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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
立志編
14/184

終戦と密約

 カタインの本陣。

「報告をもう一度聞こうかしら?」

 カタインは青ざめる兵士を問いただす。

「フォデュース様が敵の卑劣な策に嵌り…………リユベック様の奮戦も空しく…………」

 そこまで聞くとカタインは兵士の胸倉を掴んだ。

「結果、だけ聞かせてくれるかしら? 経緯なんて今はどうでもいいわ」

「ネーカ平原にて、フォデュース様がクラナ・ネジエニグに敗北致しました!」

 その報告に兵士たちは動揺した。

「黙りなさい!」

 それをカタインは一括する。

「敗北、ということはフォデュース様やジーラー将軍は戦死したのかしら?」

 兵士たちに緊張が走る。

「捕虜になったと聞いております」

「そう、生きているならまだ何かできるかもしれないわね。戦いはやめましょう。これ以上は無益よ」

 カタインが宣言すると兵士たちは泣き、膝をつき、武器を落とした。

 直後、騒ぎが起きる。

 もう敵が来たのかと兵士たちは動揺する。

 カタインは騒ぎの中心に馬で駆けつける。

「あら、うそでしょ?」

 目の前の光景にさすがのカタインも驚いた。

「いろんな経験をしてきたけど、死人が生き返ったのは初めて見たわ」

 カタインの目前にはユリアーナがいた。イムレッヤの兵士一人の首元に短刀を突き付けて、人質にしていた。

「シャマタル…………への…………ローラン…………への攻撃…………をやめ…………ろ…………!」

 ユリアーナにはほとんど意識がなかった。動ける状態ではない。普通なら死んでいる。いや、間違いなく、死んだはずだった。

「愛の力でこの世に戻ってきたとでもいうのかしらね」

 カタインは不敵に笑う。

「お嬢ちゃん、武器を下ろしなさい。もう戦闘は起きないわ。起こす必要がないのよ」

 それを聞いた瞬間、ユリアーナの瞳には憎悪が宿った。

 ユリアーナには、カタインの言葉が『ローラン隊を殲滅した』と聞こえてしまった。

「ああああああ!」

「こいつ、まだこんな動けるのか!」

 ユリアーナは数名の兵士を躱して、カタインに詰め寄った。

 カタインは馬から降りて、素手でユリアーナの前に立った。

「カタイン様!」

 グリューンが叫んだが、それは杞憂だった。

 カタインは手刀でユリアーナの短刀を叩き落とし、首を掴んだ。

 ユリアーナは息を荒げて、カタインを睨みつける。

 激しい動きでユリアーナの体の無数の傷口からは血が流れ出す。

「そんな状態で生きていられるって、あなたの体、どうなっているの? …………安心しなさい。あなたの思い人は恐れく死んじゃいないわよ。あんたたちは勝ったの」

「勝…………った…………?」

 ユリアーナの体から力が抜けた。

「そうよ、主戦場でうちの大将がそっちの大将に負けた。だから、私たちがこれ以上、戦う理由がない。理解できた?」

 それを聞くとユリアーナは何も言わずに意識を失った。

「まったくこんな状態で生きているなんてどうなっているのかしら。次に起きた時、私との会話を覚えているかも怪しいわね…………衛生兵!」

 カタインが声を張るとすぐに衛生兵が飛んできた。

「カタイン様、お怪我をされましたか!?」と慌てて尋ねる。

「してないわよ。それよりこの子を治療しなさい」

「敵ですよ?」

「知っているわよ。でも、この子のことが気に入ったわ。生き返るなら、そのうち面白いことになりそうじゃない。いいから早く治療しなさい」

 カタインの言葉に衛生兵は慌てて、ユリアーナを手当てする。

「どういうおつもりですか?」

 グリューンが訪ねる。

「戦場で珍しい同性にあった。だから、情が沸いたっていうのじゃいけないかしら?」

 カタインは不敵に笑う。

「ただの気まぐれよ。この子が生きたら、何を見せてくれるか、ちょっと気になっただけ」

「我々の脅威になるかもしれませんぞ」

「かもしれないわね」

「まったくあなたは自由だ。それに我儘でもある」

「いまさら何を言っているのかしら?」

 グリューンはそれ以上、カタインに意見しなかった。

