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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
124/184

ガンルレック要塞攻防戦四日目②~クラナの采配~

 シャマタル独立同盟軍とリテリューン皇国軍の攻防戦は平凡な形で展開された。

 リテリューン皇国軍が奇策に出ることはなかった。

 シャマタル独立同盟軍は防戦側の有利を生かす。

 さらにクラナは弩部隊に単純だが、効果的な工夫を凝らした。

 眼の良い者を射手専属にし、力と器用さを持った者を装填手専属にした。

 役割の分担は行動を効率化させた。

 一定間隔で行われる一斉掃射はリテリューン皇国軍を苦しめた。

 それでも多数で迫るリテリューン皇国軍の全てを討ち取ることは出来ない。

 城壁に張り付かれ、梯子を掛けられる。

 クラナはそれも想定していた。

 城壁を登るリテリューン皇国軍に熱湯が襲い掛かった。反射行動で梯子から手を放す。後は地上に落とされ、全身を強打する。もし、それで生きていても矢や投石の追撃に襲われる。

 戦果は十分だった。

 しかし、味方が勝つほどにクラナの顔色は悪くなっていった。

「大丈夫ですか?」とルパが心配する。

「…………大丈夫です」

「全然、大丈夫に見えませんけど?」

「私、はっきりと分かりました。今までどこかで自分は直接、人殺しを指示していないと思っていたんです。その役割を誰かに押し付けていたんです。酷い司令官です。だから、自分で出した指示で人が死んで、こんなに精神がまいっているんです」

 リョウが作戦が成功した晩に大量の酒を飲んでいた理由が分かった。

 クラナは自分自身がどれだけ『人殺し』から目を背けていたか実感した。

 それでもクラナは兵士の前では冷静で、戦場では冷徹になると決めた。

「今度は私がリョウさんを支えるんです。こんなことで…………」

「クラナ様」とルパは水を差し出す。

「これだけでも飲んでください。戦闘が始まってから、何も口にしてないじゃないですか」

 クラナはルパに言われて、やっと喉の渇きに気付いた。

「ありがとうございます」

 クラナはそれを一気に飲み干す。

「…………どうですか?」

「少しは落ち着きました」

 その答えにルパは溜息をつく。

「な、なんですか?」

「今、渡した水、透明ですけど、私でも躊躇うぐらい苦いはずですよ」

「えっ!?」

「そんな調子で本当に大丈夫ですか?」

「駄目でもやらないといけません」とクラナは答える。

 定時報告が両翼から届く。

 左翼からの報告は「敵の攻勢は苛烈、なれど問題無し」

 右翼よりの報告は「味方優勢」

 これを聞いて、クラナは少しだけ安堵する。

「ありがとうございます。ですが、まだ戦闘は続きます。両翼に百ずつの兵を送ってください」

「それでは中央が薄くなりませんか?」と兵士が返す。

「私はルルハルトさんのことを少しだけ分かってきました。あの人はまず私の力量を図るのだと思います。恐らく、いえ間違いなく、今日は力攻めをしません。様子を見ているんです」

 クラナは言葉通りのことを思っていた。それでも読み間違いた時のことを考えると足が震える。

「私も前線に出ます」

 クラナは立ち上がる。

「総大将が討ち取られたら、負けです。それに味方が優勢です。クラナ様が出ていく必要はないのではないですか?」

 クラナは首を横に振った。

「味方が優勢だからこそ、私は前線に立つんです。劣勢になってから前線に出ても私にはそれを覆す技量がありません。だから、こちらが勢いに乗っている時にそれを利用したんです」

「そう考えるなら私は何も言いません。さてと…………」

 ルパは兜を被る。クラナは少し驚いた表情をしたが、止めるようなことはしなかった。

「ルパちゃん、お互い生き残りましょうね」

「もちろんですよ」と言いながら、ルパは弩を手にした。

 


