ユリアーナ、捕えられる
今回の連続投稿で『雄飛編』を完結させます。
『雄飛編』完結まで毎日23:00~24:00の間に投稿する予定です。
体調・仕事の関係で投稿が滞ることがあるかもしれませんが、ご了承ください。
今後もよろしくお願い致します。
一日前、ガンルレック要塞攻防戦七日目。
ユリアーナはカタインたちより早くガンルレック要塞に戻ってきた。援軍が来ることを一刻も早く知らせたかった。
「良かった。まだ落ちていない。でも…………」
南門が破壊され、リテリューン皇国軍が要塞内へ侵入しているのを確認した。
今すぐにでも駆けつけて、戦いたかったが、今のユリアーナには甲冑も剣もない。一番にやらなければならないことは、援軍が来る、それを知らせることである。
クラナたちの無事を信じ、ユリアーナは夜まで待った。闇に紛れて要塞内へ入る予定だった。
この日の戦闘が終わり、夜になるとユリアーナは行動を開始する。
体に泥を塗り、完全に夜に紛れる。
見つからない自信があった。
このまま要塞内へ入れると思った。
しかし、それは失敗する。
何か獣の足音が近づいてきたと思うとユリアーナの右肩に噛み付いた。
「ぐっ…………野犬? じゃない!」
ユリアーナはその犬が訓練されていると気付く。
「夜、視界が聞かなくてもこいつらは匂いで追える。川に飛び込む時、鎧も川に捨てるべきだったな」
男が十数名の兵士と共に現れた。
ユリアーナは取り囲まれる。逃げられないと悟った。
「あんたは…………?」
「シックルフォールだ」
ユリアーナはその名前に聞き覚えがあった。
「なぜリテリューン皇国の将軍様がこんな雑務をしているのかしら?」
「少し失態が重なり、ラングラム司令官から指揮権を剥奪されている」
シックルフォールは淡々と答える。
「失態を冒した奴を生かしておくなんて私のルルハルトの印象が少し変わったわね」
ユリアーナは馬鹿にしたように言った。
「その言葉、直接、ラングラム司令官に言ってやればいい。連れていけ」
ユリアーナは縄で縛られて、自由を奪われた。
すぐにルルハルトの目前に出される。
「白獅子の団の女戦士、会うのは二回目だな」
ルルハルトは冷たい口調で言う。
「閣下のような偉大な司令官に名前を覚えて頂き、光栄です」
ユリアーナは悪意たっぷりの口調で言った。
「偉大な閣下にお願いがございます」
「なんだ?」
「私の縄を解き、剣を一本頂けませんか? そうすれば、あなたの首を刎ねてみせましょう」
ユリアーナの発言に居合わせた者たちは凍り付いた。
「相変わらず気の強い女だ」
そんな中、一人だけ笑っている者がいた。
「ベルリューネ…………」
ユリアーナは睨みつける。
「縄で縛られて、凄まれても笑えるな」
ユリアーナは反射的に動いた。
しかし、すぐに兵士たちに取り押さえられて地面に顔を押し付けられる。
「ユリアーナ・ゼピュノーラ。亡国の姫君よ」
ルルハルトはユリアーナに近づく。
ユリアーナの癖のある栗色の髪の毛の引っ張り、強引に顔を上げさせた。
「どうだ? 私に仕えないか?」
「は!?」
「明日の朝、カタインの本隊がすでに壊滅したとガンルレック要塞軍の連中に叫べ。そうすれば、奴らの戦意は折れるだろう。リョウが死んだといえば、あの小娘の心も折れるはずだ。お前を私の軍で将軍にしてやろう。領土もくれてやる。どうだ、ここで死ぬよりいいとは思わないか?」
ルルハルトの提案にユリアーナは悪意のある微笑みを浮かべた。
「死んでも御免だわ。この下種野郎!」
「…………そうか、ならば、明日の朝。お前を処刑しよう」
「………………」
ルルハルトの口調は淡々としていた。
ユリアーナはルルハルトを睨む。
「あの小娘の目前でな」
「なっ!?」
その言葉にユリアーナは焦った。
クラナの心に傷を残したくなかった。
「殺すなら今ここで殺しなさいよ!」
「連れていけ」
ユリアーナは引きずられて連れていかれた。地中に埋められた丸太に縛り付けられた。
「畜生…………!」
ユリアーナは暴れてみるが、縄も丸太もびくともしない。逃げられないと悟った。
「くそ、ここまで来て…………」
ユリアーナの体から力が抜けていった。泣きそうになった。
悔しかった。怖かった。
「おい女!」
その声にユリアーナは顔を上げる。
複数の男がいた。
「お前のせいで隊長は…………」
ユリアーナに向けられたのは憎悪だった。
「あんた、誰よ?」
「お前に殺された隊長の部下だ」
そういうことか、とユリアーナは溜息をついた。
「で、私に復讐する? この場で殺しても構わないわよ?」
クラナの目前で殺されるよりマシ、とユリアーナは思った。
「殺さない…………お前は明日、大勢の人間の前で惨たらしく殺されろ!」
感情的になっていると思ったら、多少の冷静さは残っていたようだった。
「だから、お前には別の屈辱を味わってもらう…………!」
「きゃっ!!?」
男はユリアーナの服を破った。
ユリアーナは咄嗟に隠そうとしたが、手足は丸太の後ろで縛られていて、何もできなかった。
