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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
外伝 解明編
170/184

回想録~ランオ平原会戦~(中編)

本日は22:00~24:00にもう一話、投稿予定です。

よろしくお願いします。

 シャマタル独立同盟は中央前衛にデリックの第三連隊が布陣。

 左翼にカーコープの第五連隊、右翼にはリスリックの第六連隊が布陣した。

 予備兵力としてカリンの第一連隊、ファーリンの第十連隊、そしてボスリューの本隊が控える。

 対するフェーザ連邦は中央にアスバハ公国軍二万、左翼にピュシア王国軍一万五千、右翼にはカデュパフ王国軍一万五千が布陣していた。

 兵力差は歴然だった。特に両翼の兵力差は三倍もあった。

 それでもシャマタル独立同盟の本営は両翼にこれ以上の兵力を割くつもりはなかった。

 フェーザ連邦軍の全てを相手にする戦力をシャマタル独立同盟を持っていない。ボスリューは敵の総司令官テンツィーを狙った。

 開戦の口火を切ったのはシャマタル独立同盟第三連隊のデリックだった。

「グーエンキム家のお嬢ちゃんの活躍のせいで忘れかけている奴もいるかもしれないが、攻勢が得意なのは俺たちも同じだ!」

 デリックは興奮気味に言う。

 騎兵隊の突撃で戦いは始まった。

 あまりに大胆な行動にアスバハ公国軍の第一陣は対応が遅れた。

 カリンを除けば、全連隊で最も攻撃的な連隊である。その分、守勢には弱く、勝つ時も負ける時も派手である。

「突撃だ! 突撃突撃!!」

 この日は派手に勝つ日だったようでデリックの第三連隊は次々にアスバハ公国軍を敗走させていった。


「デリック連隊長が敵陣を次々に突破しています!」

 前線の戦局はすぐに本営にも届けられる。

「布陣は上手くいったようだな」

 ボスリューがドワリオに話しかける。

「敵は連携が悪い。それにこちらの仕掛けのせいで内部で不信感が燻っています。そんな状態ではデリック連隊隊長の猛攻には耐えられないでしょう。純粋な突破力ならカリンよりも上でしょうから」

 ドワリオがカリンの名前を出した時だった。

 カリン配下の兵士が本営に来た。

「カリン様より伝言です。敵は敗走しています。私の隊に出撃を命じ、大局を決する時です、とのことです」

 その言葉にドワリオは真剣な表情になった。

「司令官、そうしますか?」

 ドワリオはボスリューに提案する。

「君に一任する」

「分かりました。第一連隊は待機、今はまだ大局を決する時にあらず。カリンにはそう伝えてくれ。文句があるなら、お前の夫が聞くとも伝えてくれ」

「わ、分かりました」

 兵士は急いで走っていった。

「意外だな」とボスリューが言う。

「何がです?」

「君ならカリンに出撃を命じると思っていた」

「今はまだです。カリンの出撃は最終局面、敵を殲滅する最後の一撃です。それよりも第十連隊に出撃を促してください。畳みかけます」

 ボスリューはドワリオが明らかに第一連隊を出したくないのに気が付いていた。

 それでも何も言わなかった。ドワリオの構想も間違ってはいない。

 左翼では第五連隊が、右翼では第六連隊が敵と交戦。こちらの戦局は一進一退だった。

 そして中央では…………

「まったくあの男は考え無しに暴れまわる」

 ファーリンが溜息を吐いた。

「俺たちも動くぞ。デリックを孤立させるな」

 デリックとファーリンは古くからの戦友だった。

 本能で動くデリックと理性で動くファーリン。周りから見れば、正反対の二人だったが、どうやらそれが逆に二人の刺激になったらしく。この二人が一緒になった際の互いの戦果は多大だった。デリックはファーリンがいる戦場で一度も大敗をしたことがなかった。

「ファーリンが来たぞ、このまま押し切れ!」

 デリックは攻勢を強めた。中央では二万のアスバハ公国軍をシャマタル独立同盟軍第三、十連隊が圧倒していた。

 そして、激戦の中でアスバハ公国軍の副司令官の一人、カルボンが戦死する。


 