「治療が終わりました」

 衛生兵が言う。

「ご苦労様。誰も私についてくるんじゃないわよ! グリューン、分かったわね」

 カタインはユリアーナを担ぎ上げて馬に乗った。

「まさか…………カタイン様を止めろ!」

 グリューンはカタインが何をしようとしているかを察して、声を張るが遅かった。

 カタインはユリアーナを担いだまま、敵陣へと駆けていった。



ローランの本陣。

「もう一度、報告を聞かせろ!」

 ローランは報告してきた兵士の肩を乱暴に揺すった。

「昨日、ネーカ平原にてお味方大勝利です! 敵の総司令官、イムニア・フォデュースを生け捕りに致しました!!」

 兵士は泣いていた。

 ローランは膝を突き、地面を思いっきり叩いた。

「終わったのか……俺は生き残ったのか……畜生!」

 むなしい勝利だった。それを一番に伝えたい人はもういない。

 帝国軍にもネーカ平原の結果が伝わったのか、攻撃態勢を解除していた。

「追撃なさいますか?」

 兵士が、ローランに尋ねる。

「出来るわけ無いだろう。そんな戦力残っちゃいない」

 辺りを見ると勝利報告に湧いたのは一瞬だった。ほとんどの者がそのまま倒れ込んでいた。限界だった。

 敵軍の中から一騎、こちらに駆けてくる。

 その一騎を止める力すら、シャマタル独立同盟軍には残っていなかった。

「あら、酷い有様ね。今からでも攻め込もうかしら?」

 カタインはローランの前で止まり、不敵に笑う。

「あんた、カタイン将軍か?」

「そういうあなたは?」

「ローラン・オリビティだ」

「あら、するとランオで私を振った第七連隊の連隊長はあなたね。若いのに中々の才能だわ。それに今回は少ない兵力でよく私たちを防いだわね。素直に賞賛するわよ」

「あなたはどうしてここに? 俺と話をしに来たわけでは無いでしょう」

 カタインからの賞賛を無視して、ローランは続けた。

「そうそう、この子を届けに来たのよ」

 ローランは目を疑った。

「ユリアーナ…………!」

 ローランは受け取り、確かめる。意識は無い。だが、確かに生きていた。

「まったくとんでもない生命力ね。けど、このまま死んじゃうかもしれないわね。何しろ、私と一対一でやり合ったんですもの」

「ユリアーナは死にません。俺には分かります」

「もしかして、その子の思い人ってあなたかしら?」

 そうだ、とローランは答えた。

「あら、はっきりと言うのね。男らしい。その子が起きたら、伝えてくれないかしら。『あなたの奮戦を賞賛する。再戦を楽しみにしている』と」

「どうして、敵であるユリアーナを助けてくれたのですか?」

「どうしてかしらね。女の好かしらね。もしくは興味本位かもしれないわ。その子なら最強を打倒できるかもしれない、と私は本能で思っているのかもしれないわ」

「最強?」

「リンク・ガリッターよ。あの人より強い人を私は知らない。けど、私はあの人と同じ陣営にいる。だから挑めない。その子は挑めるかもしれないわ。数年後ならね。それより、あなたは良いの? 大将首が目の前にあるのよ」

「ユリアーナの恩人に剣を向けられません。少なくとも今は」

「次に会う機会を楽しみにしているわ」

 カタインはもう一度不敵に笑い、去って行った。

「ユリアーナお帰り。良く戻ってくれた…………」

 ローランは泣いていた。



「何だと、それは誠か!」

 後方に駐留していたルードバームの元へイムニア敗戦の報が届く。

「金髪の小僧め!」

 ルードバームは酒瓶を叩き割った。

「余は帰る。イムニア麾下の将兵共へ伝えよ。シャマタルを落とすまで帰国を許さぬ、と。お前たちも同じだ。もし、帰れば一族諸共死罪だ!」

「お待ち下さい。すでに補給物資はそこを尽きかけ、冬の到来も間近です。もし取り残されては死ぬしかありません」

 ウルベルが進言した。イムニアに付き従うことを決めたウルベルが、未だに皇帝の側にいたのは思うところがあったからである。

「なら死ねばいい。お前たちの代わりなど幾らでもいる!」

 ウルベルは決断する。やはりこの皇帝は駄目だ。この国は駄目だ。皇帝も、門閥貴族という悪政も、全てを一度壊さなくてはならない。自分にはその力が無い。だが、それが出来る可能性を持った人はいる。今は囚われとなったイムニア・フォデュースなら出来る。

