フィラックとシュタット
フィラックが残っていたのには理由があった。シュタットの姿を見て、もう長くないと分かった。今、動けている理由も理解が出来た。
「お前たち、少し外で待っていてくれるか? レウス殿と話がしたい」
「父上…………分かりました」
二人の女性は出て行った。
「あれは妻と娘です」
シュタットが言う。
「もう二人、子供がいるのですが、もう一人の娘は帝都の方へ嫁いでしまって、息子は帝都で学者になる為に勉強しております」
「どうして私にそのことを?」
「あなたが残ったのも何か話があるからではないですか?」
二人は視線を合わせた。
「オロッツェ平原の戦いで私は右目を矢で射抜かれました」
フィラックは眼帯をトントン、と叩いた。
「はい、私が打ち抜きました」
シュタットは淡々と口にした。
「やはりどこかで会った気がしました」
「恨みますか?」
フィラックは少し笑って、首を振った。
「全ては戦の結果、恨みはしません。それにおかげで引退し、平穏な日々を過ごすことが出来ました。感謝したいくらいです」
「感謝すべきは私の方です」
シュタットは頭を下げた。
「当時、妻が大病を患っていました。下級貴族の出だった私には高額な医療費など出せなかった。手柄が欲しかった。金が欲しかった」
「それは手に入りましたか?」
「あなたを負傷させ、シャマタル独立同盟軍の一部を敗走させた功績をエルメック様から評価され、身分に合わない恩賞を貰うことが出来ました。妻の病気は完治し、私は十分すぎる家庭を作ることが出来ました」
「そうでしたか。この眼一つでそれだけの幸福があったのなら、私の右目には相当な価値がありますね。しかし、どうしてそのことを?」
「私の死期は近い…………自分で分かる。あなたの娘さんから貰った薬でどうにか動いている状態だ」
「………………」
「だから、あなたに何も言わずに死ぬのは嫌でした。謝罪と感謝をしたかったのです」
「謝罪も感謝も不要です。私が片目を失ったのは自分の力量の無さです。あなたが私を負傷させたのはあなたの武運です。ガンルレック要塞軍の司令官があなたのような人で良かった。クラナ様に指揮権を委ねて頂いたこと、感謝します」
「結果、ネジエニグ殿を負傷させてしまった。それにあなたの娘にも…………」
「それでも生きています。この経験がクラナ様を、そしてルパを成長させると私は信じています」
「かなり厳しい保護者ですね」
「不器用なだけです。私はそろそろ失礼します。二人のことが心配なので」
「分かりました」
フィラックは軍議会場を出た。
外に出るシュタットの妻と娘が待っていた。
二人は無言で頭を下げた。
「シュタット殿が居たからこそ、今日までガンルレック要塞は落ちずにいます。シュタット殿も十分に英雄と呼ばれるべき人物でしょう」
頭を下げたままの二人の頬から涙が落ちていた。
彼女たちも自分の夫が、父が最期の戦いに臨んでいることを分かっていた。
それでも気丈に振舞っていた。
「私はこれで失礼します」
それ以上、何か言葉をかけることが出来なかった。恐らく、彼女たちもそれを望んでいない。
フィラックは二人に頭を下げ、ルパの部屋に向かった。
本日の23:00前後にもう一話、掲載予定です。
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