 アスバハ公国軍本営。

「司令官! カルボン副司令官が戦死しました。敵の勢いは収まりません!」

 負傷した兵士が慌てて報告する。

「我らは倍の兵力だぞ!? なぜ、ここまで苦戦する!」

 テンツィーは悪態をついた。

 シャマタル独立同盟軍が強かった。建国から今日までイムレッヤ帝国の脅威に晒され、常に戦闘を想定し、鍛錬を欠かしていない。防衛意識が非常に高かった。

 そして、この時期のシャマタル独立同盟の指揮官の質は成熟期にあった。

 アレクビューとフィラックはいないが、今回のランオ平原に集まったシャマタル独立同盟軍はシャマタル史の中で最強と言ってもいい戦力だった。

 初日の戦闘はシャマタル独立同盟が圧倒した。

 この結果に指揮官も兵士も満足し、士気はさらに上昇する。

 そんな中、一人だけ不機嫌な人物があった。




「本営は何をしていたのですか!?」

 夜の軍議でカリンは叫んだ。

「今日の内にアスバハ公国を徹底的に叩けば、フェーザ連隊全体の戦線を崩壊させられました。なぜ、私に出撃を命じなかったのですか!?」

 カリンは怒っていた。

「確かに中央の戦闘はこちらが有利だった。だが、両翼の戦いは一進一退だった。もし、カリンを投入すれば、ピュシア王国のエルマルが動く。そうすれば、こっちが負ける」

「そうなる前に私ならアスバハ公国軍のテンツィー将軍の首を飛ばしてみせます」

「お前の力を過信して、戦術を立てるわけにはいかない」

「なんですって!?」

 カリンとドワリオは睨み合う。

「ここで夫婦喧嘩をするのはやめろ」

 ボスリューが言う。

「最終的に第一連隊を待機させたのは総司令官の私だ。今日の内に無理攻めする必要ないと判断した。明日は勝負を決める。今回のお前の役割は最終局面だ。不満なら連隊長の任を解く」

 ボスリューは静かに言う。その声には威圧感があった。

「…………分かりました」

 カリンは歯軋りをしながら。着席する。

 軍議は決して良い雰囲気とは言えなかった。

「すいませんでした」

 軍議が終わった後にドワリオはボスリューに話しかける。

 カリンを含めた他の連隊長はすでに退散していた。

「カリンは真っ直ぐな子でな。苦労を掛ける」

「そんなことはありません。俺にはもったいない良妻です」

「そうか。それは良かった。あの子は子供の頃から女の子らしいことは何もしなかったし、しようとしなかった。私たちは将来を心配したが、良い旦那を見つけたらしい」

 ボスリューは若い二人の将来が少しでも平穏であることを願った。



 第一連隊、カリンの本陣。

「明日は必ず出撃があります。いつでも出れるように準備をしておいてください」

 カリンは各部隊長を招集し、軍議の内容を共有した。

「司令部の意図が分かりません」

 部隊長のリッツが発言する。

 その言葉に賛同したくなったカリンだったが、

「司令部には考えがあるのです。だから、私たちは司令官や参謀長を信じましょう」

 拳を握りしめ、言葉を震わせながら言った。

 連隊長とはいえ、カリンはまだ二十歳にもならない年齢である。そんなカリンが必死に耐える姿を見て、周囲の大人たちは何も言い返せなかった。

「まぁ、我々には重大な役割が回ってくるでしょうな。ところで連隊長、顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」