「確かに私の代わりはいるかもしれません。ですが、皇帝陛下…………」

 ウルベルはルードバームに近づく。短刀を引き抜いた。

「待て。何をする気だ!?」

「あなたの代わりもいるのですよ」

 短刀をルードバームの腹部に突き刺した。

「貴様、血迷ったか!?」

 ルードバームはウルベルは突き飛ばした。

 厚い脂肪のせいで致命傷には至らなかった。

 しかし、ことはこれで終わらなかった。

「お前たち…………」

 他の兵士たちもウルベルと同じように、ルードバームへ剣を突き刺した。

 ルードバームは血の塊を吐いて、絶命した。

「これからどうする?」

 一時の熱から冷めた兵士が口にする。

「私に任せて貰おうか。その死体は早く火葬しろ。私はシャマタルの陣営に行ってくる」

 ウルベルは冷静だった。声は氷のように冷たかった。



「皇帝が死んだだって!?」

 その報告にリョウは驚いた。

「命運が尽きたと自害したそうです」

 兵士は報告する。

「自殺するような度胸があるようには思えないけど…………」

「ウルベルという者が謁見を求めています」

「会おうかな」

 すぐにウルベルは通された。

「お会いできて光栄です」

 ウルベルにあったのはリョウ、クラナ、ルピン、フィラック、ウィッシャー、カーゼの五人だった。

「皇帝が自殺したというのは本当ですか?」

 リョウが尋ねる。

「ご立派な最後でした」

「一度、皇帝陛下の遺体を見せて貰ってもよろしいですか?」

「すでに火葬してしまいました。骨でよろしければ、幾らでも」

「あなたの目的は何ですか?」

「私たちの安全な帰国です。もし叶わなければ、仕方ありません。周辺の村や街を襲うしかありません」

「………………即答は出来ません。少し外で待っていてくれませんか?」

 ウルベルは頭を下げて、席を外す。

「どう思う?」

 リョウが口を開く。

「得体の知れない方ですね」

「ルピンがそんな感想を持つなんて珍しいね」

「皇帝の死も引っかかります。ですが、今の論点はそこでは無いですね。リョウさん、どうしますか?」

「僕がやって良いのは戦争に勝つ策を練るところまでだよ。戦後の処理まで僕が決めるのは良くないよ」

 リョウはクラナに視線を向ける。

 クラナは深呼吸をした。

「フィラック、ウィッシャーさん、カーゼさん、私から提案をしても良いでしょうか?」

 三人は頷く。

「では、私はリョウさんの意見が聞きたいです」

「それでいいのかい?」

「はい。もちろん、無条件でリョウさんの意見を受け入れはしません。でもリョウさんには次の構想があるのでしょう?」

「まぁね、成功するかは分からないけど」

 リョウは今後のことを話し始めた。

 第一にシャマタルに点在するイムレッヤ帝国軍は全てファイーズ要塞方面から帰国させる。

 第二に捕らえたイムニア・フォデュースは時期を見て、解放するというものだった。

「ずいぶんと気前が良いですね。どんな姑息なことを考えているのですか?」

 ルピンが言う。

「当面の平和を買うための策かな」

 リョウは意地の悪い笑みを浮かべた。



 アルーダ街道近隣、マデッタ村。

 ローランやユリアーナ、アルーダ街道の戦いを生き残った兵士たちはここに居た。

「ここはどこ? なんか重いわ」

 ユリアーナは覚醒する。腹部に何かが乗っているのを感じた。

「お兄ちゃん?」

 それはローランだった。

 ユリアーナが少し動くとローランも覚醒した。

「目を覚ましたか!」

 ユリアーナは少し悲しそうな表情になる。

「…………そう、あなたも死んじゃったのね」

「まだ寝ぼけているのか?」

 ローランはユリアーナの額を小突いた。

「いた……い? って、何これ、体中が…………痛い!」

「お前は生きている。俺も生きている。戦争は終わった。俺たちは勝った!」

 ローランはユリアーナを抱き締める。

「ちょっと、痛い、痛いわ! 私を殺す気!?」

「あっ、悪かった!」

 離れようとしたローランの背中にユリアーナは腕を回した。

「やっぱりだめ。もうちょっとこうして」

「なんだ、妹分は卒業するんじゃなかったのか?」

「ええ、やめるわ。だって、これは妻としての甘えですもの…………ねぇ、私でいいの?」

「どういうことだ?」

「私があなたにあげられるものは何もない。それに多くの人を殺してきた。手は血に染まっている。体には消えない傷が残っている。こんな私を妻にしたら、あなたに悪い噂が…………」