「なんだ、女らしい声も出るんだな」
下種は笑顔を浮かべる男をユリアーナは真っ赤になりながら睨みつけた。
「なんだ、傷だらけじゃないか」
ユリアーナの体の傷をジロジロと見る。
「見るな!」
「そんな傷だらけの体でも見られるの恥ずかしいか? なら、女のくせに戦場に立つんじゃねぇよ!」
男はユリアーナの腹部を蹴った。
「ぐっ!?」
「痛いか? どうせ、明日までの命なんだ。もっとひどい目に合わせてやる。おい、一回、縄を解こう」
ユリアーナは男たちが何をしようとしているか察しがついた。
戦場で女が捕虜になって、男に囲まれたのだ。何が起きるか想像するのは簡単だ。
「だが、そんなことをすれば…………」
「構うものか。こっちは五人もいる。武器を持たない女一人にビビることはない」
ユリアーナは兵士の腰の剣に視線を向けた。縄を解かれたら、すぐにあれを奪って、こいつらを斬り捨てて、逃げる、と思考を巡らす。
「念のため、もう何発か、殴っておくか。 おいお前たちもやれよ」
ユリアーナは殴られ、蹴られる。それに耐えた。
「もうやめて…………」
ユリアーナは弱々しい声で言った。闘志を押し殺す。
「ふん、所詮は女だな」
男がユリアーナの手の縄を解こうとする。
早くしろ、すぐに殺してやる、と内心で思う。
「お前たち何をやっている!」
その声に男たちはユリアーナから離れた。
現れたのはシックルフォールだった。
状況を見て、シックルフォールは怒りを露にした。
「これはどういうことかな?」
「この女が反抗的な態度をとるので黙らせただけです!」
男は焦った口調で言った。
ユリアーナは何も言わなかった。
「そうか、ならもう十分だろ。立ち去れ」
シックルフォールが睨みつけると男たちは逃げるように立ち去った。
「うちの兵士がすまなかった」
「へぇ、リテリューン皇国にも常識がある人間がいるのね。縄を解いてくれないかしら? 痛いし、それにあいつらのせいで寒いわ」
ユリアーナはほぼ裸騒然の姿になっていた。
「妙な気は起こすなよ。おい、縄を解け」
「は、はい!」
シックルフォールに命令されたのは若い兵士だった。ユリアーナの縄を解く。
(駄目だ、隙が無い)
ユリアーナを十名の兵士が取り囲んでいる。
ユリアーナの縄を外している兵士は装備を持っていない。ユリアーナが妙な動きをすれば、諸共に殺すかもしれない。
「新しい服と最期の食事だ」
「最期の食事…………」
服着たユリアーナはその言葉に自分の状況を再認識する。
一度、深呼吸をすると出された食事を口に運んだ。
その姿に兵士たちは驚く。
「死を目前にしてよく食べられるな」
シックルフォールも少し呆れているようだった。
「生きている以上、お腹は空くもの。それに…………」
出された食事をすべて平らげ、水を飲み干すと
「もし、明日、何かの間違いで生きる隙が生まれた時、動けなかったら、死んでも死にきれないわ」
「豪胆なことだ。おい、もう一度、丸太に縛り付けろ。抵抗するなよ」
「しないわよ。本当のことを言えば、隙を見て、あんたたちを殺して逃げようと思ったけど」
兵士たちは顔を強張らせる。
「一応は助けてもらって、服と食事を貰った。その人たちを殺したら、私の中で何かが壊れる」
「馬鹿な生き方をしたな」
シックルフォールは悲しそうに言う。
再び、ユリアーナは縛り付けられた。
誰もいなくなるとユリアーナは震え出す。
口ではなんとでも言えるが、一人になると自分の死が確実に近づいいていることを自覚させられる。
「リョウの奴は責任感じるでしょね」
「グリフィードはどう思うかしら? 私の為に怒ってくれるかしら?」
「ルピンは多分呆れるわよね」
「フィラックさんやアーサーンは無事だといいわ」
「ルパちゃんとはまだほとんど話が出来なかったなぁ」
「クラナ様にはつらい経験をさせちゃうなぁ」
「アレクビュー様、責任を感じなければいいけど…………」
クラナの頭の中に色々な人々のことが浮かんだ。
その中で一番強かったのは…………
「ローラン…………」
ローランの姿だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい…………死にたくない、死にたくない…………」
ユリアーナは一人で泣いた。
気が付くと夜が明けていた。
ユリアーナの元に複数の足音が近づいてくる。
「よく眠れたか?」とシックルフォールが聞く。
後ろにはルルハルトやベルリューネがいた。
「あまり寝れなかったわ。もう一度、寝るから夕方に起こしてくれるかしら?」
ユリアーナは精一杯、強がって見せた。
ルルハルトは無表情。
ベルリューネは馬鹿にした笑いを浮かべた。
「時間だ。こっちにこい」
ユリアーナは数名の兵士に囲まれ、連行される。そして、磔に縛られ、ガンルレック要塞軍の目前に晒された。
(喚いたら、余計にクラナ様の心の傷になる。心を落ち着かせよう…………)
ユリアーナは眼を閉じて、奥歯を噛み締めた。
次に目を開けた時、ユリアーナは物見矢倉に上ったクラナと目が合った気がした。