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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
121/184

ガンルレック要塞攻防戦三日目⑩~長い一日の終わり~

 シュタットとの会談を済ませたクラナはアーサーンの元へ向かった。

 そして、東門へ回るように通達した。

「クラナ様の期待の答えられるよう微力を尽くします」

「ありがとうございます。あまり多くは出せませんが、兵を連れて行ってください」

「よろしいのですか?」

「失礼ですが、ルーゴン隊の残兵だけで防衛は難しいでしょう」

「クラナ様の配慮に感謝します」

 アーサーンは第五連隊長時代からの顔馴染み五百名を選出した。

「クラナ様、あまり気負い過ぎてはいけません、と言っても無理かもしれませんが…………」

「努力はします。明日からリテリューン皇国軍が本気で攻めてくると思います。お互いに持ち場を死守しましょう。ルーゴン将軍の兵たちを指揮するのは大変かもしれませんが、あなたの手腕に期待します」

「死地においては懸命に戦うしかありませんね。………………それにしても随分と静かになりました」

 アーサーンは空席になった椅子に視線を移す。

 ガンルレック要塞へ来たばかりの時、クラナの周りにはリョウ、ユリアーナ、フィラック、アーサーン、ルパがいた。

 現在、クラナのそばにいるのはアーサーンだけであり、彼もついにクラナの元から離れる。

「また賑やかにしたいですね。いえ、してみせます。その時はあなたもいてくれますよね?」

「私は流れ者で、しかも一回はシャマタル独立同盟を裏切ろうとしたので信用がない。あなたのところにしか就職先がないでしょう」

 アーサーンは苦笑する。

「アーサーン、お互い生き残りましょう」

「もちろんです。それでは失礼します」

 アーサーンが去る。

 クラナはついに一人になった。

 大きく息を吐いた。それがよく聞こえるほど、部屋は静かだった。

「疲れました…………」

 立ち上がり、フラフラと自分の部屋へ向かう。

 部屋は真っ暗だった。

「体くらい拭きたいです…………」

 誰もいない、と油断してクラナは適当に服を脱ぎ始めた。

「しょうがないですね、私が手伝ってあげますよ」

 暗闇の中から声がした。

「えっ!?」

 クラナは慌てて、灯りをつけた。

「ルパちゃん!?」

「さぁ、クラナ様、お湯を沸かしてあります。こちらへ」

 桶から湯気が立っていた。

「……………………」

「どうしたんですか? さぁ、こっちへ」

 ルパは子供に「おいで」とするような仕草をする。

「ルパちゃん、桶の隣のそれはなんですか?」

 クラナはとっても嫌そうに言う。

「何って、クラナ様の体を拭く布じゃないですか」

 ルパはキョトンとした。

「そっちじゃないです! その明らかに危険そうな複数の塗り薬のことです!」

 クラナは声を上げた。

「さっき、私に会いに来た時、クラナ様の血の匂いがしました。怪我をしていますよね?」

「だ、大丈夫です。掠り傷ですから!」

「それを判断するのは私です」

 ルパは立ち上がった。

「ひっ!」

 クラナは逃げようとするが、足に力が入らなかった。

「これは…………!」

 疲れていて、部屋中に充満している甘い香りの正体に気付くのが遅れた。

「良い香りでしょ。全身の力が抜けるぐらい。こうでもしないとクラナ様を拘束できませんから」

「なんでルパちゃんは無事なんですか!?」

「私はとっくに耐性が出来ていますから。さてと…………」

「ひっ! 来ないでください!」

 クラナは体を引き摺り、ドアに手を伸ばした。

「逃げても無駄ですよっと!」

 ルパはそんなクラナの腕を引っ張り、ドアから引き剥がす。

「あ、あ~~」

 クラナは絶望した表情でベッドまで連行された。

「まだ抵抗の意思がありますね。体の力を抜いてください」

「それは覚悟しろ、ってことですか!?」

「違いますよ。体を拭きますから。抵抗しないでください」

 ルパは手際よくクラナを裸にする。

 こうなると、さすがにクラナは諦めがついた。

「あ、あの…………」

「なんですか?」

「優しくしてください…………」

 クラナはしおらしく言った。

「えっと、頂きます、って、してもいいですか?」

「どういう意味ですか!?」

「冗談ですよ。…………よかった。大きな怪我はなかったみたいですね」

 ルパはクラナの体を頭から足先まで確認する。

「怪我をしていたら、あんなに動けませんよ」

「興奮状態の時は色々なことに気付けないものです」

 ルパはしゃべりながら、クラナの体を拭く。

「でも、全くの無傷ってわけじゃないみたいですね」

「えっ?」

「数ヶ所、擦り傷が出来ています。それにずっと騎乗していたせいで内腿が擦れて赤くなってます」

「それくらいは…………」

「駄目です。戦いは続くんですよ。ちょっとの傷でも治せるなら治しておくべきです」

 ルパは薬品を取り出した。

「ひっ!」

「安心してください。残念ながら、これはそこまで強烈な薬品じゃありません」

「ほ、本当ですか?」

 疑問に対して、口頭で答える前にルパは薬をクラナの内腿に塗った。

 少し沁みる程度だった。

「大丈夫でしょ? 傷口は消毒しておきましょうか。下手に布を当てるより乾燥させた方が良さそうです」

「ありがとうございます」

 ルパはクラナの治療を行う。二人の会話が途絶えた。

 クラナは気まずいと思いながらも、何も言えなかった。

「ねぇ、クラナ様?」とルパが沈黙を破った。

「なんですか?」

「副官が必要ではないですか?」

「………………」

「私なら怪我の手当ても出来ます」

 クラナは表情と声を変える。

「ルパちゃんに何かあったら、フィラックになんて言えばいいんですか?」

「私は抵抗しないで死にたくないのです。無抵抗に殺されたり、犯されるのはお断りです。だから、私自身の為に、私にも出来ることをさせてください」

「…………良いんですね?」

「はい」とルパは即答した。

「分かりました。ありがとうございます」

「でも一つだけ良いですか?」とルパは言う。

「なんですか?」とクラナは返す。

「私の謹慎を解いてくれませんか?」

 そういえば謹慎中だった、とクラナは思い出した。

「ルパちゃん、謹慎中なのに自由すぎませんか?」

 気の抜けた声で言う。

 クラナはすっかり忘れていた。

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