「周りは関係ない。ユリアーナ、俺はな、アレクビュー様を尊敬している。面と向かっては絶対に言わないがな。あの人は自分の愛した人のために一国を相手に喧嘩をしたんだ。俺もあの人みたいになりたいと思っている。あの人みたいな恋がしたいと思っている」

「いい年して何を夢見ているのかしら」

「悪いか?」

「悪いわよ。私はその夢に一生付き合わされるにでしょ?」

「そうだ。途中でやめたは聞かないぞ」

「私はハイネ様みたいにはなれないわよ?」

「当然だ。お前はお前だ」

 そこで一度会話は終わった。

「正直、三日も起きなかった時はダメかと思った」

「三日!? 私そんなに寝てたの? こんな傷で、飲まず食わずでよく生きていたわね」

「あ~~、それは…………」

「んっ?」

「物は食ってたぞ。というか、食わせておいた」

「ど、どういうことかしら?」

 ユリアーナは嫌な予感しかしなかった。

「俺が食わせた」

「で、でも、私は寝てたのよね? 物は噛めないわよね」

「ああ、だから…………」

 ローランは笑った。

 ユリアーナは汗が噴き出す。

「俺が嚙み砕いたものを流し込んだ」

「い、いや~~~~不潔!」

「不潔はないだろ! だってお前とは…………」

「う、うるさいわね! じゃ、じゃあ、私の体にはあんたが流し込んだ…………んっ?」

 ユリアーナは必然は起きうることに気が付いた。

「ね、ねぇ?」

「なんだ?」

「入ったら、もちろん出るわよね?」

「そうだな。大丈夫だ。お前の世話は俺しかしていない」

 それを聞いたユリアーナは、毛布に隠れてしまった。

「最後のお願い。剣を持ってきて。あんたを殺して、私も死んでやる………」

「おいおい、生き返ったばかりで何言ってるんだ?」

 ローランは笑った。



 兵の帰還は速やかに行われた。シャマタル側としても、イムレッヤ帝国などにこれ以上居座られては堪らない。冬支度もしなくてはならない。一刻も早く出て行って欲しかった。

 リョウはイムレッヤ帝国軍の退却の段取りをルピンたちに任せていた。自分は今後の策を練る。

「懐かしい気がします」

 その隣にはクラナがいた。

「ファイーズ要塞に居た時のことを思い出します。今はもう遠い昔のような気がします」

「君にとってこの半年は激動だったからね。そう思うのも無理は無いよ。じゃあ、お嬢様、次はこれを清書してくれるかな?」

 リョウは悪戯っぽく言う。

「懐かしいですね。そうだ、これが終わったら、紅茶を入れます」

 クラナが入れた紅茶を飲む。

「進歩が感じられるね」

「ありがとうございます」

 クラナは苦笑いした。

 ドアを叩く音がした。

「失礼します」

 ルピンが入ってきた。

「真面目に仕事をしていたのですか。私はてっきりいかがわしいことをしていると思いましたよ」

「まだしたこと無いよ!」

「二人とも若いのに、そんなことで大丈夫ですか? ネジエニグ嬢、リョウさんは奥手なのですから、あなたの方からいかないと駄目ですよ。腕力ではあなたの方が上なのですから、力ずくで…………」

