ガンルレック要塞攻防戦五日目②~南門、崩壊~
南門は最も強固である。城壁は高く、梯子をかけることは出来ない。
多くの高台が設けられ、弓隊や投石隊の攻撃で一方的に敵を討ち取れる。
シュタットは三方面のいずれかが突破された時、この南門を利用し、強力な防衛陣地を形成することを構想していた。
自分ではルルハルトに勝てない。
しかし、負けないことに徹すれば、やりようはある。
だから、シュタットは防衛に専念していた。
シュタットの徹底した防御と要塞の堅固さは強力だった。
今回の戦いで唯一、リテリューン皇国軍を寄せ付けずに撃退している。
「他の三方向は大丈夫でしょうか?」
ハウセンが言う。
南門の戦況は初日から常に優勢である。
「他の心配をしている暇はないぞ」
「分かっています。ですが、ルルハルトが攻略するとしたら、ここ以外なのは間違いありません。心配にもなりますよ」
「ハウセン、戦場で自分だけは大丈夫、と言うことはない」
シュタットにルルハルトの策略を読み切る能力はない。
しかし、経験から何か得体の知れない不気味さは感じ取っていた。
「なんだあれは!?」
兵士の一人が声を上げた。兵士が指さした方向に多くの者が視線を向けた。
皆、目を疑った。巨大な櫓が動いていた。
「ラングラム、とんでもないことをする。あんなものどうやって作った?」
シュタットは目を細めて、動く櫓を見た。
あんな巨大なものが山越えをしたとは考えにくい。
考えられる可能性は山を越えてから作った、ということになる。
「そんな即興で作ったものは強度が疑わしい。弓隊に指示しろ。矢を火矢に変え、櫓を燃やせ。投石部隊も櫓を狙え」
シュタットの命令はすぐさま行動に移された。
しかし、櫓に中々、火は付かない。
櫓の表面には泥が塗られていた。
「当然、火矢の対策ぐらいはしているか」
火矢は放たれ続けられるが、大した効果がないまま、櫓は接近する。
そして、皆が気付く。投石を受けた櫓は大きく揺れていた。よく見ると継ぎ接ぎだらけでやっと形を保っていた。
「あれではすぐに崩れてしまうな」
ハウセンが馬鹿にしたように笑う。その声には安堵があった。
兵士たちも釣られて笑った。
「だと良いが…………」
シュタットはルルハルトが何かを仕掛けてくるか分からずに不安に駆られていた。
城壁に近づいた時、櫓は大きく傾いた。
「作りが脆すぎて壊れたか…………! そうか、しまった!」
シュタットはやっとルルハルトの狙いを理解した。
しかし、それは遅すぎた。
凄まじい音と共に櫓は城壁を襲った。
櫓の上部には大量の石が乗せられていた。遠心力が加わり、櫓は槌の役割をした。それは振り下ろされ、壁は半壊する。
一瞬で壁が崩壊したことで兵士たちは呆然とした。
ルルハルトはその隙を逃さなかった。
「行くぞ!」
ベルリューネが声を張って、崩れた壁から侵入する。ベルリューネが率いるのはリテリューン皇国軍の精鋭である。練度でシュタット隊は及ばない。加えて、突然のことで混乱し、指揮系統が乱れた。ベルリューネは忽ち要塞内に橋頭堡を形成し、それは揺るぎないものになってしまった。
「シュタット様、予備兵力を動員してください! 敵を押し返しましょう!」
ハウセンは声を上げた。
シュタットは冷静に戦況を見る。敵が要塞内に殺到した。リテリューン皇国軍は決壊した川のようにシュタット隊を飲み込んだ。こうなっては押し返すのは不可能、シュタットはそう判断した。
シュタットは静かに「退くべきだ」と言った。
「城壁を突破された以上、防衛機能は失われた。ここを死守しても大多数で迫る敵を防ぎきることは出来ない。笛を鳴らせ。南門が落ちたことを各方面に知らせるのだ」
南門の陥落が意味することは一方向の崩壊だけではない。
もっとも強固で、最も兵力を有していた南門の陥落は大局を決めてしまいかねない。
シュタットが構想していた南門での再防衛作戦も破綻する。
「それは出来ません! そんな醜態を晒してしまえば、恥をかきます。逃げるな! 戦え! 戦って死ぬんだ!!」
ハウセンは拒絶した。怒声を張り、敗走する兵士を引き留める。
「やめないか!!」
シュタットはハウセンを殴った。
「恥ならいくらでもかく!」
シュタットは怒鳴る。
ハウセンは驚き、何も言い返せなかった。
「我らの面子の為に戦をしているわけではない。撤退だ。防衛線を再構築し、カタイン将軍来援まで何としても持ち堪える。ハウセン、お前は負傷者と共に先行しろ」
シュタットはこのような状況でも延命を選択する。
「司令官はどうするのですか?」
「私は殿として味方の退却を支援する」
しかし、それは自分の命が惜しいからではなかった。
「いけません。殿なら私が務めます」
「お前にまだその力量はない…………いや、私にも有りはしないが、それでも私がやるべきだろう。これ以上の問答は無用、急いで退却の準備をしろ。これは命令だ」
シュタットはまだ戦う。華々しい戦死よりも泥臭い抵抗を選択する。
全ては最終的な勝利の為だった。
ハウセンはそれ以上何も言わずに退却の準備に取り掛かった。
さらにハウセンは南門陥落の狼煙が上げた。
それは正午になる前のことだった。