 クラナが前線に立った時、リテリューン皇国軍の異変に気が付いた。

 初日の戦いでは城壁の上まで登られたのに、今日の戦闘では今なお水際で食い止めることが出来ている。

 クラナはそれを自身の力量が優れていると思うほど、自分を過大評価していなかった。

「リテリューン皇国の士気が低いです…………」

 攻勢も後退も遅く、統一性を欠く。

 罠では? とクラナは考えたが、どうも違う気がする。

「まぁ、疲労もあるでしょうし、それにリテリューン皇国は勝った気でいるんじゃないんですか? 勝ち戦で死ぬのは馬鹿馬鹿しいですからね。死んだら、報酬を貰えません」

 ルパが言う。

「…………その通りです」

 クラナは一つの決断をし、「誰か」と人を呼んだ。

 すぐに一人の兵士がクラナの前に来た。

「騎兵隊に連絡をしてください。いつでも出撃できる用意をしておくようにと」

「かしこまりました」と言い、兵士は騎兵隊の元へ向かった。

 クラナはリテリューン皇国軍を凝視する。自分の決断が間違いでないと確認する為、そして、自分に言い聞かせる為にである。

 陽が傾き始めた頃、リテリューン皇国軍を敗走を開始する。

「ルパちゃん、あなたの目から見て、リテリューン皇国が何か罠を仕掛けていると思いますか?」

 クラナの問いに対して、ルパは目を見開いて、戦場を隅々まで見渡した。

「その可能性はないと思います。私は軍事のことは分かりませんが、動物が何か行動する時、そこには規則性があるはずです。今のリテリューン皇国軍にそれがあるとは思えません」

「分かりました。ありがとうございます。ルパちゃん、申し訳ありませんけど、ここから先は連れていくわけにはいきません」

「分かっています。クラナ様、無事帰ってきてくださいね」

「もちろんです」

 クラナはそれだけ言うと城壁を降りた。

 北の正門前には、すでに騎兵隊が出撃の準備を済ませていた。

 クラナは馬に跨り、剣を抜き、天に掲げた。


「開門!」


 門が開く。

「敗走するリテリューン皇国軍を追撃します。ただし、深追いをしてはなりません」

 騎兵隊はガンルレック要塞から出撃する。

 昨日、誘われて痛い目に遭ったばかりのシャマタル独立同盟軍が、この行動を取ることをリテリューン皇国は予想していなかった。

 完全に虚を突かれて、一方的な戦いになる。

 クラナは目前にはリテリューン皇国軍の兵士が見えた。

 クラナは冷徹に剣を振った。迷わない、躊躇わない、と自身に言い聞かせる。ここに飛び込んだ時点で覚悟はしていた。あっという間に二人を討ち取る。嫌な感触が残っていたが、どうにか平静でいられた。

 遠くに新手が見えた。

「撤退します!」

 クラナの決断は早かった。

 新手に追い付かれる前に要塞へ帰還する。

 クラナたちを追って、要塞に迫った新手のリテリューン皇国軍は城壁の上からの矢の雨に襲われて、敗走する。それがこの日の北の城壁の最後の戦闘になった。

 要塞に戻ったクラナたちは歓声に迎えられた。

 クラナはそれに対して、右手を挙げて答えた。

 するとさらに兵士たちは沸いた。

「お疲れ様でした」

 本陣に戻り、腰かけたクラナにルパが水を渡す。

「………………」

「大丈夫ですよ。今度は普通の水です」

「信じますよ」と言って、クラナはルパから水を受け取った。

 気が抜けて、今更ながら体が震える。自分が殺した敵兵のことが脳裏に焼き付いている。

 クラナは頭を振った。今は立ち止まるわけにはいかない。

「さてと…………あっ…………!」

 クラナは立ち上がろうとした動作を途中で中断する。

「どうしました」というルパの問いに対して、「立てません」と小声で返答した。

 ルパは、腰を抜かしたのかと思ったが、すぐに違うと理解した。そして、辺りをキョロキョロと見渡し、使わなかった煮え湯の入った水瓶を見つけた。

 中の煮え湯が冷めているのを確認すると、それを持ち上げた。

 そのままクラナの元まで戻るとそれをクラナへ頭からぶっかけた。

「ごめんなさい、手が滑りました」

 白々しくルパは言う。

 近くにいた兵士からどよめきが起きるが、クラナとルパの関係を知っている兵士たちは、ルパに対して怒声を浴びせることはしなかった。

 クラナは「だ、大丈夫です! 丁度、水を浴びたかったんです!」と言い、周りをキョトンとさせた。

 改めて、立ち上がると兵士たちに労いの言葉を送る。それに対して、兵士たちは歓声で返した。

「風邪を引くといけません。早く服を着替えましょう」

 ルパは最後にクラナの耳元で、クラナにだけ聞こえるように「お漏らし司令官様」と付け加えた。

 クラナは顔を真っ赤にして小さな声で「誰にも言わないでください」と言った。

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