「僕たちの距離の縮め方に意見しないでくれるかな!? で、そっちの方はどう? そのことを言いに来たんでしょ」

「帝国軍の撤退は問題なく行えました。それからユリアーナさんですが………………」

 リョウの体に緊張が走る。

「意識を取り戻したそうです。もう大丈夫でしょう」

 それを聞き、リョウは「そうかい」と返答した。

「全てが落ち着いたら、会いに行くよ」

「あと、これは差し入れですよ」

 ルピンはお菓子を取り出した。

「紅茶はありますか。なら、私が入れることもないですね。失礼します」



 戦後処理が落ち着いた頃、リョウは幽閉していたイムニアと会う機会を作った。

 イムニアにあったのは、リョウ、クラナ、ルピンの僅かに三人である。

「どうした? 私の処刑の日時でも伝えに来たか?」

「いいえ、あなたには生きて帝国へ帰って頂きます」

「シャマタル独立同盟はそれは許さないだろう」

「ええ、だから脱走して貰います。心配しないでください。段取りは出来ていますから」

 ルピンが言う。

「君の目的は何だ?」

「シャマタルの平和です。そのために僕は閣下を利用します」

「残念だが、それは拒否する。もし、私が帝国へ帰ったところで敗戦の責任を取って死罪だろう。門閥貴族共に嘲笑され、殺されるくらいならここで死にたい」

「この資料へ目を通して頂けませんか?」

 リョウはイムニアの言葉を無視し、作戦書を手渡していた。

 イムニアの目の色が変わる。

「これは国家転覆計画か!?」

「そうです。今の帝国が残っていてはいずれまた、攻めてくるでしょう。今の僕たちにそれを防ぐだけの戦力は残っていません。なら、帝国には消えてもらうほかありません」

 リョウは淡々と言い出した。

「本当は皇帝を捕らえて、門閥貴族が次の皇位継承争いに躍起になって、それが終結した頃に皇帝を送り返えしてさらに混乱させる、みたいなことを考えていたのですが、出来なくなりました」

「皇帝は死んだのか?」

「はい。皇帝は後継者を決めずに死にました。恐らく、権力闘争、内乱が起きるでしょう。あなたの才覚があれば、その隙を突いて帝国を簒奪できる」

「だが、命欲しさに反乱を起こしたとなれば、後世の歴史家は私を恥知らずと酷評するだろう」

「後世の評価より今のことを考えませんか? 閣下なら出来ます。帝国を簒奪し、大陸一の超大国を作ることが」

「いずれ私は君たちの敵として戦火を交えることになるとしてもか?」

「恒久的な平和なんてありません。しかし、短い平和なら望むことが出来ると思います。僕の願いはそんな細やかなものなのです」

「名前をまだ聞いていなかったな」

「リョウです」

「家名は無いのか?」

「今は捨てました」

「リョウ、聞かない名だ。私はいずれ君と対峙するかもしれない。だが、今では無い。今は君の口車に乗ろう。私は良いが、私には自分より大切な人が居る。その人のためになら、何だってしてやるつもりだ。だがな、リョウ、全てが思い通りになると思うなよ」

「そうだったらとても楽なんですがね」

 リョウは苦笑いした。

 イムニアとの会談を終えたリョウは宿舎へ戻った。

「さて、僕は未来にとんでもない宿題を残してしまったのかもしれないね。これで良かったのかな?」

 本気で悩むリョウ。クラナは、リョウの手を握った。

「分かりません。でも、少しの間の平和が保証された。リョウさんのやったことを非難させません」

「実はもう一つ、結構大きな問題を先送りにしているんだ」

「何ですか?」

「君の立場だよ」

「私の?」

 リョウは笑った。

「クラナは自分のやったことの大きさが分かってないみたいだね。君は英雄になったんだよ。圧倒的多数で迫る帝国軍に勝利した救国の英雄」

「えっ!? でも、私は何もしていません。皆さんに任せていただけです」

「そうかもしれない。でも、多くの人たちはそう思わないよ。絶体絶命のシャマタルを救った救国の英雄、それがこれからの君の立場だよ。君はすでに歴史の本流の中に居るんだ」

「私にはそれがどれだけ大きなことなのか。大変なことなのか分かりません。でも、リョウさんが居てくれたら、乗り越えられそうな気がします」

「過大評価だね。でも、僕には君にこれだけの重荷を背負わせた責任がある。だから、君の力になるよ」

「リョウさん!」

 クラナは顔を赤くした。

「リョウさんは責任感や使命感で私と一緒にいると言ってくれたのですか? 私自身には魅力は無いですか!?」

「急にどうしたんだい?」

「もし、リョウさんが私と一緒にいてくれる理由がそうなら、私はリョウさんと一緒に居られません。私はリョウさんのことが好きです。リョウさんもそうであって欲しいです。でも、違うなら私が好きなった人が無理をしているなら、私は…………」

