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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
123/184

ガンルレック要塞攻防戦四日目①~もう一つの初陣~

 北の城壁、シャマタル独立同盟軍本営。

 クラナは高台に登って、リテリューン皇国軍を観察していた。

「当然ですが、増えていますね…………」

 背中に嫌な汗を感じた。

「クラナ様、これだけでも飲んでおいてください」

 ルパは甘い香りのする飲み物をクラナに渡す。

「ありがとうございます」

 クラナはそれを受け取り、飲む。

 しかし、碌に味など分からなかった。

 始まれば、必死になれる。クラナにはこの静寂が辛かった。

「クラナ様、おめでとうございます。あなたは間違いなく英雄になれますよ」

 ルパが唐突に言う。

 クラナは、ルパは気を紛らわせるために言っているのだと理解した。顔の筋肉が僅かに緩む。

「勝てばの話ですよね?」とクラナは返す。

「いえ、勝てなくても大軍に対して大いに奮戦して散った若き英雄として、後世の歴史家があなたの記事を書くんじゃないんですか?」

「そんな英雄にはなりたくありませんよ!? 英雄にだってなりたくないのに! 何だか、ルパちゃんとルピンさんが被ることがあります」

 ルパはその名前にピクリとした。

「ルピン・ヤハランですか?」

 ルパは同郷であるはずのルピンいついて、尋ねたことがない。アーサーンとも一緒になることがあっても、お互いに昔のことを話そうとしなかった。

「私、ルピンさんとあなたに挟まれたら、胃に穴が開くかもしれません」

「それは大変ですね」

 ルパは大げさに言う。

「そうなる前に強力な胃薬を飲ませてあげますね!」

「そういう所ですからね! でも、ルパちゃん、ありが…………」

 クラナがお礼を言おうとした時だった

 

 静寂が破られた。


 リテリューン皇国軍陣営から笛の音がした。それを合図にリテリューン皇国軍が動き出した。

「始まりましたね」

 ルパは言う。

 クラナは大きく息を吸った。

「全員戦闘準備を!」

 クラナが声を張った。

「ルパちゃん、あなた、目が良いですよね? 敵の動きの詳細は分かりますか?」

 ルパは敵の動きを見渡して、机の上に置かれた布陣図に黒い石を並べ始めた。

「こんな感じでしょうか」

 黒い石は城壁の両端へ向かっていた。

「やっぱりそうなりますか…………」

 クラナの指示が最も届きにくい場所を狙われた。

「どうしますか? 援軍を送りますか?」

「ここで慌ただしく動けば、敵の思惑通りでしょう。確かに敵は城壁の両翼に兵を向けましたが、それが本命ではない気がします」

「確かに敵の半分以上はまだ動きませんね」

「恐らく、私たちが両翼の対処に兵を割いた時、手薄になったこの中央に攻めてくるはずです。そうさせない為に私たちはここを動きません。右翼と左翼には残存兵力で対処してもらいます」

 クラナはそう指示した。それに、事前に手を打っていた。


 

 戦闘開始前。

 ルーゴンの抜けた東門にアーサーンが入る。

 それに伴って、クラナもシャマタル独立同盟軍の布陣を変更した。

 城壁の左にユリアーナが連れてきた兵を配置する。

 この兵はアルーダ街道でユリアーナと共に戦った者たちで、練度が高い。

 クラナは自身の視野では両端まで注意できない可能性を考えて、この最精鋭を左端に配置した。

 そして、右端には…………

「私が部隊長ですか?」

 クラナに呼ばれた男が言う。

「はい、あなたの技量はアーサーンから聞いています」

 男の名前はダステイという。

 アーサーンの部下で、その前は第十連隊のユーフ連隊長の元で部隊長を務めていた。ユーフが戦死した後に残兵をまとめ、要塞に帰還した実績を持っていた。

「私には戦場を見渡す視野がありません。お願いします。私に力を貸してください」

 クラナは頭を下げる。

 ダステイは笑った。

「司令官は変わった方です。なんだか、守りたくなります。私に出来ることはしましょう」

「ありがとうございます」



 この両端の布陣は成功する。

 城砦右翼はダステイの的確な指示で強固な防衛線を構築し、左翼は兵士の奮戦でリテリューン皇国を押し返した。

 陽が真上に来てもシャマタル独立同盟軍は奮戦し、優勢を保っていた。



 リテリューン皇国軍本陣。

「東門以外は我らが劣勢のようです」

 参謀の一人が言う。

「東門にはまともな指揮官がいないのではないですか?」

とさらに同じ参謀が続ける。

「そうだ。東門が脆い。そこに兵力を傾けるべきだ!」

と多くの者が同調した。

「閣下、どうでしょうか?」

 参謀がルルハルトの顔色を伺う。

 参謀は緊張していた。過去に立案した作戦が受け入れられたことがない。

 ルルハルトが司令官である以上、彼より優れた作戦を立案できる者がいないことは全員が理解していた。

 それでも参謀は自身の職務を放棄することは出来ず、ルルハルトに進言したのだった。

「お前の意見が正しいだろう。予備戦力を東門へ回せ」

 だから、こんなに素直に作戦を受け入れられると思わなかった。

「よ、よろしいのですか?」と参謀は驚きの声を漏らした。

「私は全ての作戦を否定しているわけではない。利のある提案は受け入れよう。問題あるか?」

「問題などありません! 直ちに指示を出します」

「それともう一つ、北の城壁の中央を攻めさせろ」

「…………はい」

「なんだ不服か?」

「い、いえ、そんなことはありませんが、理由はなぜでしょうか?」

「単純な話だ。シャマタル独立同盟の司令官の、あの小娘の力量を見る」

 ルルハルトは淡々と言う。

「リョウの選んだ女がどれほどやるか、見せてもらおうか」



 シャマタル独立同盟軍本営。

「報告、敵の新手が動きました! こちらに向かってきます」

 兵士の報告に、クラナは鼓動が早くなった。

「いよいよですね」とルパが言う。

「ルパちゃん、ここからは本当に危険な戦場になります」

「分かってます。でも、私も行きますよ」

「私はもう止めません。だから、お互いに生き残りましょう」

「もちろんです」

 クラナは目前に迫るリテリューン皇国軍を見た。

「リョウさん、絶対にまた会いましょう…………!」

 近くにいたルパにしか聞こえない声量で言った。

 クラナは息を大きく吸った。

「弓隊・弩隊、構え!」

 クラナの号令で弓隊と弩隊が一斉に構えた。

(まだです…………まだ遠いです…………)

 リテリューン皇国軍の進軍の笛、足音が聞こえる。

 クラナはその圧力に負けそうになる。それでも自身に「焦らないで」と言い聞かせて、リテリューン皇国軍を十分に引き付けた。

「放て!」とクラナは声を張った。

 一斉掃射がリテリューン皇国軍を襲い、笛と足音が止んだ。

 代わりに多数の悲鳴が聞こえた。

 クラナのもう一つの初陣が始まった。


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