 副連隊長のワーコップが尋ねる。

「心配はありません。ちょっと疲れているだけです」

「そうですか。それならいいですが…………そうだ、良い酒がまだ残っています。どうですか?」

「いえ、お酒はやめておきます」

 カリンが苦笑しながら、断るとリッツが「顔色の悪い連隊長に酒を薦めてどうするんですか」と笑いながら言った。

「なんだ? 俺ならうまい酒を飲めば、一発で疲れなんて消し飛ぶぞ」

「それはあなただけです」

 笑いが起きる。カリンも釣られて笑った。

「そうですね。明日に残るほどの飲酒は禁止しますが、二杯までの飲酒は許可します。兵士たちにもそう伝えてください」

 軍議が終わり、カリンは一人になると脱力した。

 最近は妙に神経がピリピリする。その理由をカリン自身も分かっていた。

「明日、決着をつけます。私には時間がないんです」

 カリンは呟きながら、自身の腹部を擦った。



 次の日、先制したのはフェーザ連邦のカディバフ王国のエルマル将軍だった。

「敵左翼を切り崩し、中央へ攻め込むぞ」

 エルマル将軍の策はかなりの力攻めだった。前日の戦いを見て、味方の不利を覆すために動いた。

「カーコープ連隊長! 我らだけでは敵の攻撃を防ぎ切れません!」

 シャマタル独立同盟軍左翼を守るカーコープ連隊長の本陣に、慌てた兵士が報告した。

「分かっている、本営からも連絡が来た。無理に敵を防ぐのではなく、受け流し、突破させてかまわない、とな」

「しかし、それではグーエンキム様の本陣が危ういのではありませんか!?」

 狼狽える兵士に対して、カーコープ連隊長は笑いながら答える。

「シャマタル独立同盟軍の指揮官でもっとも用兵に秀でているのはボスリュー様だ。ネジエニグ様やレウス様でもあの方には及ばない。だから、私はあの人を信頼するのだ」

 カーコープはボスリューの元で用兵を学んだ。そして、兵士の運用でボスリューがアレクビューやフィラックよりも優れていることを確信し、信頼していた。

「さて、ボスリュー様、お手並み拝見です。我らは分散した兵力を再編し、味方の本陣と共にカデュパフ王国を挟撃するぞ!」

 突破を許したカーコープ連隊は最小限の損害でカデュパフ王国軍をやり過ごし、今度はその背後を突く用意をする。焦りはなかった。

 むしろ焦っていたのはエルマル将軍だった。この強攻で味方の右翼はガラ空きになった。もし、機動力に優れた『赤の騎兵連隊』が動けば、戦線が崩壊する可能性があった。

「しかし、どうだ? 昨日、赤の騎兵連隊が出れば、我らが負ける場面があったはずだ。出てこなかったのには何か理由があったのではないか?」

 エルマル将軍はシャマタル独立同盟内の僅かな隙に気付いていた。

 シャマタル独立同盟の左翼を突破したカデュパフ王国軍はシャマタル独立同盟軍は本陣に迫った。



 シャマタル独立同盟軍本陣。

 カデュパフ王国軍が迫った時、シャマタル独立同盟は臨戦態勢だった。

「迎え撃つぞ」

 ボスリューは陣頭に立つ。

 シャマタル独立同盟軍とカデュパフ王国軍が激突する。

 シャマタル独立の本陣にたどり着いたカデュパフ王国軍は一万余りである。

 対するボスリューの手勢は五千だった。

 それでもシャマタル独立同盟軍は崩れない。

 それどころか、左翼を突破したカデュパフ王国軍の陣形が乱れていたことを見逃さずに逆に攻め込んだ。両軍は乱戦状態に突入する。

「おかしい…………」

 エルマル将軍は本陣にも赤の騎兵連隊がいなかったことに疑問があった。

「これはとんでもない場所に現れたりしないだろうか…………」

 ボスリューと対峙しながら、エルマル将軍は姿の見えない赤の騎兵連隊の所在を気にしていた。



 カデュパフ王国軍が襲来する直前。

「赤の騎兵連隊をここで出すか」

 ボスリューがドワリオに尋ねる。

「ここでカデュパフ王国を叩けば、数の上で互角になるだろう」

「そうですね…………」

 ドワリオは難しい顔で返答する。

「ドワリオ、それがお前の思う最高の策か?」

 ボスリューの言葉は鋭かった。

「………………」

 ドワリオは返す言葉がなかった。


「ちょっといいですか!」


 張り詰めた緊張の中を切り裂く声がした。

「カ、カリン!? お前なんで?」

「伝令を送ってもまた帰されると思ったので直接来ました。敵が本陣に来るのですね? なら、私に迎撃させてください! ここで私の隊を使わない理由はないはずです」

 カリンがドワリオとボスリューに詰め寄った。

 カリンの眼を見た時、ドワリオは何をしてもカリンが戦場に出てしまうと悟った。

「まぁ、そうだな」とボスリューは答えた。

 しかし、ドワリオは…………

「いいや、君には役割がある」

 そういって、カリンの意見を否定した。

「あなたはまた私に戦うな、というのですか?」

 カリンの表情にあったのは怒りでも、悲しみでもなかった。絶望だった。最も信頼し、愛している者からの言葉にカリンは体の力が抜ける。

「違う。一度しか言わないから、馬鹿でも理解しろ」

「えっ!?」

 ドワリオは机の上の布陣図で説明を始める。

「敵の右翼がここにいるということは今、敵の右翼はガラ空きだ。アスバハ公国軍の側面を突くことが出来る。そうすれば、敵軍を総崩れだ。君は本陣の後方から大回りをしてアスバハ公国軍を強襲してくれ。昨日の戦いでアスバハ公国軍はボロボロだ。その証拠に今日はほとんど攻めてこない。第三、五連隊と君の赤の騎兵連隊が共闘すれば、勝てる」

「今からここを出発して、大回りして敵本陣を突くとは無茶を言いますね」

 文句を言いながらも、カリンは笑っていた。

「君ならできると思って、言っている。どうだ」

「叔父様はドワリオの策に乗るのですか?」

「若い二人で決めるといい」

 ボスリューは笑った。

「分かりました。命令、お受けします。必ず敵の総大将の首を持ち帰ると約束しましょう」

 カリンは笑いながら、走り出す。

「カリン!」

 ドワリオが叫んだ。

「必ず無事で帰って来いよ!」

 ドワリオに言葉にカリンは拳を上げて、元気よく「もちろんです!」と返した。

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