「クラナ、僕は君のことが好きだ。それは間違いない。そして、君にやらせてしまったことの重大さに責任を感じている。それもまた事実なんだよ。君と一緒に居る理由がいくつもあっちゃ駄目かな? 綺麗な感情以外が混じって居ちゃ駄目かな?」

 それを聞いたクラナは頬を緩めた。

「構いません」

「ありがとう。僕は君の願いをできる限りかなえるつもりだよ。僕に出来ることならね」

「なら一つ、今すぐでなくても良いですが…………」

「なんだい? 準備の必要なことなのかい?」

「いえ、すぐに出来ることです。でも、心の準備というか、覚悟というか…………」

 クラナはさらに顔を赤くした。

「言うだけ言ってみてくれるかな?」

「家族が欲しいです…………」

「家族? だって僕は君と…………あっ! 子供が欲しい、ってこと?」

 クラナはコクリと頷く。

「…………駄目ですか?」

「駄目じゃ無いけど、確かに今はちょっと早いかな」

 リョウも顔が赤くなっていた。

「とりあえず、ハイネ・アーレに帰ろうか。そこで今後のことを決めて、二人のことはその後、で良いかな?」

 クラナは、またコクリと頷いた。



 ハイネ・アーレに到着したクラナと兵士たちを、民衆は歓声で迎えた。

「英雄クラナ・ネジエニグ!」

「不敗の英雄!」

 人々の賞賛が飛ぶ。

「ど、どうしたら良いでしょうか?」

 クラナはリョウへ相談する。

「手を振ってあげなよ。それでみんな満足するだろうから」

 クラナはぎこちない笑顔で手を振った。

 歓声が上がった。

「これが今の君の価値だよ。うれしいかい?」

「怖いです」

「正直な意見だね。僕は面倒ごとは嫌いだから任せるよ」

「ちょ、ちょっとリョウさん!?」

 リョウは姿を消す。

 クラナはすぐにリョウを探したかったが、そうもいかなかった。

 アレクビューやフェローに会い、報告を済ませる。

 各方面に顔を出しているといつの間にか夜になっていた。

「リョウさん、こんなところに居たんですね」

 リョウはアレクビューの屋敷の中庭にある木の下に座り込んでいた。

「酷いです。私一人にして…………」

「ごめん、ごめん」

「また、星を見ていたんですか?」

「ここからじゃ、枝が邪魔で見えないよ。ちょっと思い出に浸ってた。ここから始まったんだなって」

「そういえば、そうですね。リョウさん、私も少しは見識が広がったので分かるんですけど」

「何がだい?」

「リョウさん、私の胸を揉みましたよね。あれって、かなりまずいことですよね?」

「い、今、それを言うかい!? ほ、ほら、僕たちは夫婦になるんだから…………」

「あの時は初対面でした」

「ごめんなさい。男の欲望に逆らえませんでした!」

 リョウは土下座する。

 クラナは笑った。

「さすがに寒いな……毛布とかあるかな?」

「ありますけど、戻りたくありません。やっと逃げてきたんですよ。だから、これでいいですか?」

 クラナはリョウに密着した。

「駄目だよ。それじゃ、まだ寒いや」

 リョウはさらに引き寄せる。それは全ての勇気を出した行動だった。

「リョウさん…………」

 二人は顔を近づけた。

 お互いにごく自然な形で接吻をしようとした。

 しかし、カチッと乾いた音がした。

「「痛い」」

 二人は自分の口を押さえた。歯と歯が当たってしまったのだ。

「ごめん、うまくいかなかった。初めてだから、あせちゃって…………」

「いえ、良いんです。私も焦りました」

 二人は顔を真っ赤にした。

 二人は笑う。

 こんなことがなんだか幸せに感じられた。

 クラナはリョウに抱きついた。

「私はリョウさんのことが大好きです。この先何が起ころうとこの瞬間があった。それだけで私の人生は満たされます」

 クラナには、リョウの体温、匂い、鼓動が心地よかった。

稚拙な文章を読んで頂き、ありがとうございます。

物語はここで一区切りとなります。第一章終了と言ったところでしょうか。

乱世末期と言いながら、未だに大国と小国の戦争が終わっただけではありますが…………。

稚拙で、不定期な物語でありますが、今後も読んで頂けるとうれしいです。

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