えます。ローエス神国の闇はどれほど深いのでしょうか」
ルピンは見た目だけではなく、中身も子供だった昔を回想する。
子供の頃ルピンは昔、中央図書館に行く道を毎日通っていた。
学校がある日は終わってから通った。学校がない日は朝から通った。ルピンは神童と呼ばれ、将来を期待されていた。
しかし、当時のルピンはすでに皆が疑わない『大陸教神』の存在に疑問を感じていた。歴史を学べば、学ぶほど神という存在がいないことが証明されていく。
「父さん、神様って本当にいるの?」
まだ幼く、純粋だった頃のルピンは父にそれを尋ねたことがあった。
父は少し驚き、優しく返す。
「信じる人にはいるんだよ、と。それから神の存在を疑ってもいいけど、決して他人に言ってはいけないよ。約束できるかい?」
当時のルピンに父の言葉の全てを理解できたわけではなかった。それでもそれ以降、学友の前で神に対する疑問を口にすることはなくなった。
子供のルピンは親の目を盗んで、ある研究を始めていた。
それが禁書の解読である。当時のルピンにはそれがどれだけ危険なことか分かっていなかった。バレれば、極刑に処される禁忌に十歳にならない少女は足を踏み入れていた。
しかし、これは決してルピンだけではなかった。ヤハランの一族は長年、禁書の解読を行っていた。
それを密かな使命にしていた。
そんな歴史好きの少女に悲劇をやって来たのは十歳で最年少の学士号を取った一か月後のことだった。
突然、神兵がルピンの住む屋敷に押しかけてきた。
ルピンはすぐに理解した。禁書の研究がローエス神国にバレたのだ、と。
異端審問会が行われ、ヤハランの一族は成人の扱いを受けた十五歳以上の全ての男女が処刑された。それは父も例外ではなかった。
処刑の日の朝、父はルピンと二人で話す時間を与えられた。
ルピンはこれが別れになると理解していた。
「いいかい、お前は禁書を読めないと言い切りなさい」
ルピンの父は娘が禁忌を犯していることに気付いていた。
「どんな拷問を受けても口を割っていけない。そうすれば、生き残れるかもしれない。ルピン、私はお前のことを愛している」
それが父の最後の言葉だった。最後まで優しかった。
ルピンの父は火刑に処され、灰は川に流され、何も残らなかった。
ルピンは全てを失った。他の子どもたちがどうなったか知る由もなかった。
その後、ルピンは拷問を受けることになる。神童『ルピン・ヤハラン』が禁書のことを知らないはずがない。教会はそう決めつけて、ルピンに自白を強制した。
「ええ、私は禁書を読めますよ」
ルピンは拷問が始まって、すぐに自白した。父の言いつけを破った。まだ爪の一枚も剥がされていなかった。禁書が読めると言っても教会が公で子供を殺すことは出来ないとルピンは知っていた。十五歳になるまで処刑は行えない。ローエス神国に住む民は神童のルピンがどうなるか注目していた。だから秘密裏に消すこともできない。信徒に不信感を与えないために教会は処刑するなら十五歳に成るのを待ち、群衆の前で公開処刑を行う必要があった。ルピンはそのことを理解していた。だから、拷問で体がボロボロになることを避けた。隙を探して脱獄するために体は健康でなければならなかった。
ルピンには脱獄の策があった。しかし、問題は時期である。ルピンは自身の身体能力が低いことを理解していた。それでなくても、十歳の子供を屈強の神兵が追えば、すぐに捕まえられることは理解できる。
だから、決行の時期を待った。
それがきたの投獄から一年が過ぎた初夏のだった。ルピンは看守たちの前では言葉を発さず、抜け殻ように振舞っていた。看守にはルピンが全てに絶望した少女に見え、監視の目を緩くなっていた。雷鳴と豪雨の夜にルピンは脱獄を決行する。
ルピンは僅かに与えられる食料の中でも塩分の多い物を選び、牢の鉄柵と自身が繋がれている鎖に吹きかけ続けていた。鉄柵は錆び付き、一部の破壊に成功した。
一方、自身の手に嵌められた鎖は中々、頑丈で錆をしていたが、壊すことは出来なかった。
しかし、過酷な環境で一年間を過ごしたルピンの体は骨と皮だけになっており、腕は細くなっていた。鎖は壊さずにでも腕を引き抜くことが出来た。
脱獄に成功したルピンは地下に身を隠す。下水道を辿って、脱出を考えていたのだ。
もし、これがすんなり成功すれば、良かったのだが、そうはいかなかった。ルピンの脱獄に気付いた教会は神都全体に包囲網を敷き、捕縛に躍起になった。
ルピンが地下に潜ったこともすぐにばれ、ルピンは追い詰められていく。
それでもルピンは何とか包囲網を掻い潜り、地上に出た。
そこでついに神兵に捕捉されてしまう。
ルピンは増水したオルーバー川の川岸に追い詰められた。
だが、これはいくつか考えていた計画の一つだった。
ただの脱獄では教会から追手が来る。いつかは捕まってしまう。だから賭けに出た。
ルピンは激しい勢いの川に飛び込んだ。身投げしたのだ。死んでも仕方ないと思ったが、死ぬつもりはなかった。この川はベルガン大王国に流れている。もし、上手くいけば、自分の存在を消した上で、ローエス神国から逃げることが出来る。
ルピンは激流の中で脱力し、なるべく酸素を使わないようにする。
父との思い出が走馬灯のように浮かぶ。無謀だった。死ぬんだ。意識が途切れる寸前でそう思った。
ルピンは強烈な光で目を覚ます。
何かに乗せられて移動していた。
「ここは死後の世界…………では、無さそうですね」
次にルピンが気付いた時、体が動かなかった。体中が痛かった。
屋根のない馬車の荷台に乗せられているようだった。
一瞬、脱獄は失敗し、また囚われたのかと思ったが、
「しかし、兄貴、こんな汚い子供、売れますかね?」
「分からんが珍しい青髪だ。こういう珍しい子供を欲しがる奴がいるかもしれません。ただで拾ったんだ。少しでも金になればいいさ」
その会話でルピンは自分が奴隷商人に売られることを悟った。
(やれやれ、次はいつ脱走しましょうか? 私は一族がやり残したことをやらないといけませんからね。しかし、さすがに疲れました)
久々に浴びた太陽の光を感じながら、ルピンは今後のことを考えた。
ルピンがグリフィードに出会うのは約三年後、それまでベルガン大王国で奴隷として過ごすことになる。