ルルハルトの意識
「アーサーン殿、ちょっといいかな?」
軍議終了後、グリューンがアーサーンを呼び止めた。
「なんでしょうか?」とアーサーンは返した。
「防衛線はあれで大丈夫だろうか?」
グリューンは直線的な言葉を使った。
「心配な箇所がありますか?」
「ない。だが、驚きもなかった。カタイン様が勝負に出る時の策には驚きがあった。そして、それが面白いくらい嵌る。アーサーン殿にはそのような経験がありませんか?」
この問いに対して、アーサーンは苦笑した。
「そんなもの、イムレッヤとの戦争の時に何度も経験しました。それを成していたのはリョウです」
二人は少しだけ沈黙する。
「所詮、我々は指揮官。我々の考える策は凡庸」
「はい、もし、クラナ様がもう数年成長していれば、或いはリョウの思考に近づけたかもしれません」
「ラングラムはその時間を与えてくれないだろうな」
「その分は我々で補いましょう。グリューン殿、私はいつ死んでも構わないと思い、クラナ様に従っています。本来、私はすでに処刑されているはずのみです。こうして生きていられるのはクラナ様のおかげなのです」
アーサーンはとても真剣な表お嬢で言う。
「あなたのような指揮官を配下に持ったネジエニグ司令官は幸せ者だ。私はあなた方と共に戦えることをうれしく思う」
ガンルレック要塞陣営は各々が出来ることを考えて行動していた。
ルルハルト陣営。
「さすが司令官、明日には要塞を陥落させられますな。いや、もう陥落はしているか」
ベルリューネは笑っていた。
「で、司令官殿、敵を殲滅した後、敵はどうしますかな? それに女子供、金になるもの」
「好きにしろ。興味はない。ただし、クラナ・ネジエニグだけは生け捕りにしろ」
「…………あなたほどの方がなぜシャマタルの司令官に拘るのですか?」
「あの女に拘っているのではない。リョウを警戒してのことだ」
ベルリューネも五年前のキグーデ平原の戦いの時、傭兵団の連合がルルハルトの策略を看破したことは知っている。
「まぐれじゃないんですかい? 俺はあの白獅子の団の団長の方が気になる」
白獅子の団の団長、グリフィードのことを指摘された時、ルルハルトの頬がピクリと反応した。
「あの男もいたら、警戒すべきだ。それにヤハランもな。しかし、いない。この大陸に名前が知られていないが、リョウという男を敵に回すのは危険だ」
リョウがルルハルトを意識しているように、ルルハルトもリョウを意識していた。
「あなたはリョウという人物を警戒しているようですが、もしカタイン軍が反転してきた時、勝てるのですか?」
女傑カタイン、その名前は大陸中に知れ渡っている。
「リョウ以外で私に勝てる者などいない」
ルルハルトは言い切った。
「私が指揮し、それにお前たちが従って動けば勝てる」
ルルハルトの指揮する軍に予想以上の戦果はない。それはルルハルトが兵士や指揮官に対して、普通より上の力量を求めないからである。兵士や指揮官は、ルルハルトに従っていれば勝てる。
「リョウさえ、無力化できれば、この戦争は私たちの勝利だ」
「やっぱり分かりませんね。もし、上手くシャマタルの司令官を人質にしたところでそのリョウが無視したら、どうするつもりですか?」
「それはない。それが出来ないのがリョウだ。そして、それをしないから、リョウは恐ろしい。俺と同等の知略があるのに人を駒として扱わない。リョウが加わって以降、獅子の団は急速に大陸で名前を聞くようになった。リョウは各指揮官の長所を理解し、適材適所で使うことができる。あいつがいると指揮官の能力が底上げされるようだ。獅子の団という寡兵でもそうだったのだ。放っておけば、シャマタル独立同盟は大陸最強の軍になってしまう。そうなる前に叩くのだ」
ルルハルトの話を聞いたベルリューネは信じる気持ちにはなれなかった。
話が飛び過ぎている、と思った。
「まぁ、とにかく明日には勝てるでしょう。私はこれで失礼します」
ベルリューネはこれ以上、ルルハルトと話していても意見が合わず、無駄の時間を過ごすだけだと思った。