表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
137/184

ガンルレック要塞攻防戦六日目④~クラナ、キレる~

今回の連続投稿で『雄飛編』を完結させます。

『雄飛編』完結まで毎日23:00~24:00の間に投稿する予定です。

体調・仕事の関係で投稿が滞ることがあるかもしれませんが、ご了承ください。

今後もよろしくお願い致します。

「今日の戦闘で三割の兵を消耗しました」

 夜、軍議にて、ハウセンが各部隊からの連絡をまとめて、報告をする。

「分かりました…………」

 クラナはそれ以降の言葉が続かなかった。すでに戦線は崩壊寸前だった。兵力でも負け、器量でも及ばない。

「突撃…………という選択肢もありますよ」

 グリューンが言う。

「それはどういうことですか?」

 アーサーンが少し焦り、前のめりなった。

「追い詰められた我々にとっては考えるべきことです。逆転を狙い、残存兵力をすべて投入し、ルルハルトの首を狙う。決死の戦い方なら或いは…………」

「それは追い込まれた軍の最後の手段です。成功するわけがない」

「ならば、このまま無抵抗に殺されますか?」

 アーサーンとグリューンが睨み合う。

「二人とも落ち着いてください。味方どうして言い争っても意味がありません」

「では、司令官代理には何か考えがありますか?」

 グリューンはきっぱりと言った。

「それは…………」

 クラナには返す言葉がなく、軍議は沈黙する。

「大変です!」

 兵士が駆け込んできた。

 外が騒がしい。

「敵襲ですか!?」

「いえ、違うのですが…………とにかく来てください!」

 クラナたちは外に出た。押し寄せていたのはガンルレック要塞の民衆だった。

「おい、俺たちの安全は保障されているのか!?」

「敵が直ぐ傍まで来ているのは本当か!?」

「シュタット司令官が戦死したというのは本当か!?」

「防衛にあたっているのがシャマタル人っていうのは間違いだろ!」

 民衆たちの怒声にクラナは顔を歪めた。頭痛が酷くなった気がする。熱も上がった気がする。

 クラナに遅れて、ハウセンがやって来た。

「皆さん、落ち着いてください。シュタット司令官は戦死していません。負傷…………」

「おい、あれはシャマタルの司令官だぞ!」

「あんな小娘に俺たちの命を委ねているのか?」

 そんな言葉が続く。

「やめないか!」

 グリューンが声を張るが、熱を持った民衆には届かなかった。

「そうだ、あの小娘を差し出せば、助かるかもしれない…………!」

 誰かが言った。

「そうだ、所詮はシャマタル人、北の賤民だ!」

「あの小娘だけで足りないなら、シャマタルの兵を全員差し出せばいい!」

 恐慌状態の民衆の暴走は止まらない。

 クラナは今まで精一杯戦ってきた。それに対して、兵や民衆は応え、協力してくれた。称賛をされることはあっても罵声を浴びることはなかった。自分は一生懸命やっているのにそれを分かってくれない。加えて、頭痛、発熱、疲労がクラナの精神を崩壊させていく。

「お前が死んで詫びろ!」


 クラナの中で何かがぷっつりと切れた。

 なんでこの人たちのために戦わないといけないの? と思ってしまった。


 クラナは剣を抜く。

「クラナ様、いったい何を…………!」

 アーサーンが止める前にクラナは無言で剣を振り下ろした。

 ガキン、という共に石階段の一部が割れた。石に叩きつけられた剣は酷い刃毀れをしている。

「ちょっと黙ってくれますか…………!」

 クラナは特別、大きな声を出したわけではなかった。

 それでも民衆は沈黙した。

「随分好き勝手言ってくれますね。確かに私たちはシャマタル人、あなた方からすれば見下していた存在でしょうね。それでも私は民衆を守るために戦ってきたつもりです。…………ですが、ここまで私たちを侮蔑しているならもういいです。私たちは戦いから身を引きます。後はあなた方で勝手にやってください。守ってくれ、というばかりで何もしない人たちを私は守る気にはなりません」

 クラナは完全に切れていた。

「虫だって生きるために努力するでしょう。生きることを他人に依存するあなた方は虫以下ですね。そんな方々を守るなんて馬鹿馬鹿しいです。私はこの戦いから身を引きます。後は勝手にやってください。ルルハルト・ラングラムという人間があなたたちをどう扱うか、少しは考え、生きる努力をしてみたらどうですか? 私はもう何もしませんから勝手にしてください!」

