門閥貴族連合の結成
イムレッヤ帝国帝都エクタナ。
「私を呼ぶとはどういった用件かな?」
この男の名はヒデスハーム公爵である。
自尊心の塊のような男で、本来は人からの呼び出しなどに応じる男では無かった。
「やぁ、やぁ、ヒデスハーム公。お呼びに応じて頂き感謝する」
もう一人の男は笑いながら、対応するが、目は決して笑っていなかった。
もう一人の男の名はラーズベック侯爵。
二人は政敵である。お互いがお互いを訪ねるなど、本来はあり得ないことだった。
「卿とは色々あったが、今は国の大事。一旦、遺恨は忘れ、共に戦わないか?」
ラーズベック侯爵は情熱的に言ったつもりだったが、ヒデスハーム侯爵はその白々しさに苛立ちを思えたが、
「卿からそのようなことを言って貰えるとはうれしい。今こそ、我らは手を取り、逆賊を討つべき時だ」
苛立ちを我慢し、ラーズベック侯爵より白々しく、言葉を並べる。
ラーズベックは眉をピクリとさせたが、それだけだった。作り笑いを浮かべ、「では、我らは同志だ」とヒデスハームの手を握る。
二人の大貴族がお互いに対する私怨を押し殺したのは、帝国北部で挙兵したイムニアと、次期皇帝を宣言したリユベックの存在があったからである。
ヴェスパーレ皇子の血族がまだ残っていたことは、二人の大貴族にとって邪魔でしか無かった。
そして、ヒデスハーム侯爵とラーズベック侯爵は、急激に膨張するイムニアの勢力を恐れたのだ。イムレッヤ帝国は自分たちの、門閥貴族の物である。そういった歪んだ感情が、二人にはあった。
単純に言えば、二人はお互い以上に気に入らない者を排除するために一時的ではあるが、団結したのである。
決して強固とは言えない団結ではあるが、イムレッヤ帝国の二大貴族が手を結んだことで、他の門閥貴族も二人の元へ馳せ参じることになった。
集まった門閥貴族たちは盟約を交わした。
この盟約は、イムレッヤ帝国の帝都エクタナで調印式が行われたため、『エクタナの盟約』と呼ばれることになる。
この盟約には大多数の貴族が参加し、その兵力はイムニア陣営の三倍にも上った。
イムニアの破竹の勢いは、門閥貴族の団結を誘引してしまった。
このことはすぐにイムニアも知ることになる。
「なるほど、これなら一々、地方を平定する手間が省けるな」
イムニアは笑った。
北部平定のために散っていた六将に招集をかけた。
五日の内に六将が招集に応じた。
「北部の平定、ご苦労だった。しかし、諸君は手応えの無い相手ばかりで、不満があったであろう。これからは少しばかり、手応えが…………あるかもしれない相手が待っている」
イムニアは始めにそう言うと、無邪気な笑みを浮かべた。
「先日、門閥貴族共は私たちの勢いを恐れ、連合を組んだらしい。盟主はラーズベック。副盟主はヒデスハームだ。総兵力だけなら、今の我々の三倍は超すであろうな」
これだけ聞いても、悲観する者は誰も居なかった。
「これだけの兵力差です。こちらは迎撃に徹しますか?」
ウルベルが提案した。
「思ってもいないことを口にするな」
「失礼致しました。敵は所詮、烏合の衆です。必ずや綻びが生まれるでしょう」
「そうだ。それに私は長期戦をするつもりは無い。内乱が長引けば、他国に干渉する隙を与えてしまうだろう。短期に、そしてイムレッヤ帝国がその形を成している内に平定する。私はこの国を壊したいのでは無い。奪いたいのだ」
イムニアは宣言すると全軍に出立の準備をさせた。
出立の準備が終わると、イムニアはリユベックに呼び出されるという形で、二人だけの時間が出来た。
「奪った後はお前…………じゃなかった。我が主君に渡すつもりです」
イムニアが、リユベックと二人になるといつもの調子に戻ってしまう。
「とてもちぐはぐですね」
リユベックは笑った。
「うるさいな。みんなの前でこんな口調でいてみろ。私は不敬罪だと言われるし、お前は威厳が無くなる」
「私は構いませんが」
「私が構うのだ。皇帝になる男はもっと堂々としていなければならないのだ。お前は優しすぎる」
「なら、少し厳しくなりましょうか。こうやって臣下であるイムニア様と二人で会っていれば、他の者から不満が出るかもしれません。平等にするためにこれからは二人で会うことはしないようにしますか?」
リユベックは笑った。
「そ、そんな意地悪を言うな!?」
イムニアは心底慌てる。
「冗談ですよ」
「そんなことを言うお前は嫌いだ」
イムニアは決まりが悪くなり、視線を逸らした。
「リユベック、いつかはこういう口調も直さなければと本気で思っている。だが、もう少しの間だけ、こうさせてくれ。君が遠くに行ってしまうまで」
イムニアは少し悲しそうに言った。
イムニア陣営と門閥貴族連合の本格的な戦いが始まる。
それはイムレッヤ帝国最後の内乱の始まりだった。