アーサーンとルパ
アーサーン負傷の報告を聞いた直後のクラナとルパ。
「アーサーンの怪我は重傷なのですか!?」
クラナが慌てて声を上げた。
「矢を右肩に受けました。それから顔色が悪く、恐らく毒だと思います」
兵士が報告する。
「毒、ですか…………」
クラナは深刻そうな顔をする。
配合の分からない毒の解毒は専門家でなければ、対処は難しい。
「ルパちゃん、疲れていると思いますが、お願いできませんか?」
だからこそ、クラナはルパに声をかけた。
「私だって対応できるか分かりませんよ?」
「ルパちゃんに出来なかったら、誰にもできません」
「…………分かりました。兵士の人、私を私を案内してくれませんか?」
ルパは兵士と共にアーサーンの元へ向かった。
「さて、私は今日の被害について確認しないと…………!?」
歩き出そうとした時、クラナは軽い目眩に襲われて膝をついた。
「あはは、ちょっと疲れてますね」
クラナは苦笑して、体に力を入れ直す。
「被害報告を聞いて…………体を洗って…………ご飯を食べて…………出来るだけ早く寝ないと…………」
クラナはよろよろと歩きながら、呟いた。
東門付近の医務室。
「ここは?」
アーサーンはベッドで横になっていた。
体を襲った不快感は随分と軽減されていた。
「気付きましたか? 気分はどうですか?」
「良くはないな…………」
「そうでしょうね。短時間で毒に対する完全な解毒は出来ませんでした」
「それでもどうにか命を繋ぐことは出来た。感謝する。ルパ殿」
「ルパでいいです。…………こうやって二人で話すのは初めてですね」
「私はてっきり君の方から避けているのだと思っていたよ」
「避けていましたよ。ここにだってクラナ様に言われなければ、来ませんでした」
「私は君に何かしたかな?」
それを聞いたルパはアーサーンに近づいた。
「シャマタルを裏切ろうとした人間を好きになれると思いますか?」
冷たい声で言った。
「それに関しては弁解もない」
「潔いですね。冗談ですよ。戦いの後、父からあなたがどのような人か聞いていました。父はあなたのことを評価し、庇っていましたよ」
「嬉しい言葉だ。ではなぜ、私を避けたのかな?」
「あなたがローエス神国の人間だからです。それだけ嫌なことを思い出します。そして、不信感を覚えます」
「君もヤハランと同じで何かを抱えているようだな」
「それはあなたもでしょ? 昔、ローエス神国第三軍の若い分隊長が神への供物を奪い、失踪する大事件がありました。そこで失踪した分隊長の名は『リーチ・グメイヤ』と言うのですが、どうでしょうか?」
「さぁ、何のことかな? それにしても些細なことを覚えているのだな」
「お父様…………私の実父がその分隊長のことを賞賛していましたから。実父は結構な変わり者でローエス神国では禁止されている人体解剖とかもやっていたんですよ。あっ、さすがに死体ですけどね」
ルパは人にあまり見せない普通の笑顔をアーサーンに向けた。
「…………ここからは私の独り言だ」
「独り言ですか…………なら、私はそんなものは気にせず、治療を続けますね」
「俺がやったことはローエス神国にしてみれば、許すことのできない悪行だろう。しかし、供物に捧げられていた子供たちを助け、腹の減ったその子供たちに一緒に供えられていた食物を与えたのは人として悪だろうか?」
「……………………」
「ローエス神国はこの大陸で一番狂っている」
「………………はい、治療はこれで終わりです。後はこれを飲んでください」
ルパはドロッと濁った液体をアーサーンに差し出した。
「人が飲んでいい色と匂いではない気がするが…………?」
アーサーンは顔をしかめる。
「安心してください。クラナ様はこれよりも酷い薬を飲んでいるのに大丈夫ですから」
「なぜ、クラナ様が君を恐れているか分かった気がするよ」
そう言い、深呼吸してアーサーンは液体を飲み干した。
吐きそうになったのを意地で我慢して全て胃に収める。
「胃の中から蹴られている気分だ」
「明日までには動けるようになっていると思います。万全とはいかないと思いますが、あなたにも戦ってもらわないと困りますから」
「もちろんだ。感謝する」
「それでは私はこれで」
ルパは部屋の出口に向かった。
背中を向けたまま口を開く。
「ここからは私の独り言です。ローエス神国の抱える闇は私やあなた、そしてルピン・ヤハランが思っている以上に深いかもしれません。いつかお互いの知っていることを三人で話し合いたいですね」
それだけ言うとルパは部屋から出て行った。
「ルパもルピン・ヤハランもローエス神国から逃げたのは十歳になる前だった。ローエス神国は子供や女性にまで何を背負わせるつもりだ…………だが、今は寝るべきか。この戦いをどうにかしなければ、もう一度、ヤハランに会うことも出来ないだろう」
胃には相変わらず不快な刺激があったが、不思議とすぐに寝ることが出来た。
そして、次の日、アーサーンが目覚めると多少の気だるさは残っていたが、戦えるまでに回復していた。
コンコン、とドアを叩く音がした。
「入れ」とアーサーンが言うと兵士が入ってくる。
「体調はいかがですか?」と兵士が心配そうに聞く。
「問題ない」とアーサーンは答えて剣を手に取った。
それを見た兵士は安心し、笑顔になった。