 計画はなかった。感情のままに思ったことを言った。これにはその場に居合わせた全員が唖然とした。クラナを知る者も知らない者もクラナがそんなことを言うとは思っていなかった。

 クラナは速足でその場から立ち去った。

「ル、ルパ、クラナ様をお願いできるか!?」

 アーサーンはやっと思考が戻り、ルパに言う。

「は、はい!」と言って、ルパはクラナを追いかけた。

 クラナは自室に籠って、内側から、鍵をかけていた。

「クラナ様!? お願いです、ここを開けてください!」

 反応はなかった。

 嫌な予感がした。

 ドアが開いたのは暫くしてからだった。

「クラナ様!」

 クラナは泣いた後のようで目は腫れていた。表情には諦めがあった。

「ルパちゃん、これをお願いできますか?」

 ルパは渡された書状の最初に『遺書』と書かれているのを見て絶句した。

「どういうつもりですか…………?」

「これから私一人でルルハルトさんのところに投降します。あの人の目的は私ですから」

「それがどういう意味か分かっていますか!?」

「今のところ、ルルハルトさんはリョウさんを恐れて私を捕えようとしています。だから、民衆や兵に危害を加えるなら自決すると脅します。皆さんはその間に逃げてください」

「ルルハルト・ラングラムはあなたを生かしておかない。利用価値がなくなれば、絶対に殺されます!」

「はい、だから遺書です。リョウさんには私がどんな目にあっても気にしないで、と伝えてください」

「行かせません…………!」

 ルパは短剣を構えた。

 クラナは迷わずにルパとの距離を詰めた。

「ごめんなさい、ルパちゃん…………!」

 クラナはルパの渠内を突いた。

「クラ……ナ……様……?」

 意識が途切れる間際に掴んだクラナの肩が熱く、そして震えていることに気が付いた。

 クラナは意識を失ったルパをベッドに寝かせ、胸の上に『遺書』を置く。

 甲冑を脱ぎ、剣を置いた。

 そして、リョウから結婚一年の記念で貰った首飾りをどうするかで迷った。

「これは持っていきましょう」

 もし、これを残したら、リョウを余計に苦しめるかもしれないと思った。

「リョウさん、ごめんなさい…………手紙ではあんなに調子の良いことを書いたのに私にはできませんでした…………もう一度あなたに会いたい…………やりたいことがまだ一杯あったのに…………」

 もう散々泣いたのにまた涙が出てきた。足が震え、動かない。

「クラナ様! 大変です。とにかく来てください!!」

 部屋の外からアーサーンの声がした。

 クラナの姿を見たアーサーンは一瞬だけ躊躇ったが、それでもクラナの腕を掴んで広場へ向かった。

 広場に着いたクラナが見た光景は信じられなかった。

 先ほどクラナに対して暴言を吐いていた民衆が静まり返っていた。

「シャマタル独立同盟司令官! 俺たちに何ができる!?」

 一人の男が叫んだ。

 その表情は縋るようだった。

「ルルハルト・ラングラムがどんな奴か知っている。俺たちは自分たちを、家族を守るために何ができる!?」

 クラナはこの事態を予想したわけではなかった。民衆たちがクラナに縋ったのはクラナの人望ではなく、ルルハルトへの恐怖心からだった。追い込まれた民衆に戦うという感情が芽生えた。

「クラナ様、民衆が言葉を待っています」

 何を言うべきか、とクラナは考える。励ますべきか、鼓舞するか、感謝するべきか、それとも何を今更、と非難するべきなのか。

 考え、そして、クラナは口を開く。

「無抵抗に殺されることを望まない者は私についてきてください。私は…………抵抗します!」

 クラナは拳を握る。

「徹底的に戦って、戦い抜きます! 無抵抗に殺されるくらいなら戦います。守りたい者がいるなら私に付いてきなさい! 戦いの場を、生存の機会を与えます。これは男女問いません! この要塞にいる人すべてが対象です。戦う意思がある者はこの場に残りなさい!」

 クラナの問いかけに対して、誰一人、子供も女も老人も動かなかった。

「すごい…………」

 ハウセンは呟く。

「あれ偶然だな」

 グリューンが指摘し、さらに続ける。

「しかし、英雄とは偶然すら味方につける。あの娘は本当の英雄なのかもしれないな」

 ガンルレック要塞軍は文字通りの総力戦に突入することになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