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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
立志編
12/184

アルーダ街道の死闘

 シャマタル独立同盟とイムレッヤ帝国、両軍は共に軍を二手に分けて行動を開始した。

 兵力差は歴然だった。帝国軍がどちらも約二万だったのに対し、シャマタルの兵力は本隊が一万六千超、別働隊が三千だった。

 数だけでもシャマタルは不利だったが、これに加え、短期決戦に持ち込まなければならない。

「なるほど、シャマタルも二手に分かれたか」

 イムニアは報告を聞くと笑った。

「両方へ兵を分散せず、片方は時間稼ぎの捨て駒にしたまではいいが、それにしても本隊の兵力が不足しているな」

 予定では、イムニア・リユベック連合軍は防御に徹する。

 しかし、こうなると攻めたくなるのがイムニアの本分である。

「救いがたいな」

 イムニアは自嘲気味の笑いを浮かべる。

 それでもイムニアは防御に徹するという当初の戦略を変更しなかった。

「敵がすでに布陣しております」

 兵士から報告を受ける。

「やはりここか」

 シャマタル独立同盟軍はネーカ平原にある丘に布陣していた。



 シャマタルの命運を決める決戦が始まろうとしていた頃、もう一つの戦いも始まろうとしていた。

「アルーダ街道は狭すぎる。二個軍団を配置すれば、混乱するだろう」

 ミュラハールが言う。

「そうね。だからあなたは正面から布陣したらいかがかしら? 私は別のところに布陣するわ」

「別のところ? 両脇は崖と川だ。正面以外に布陣できるところがあるとは思えない」

 ミュラハールは首をかしげる。

「ここよ」

 カタインが地図を指差す。

「可能なのか?」

「間違いなく可能とは言わないわ。でも、遊兵を作るよりはいいんじゃないかしら。総大将はあなたなのだから、その決定には従うわよ」

「総大将といっても、階級は同格。それにこういった戦場での判断ではあなたの方が私より優秀だ。カタイン殿、お願いする」



 アルーダ街道を死守せんとするシャマタル独立同盟軍。

 アルーダ街道の強行突破しようとするイムレッヤ帝国軍。

 戦闘が開始されたのは、午前の早い時間だった。

「やはりか」

 ミュラハールはシャマタル独立同盟軍が前衛に重装兵を並べているの確認し、呟いた。

 戦況は硬直する。

「あれはランオで会った第七連隊の隊長か。少ない兵力でよくこれだけの防御陣を完成させたものだ。各部隊長へ伝えろ。攻勢を強化、敵の目をこちらに向けさせる。この戦闘の勝敗はカタイン殿に委ねるとしよう」



「ユリアーナはいるか!」

「おに………連隊長殿、どうしたのですか?」

「…………お前、そろそろ素直になったらどうだ?」

「うるさいわね。どうしたの?」

「敵の攻勢に違和感を覚えてな」

「違和感? 敵の攻勢は強くなる一方よ。そんな生ぬるい攻めかしら?」

「おかしい。街道で戦えばこうなると分かっていたはずだ。それをイムニア麾下の将軍が無策に消耗しているとは思えない。お前は何か思いつかないか?」

「思いつくも何も…………三方は攻めようがないのよ。川と崖、後背を取るには時間が足りない。だから、罠なんてあるはずが…………」

 ドサッと何かが落ちる音がした。

 ユリアーナとローランが駆け付ける。

「鹿?」

 鹿が死んでいた。

「おい、これはどこから?」

 ローランが聞くと兵士は崖を指差した。

 ユリアーナとローランは寒気がした。



「鹿は三頭のうち、二頭が帰ってきました」

 兵士がカタインに報告する。

 カタインは自ら率いる五百の精鋭騎兵と共に崖の上にいた。

「聞いたかしら。この道は鹿でも行けるそうよ」

 道などどこにもない。崖にしか見えない場所をカタインは指差した。

「私の軍を去るか。私と共に敵の横っ腹を強襲するかは各自に任せる。では、お先に」

 そういうとカタインは崖を降りていく。

 五百の騎兵が躊躇うことなく、それに続いた。



「くそ! 敵には頭のおかしいのがいるらしい!!」

 ローランが悪態をついた。

「あんたは正面に対峙している兵士を退避させなさい! 崖から降りてくる敵は私が何とかするわ」

「任せた!」

 二人の対応は早かった。

 ローランは防衛線の後退を混乱なく、行う。

 そして、ユリアーナは…………

「長槍隊、前へ! 突撃してくる騎兵を討ち取るのよ」

 すでに迎撃の準備を終わらせていた。

 そして、崖からカタイン率いる騎兵隊が駆け下りてきた。



「あら、もうばれているの?」

 カタインは楽しそうに言う。

「串刺しはごめんだわ。あなただってそうでしょ?」

 馬は大きく跳躍した。

 ユリアーナが築いた防衛線を飛び越える。

「さて、馬上で戦うよりはこっちの方がいいかしら?」

 カタインは馬から飛び降りる。二本の短刀を抜いた。そして、長槍兵を瞬く間に三人討ち取る。防衛線に穴ができた。続く騎兵たちはそれを見逃さない。防衛線はあっけなく、崩壊した。シャマタル独立同盟軍は殺到したカタイン軍団の騎兵に蹂躙される。

「ユリアーナ殿から連絡! 殿を務める。退却されたし、とのことです」

「あの馬鹿…………死ぬんじゃないぞ! 重傷者を内側に退却する」

 ユリアーナは戦場に踏み止まる。

 少ない兵力で、殺到するイムレッヤ帝国軍を食い止める。

「弓隊、放ちなさい!」

 敵が怯むと先頭を切って、突撃する。

「私を打ち取れる男はいるかしら!?」

 ユリアーナの挑発に数人の男が答えた。

 馬上での戦いはユリアーナにとって、過酷だった。

 リユベックから受けた傷は完治していない。

「お願い、今だけは忘れさせて」

 ユリアーナは自分に言い聞かせ、剣を全力で振った。

 二人の敵兵を打ち取り、五人の敵兵を落馬させた。

「あら、あれがガリッターや銀髪の坊やと戦ったお嬢ちゃんかしら? 中々、やるじゃない」

 カタインは不敵に笑った。

 ユリアーナは視線と殺気を感じた。

「あれは?」

 ユリアーナが見たのは、女の騎兵だった。

「もしかして、カタイン将軍?」

 ユリアーナは突撃すべきかと思考する。

「駄目ね。それじゃ、ランオと一緒だわ。それに今は私しかいない」

 この殿で自分がいなくなることは戦線の崩壊に繋がる。

「ここまでよ。全員、退くわ!」

 カタインは以外にもその光景を傍観していた。

「追撃しなくてよろしいのですか?」

「先に撤退したのは、第七連隊の隊長よ。何か素敵な贈り物を用意して、待っているかもしれないわ。それにもう日が傾いた。今日はここまででいいんじゃないかしら?」

 カタインは最もらしく言ったが、本音があった。

「あのお嬢ちゃんは明日、どうやって私を楽しませてくれるのかしら?」

 カタインはユリアーナに興味を持っていた。それをつまらない追撃戦で打ち取るのでは面白くないとさえ思った。

 アルーダ街道に築いた防衛線はたったの一日で崩壊した。



「明日は二手に分かれて敵のミュラハール・カタインの両軍に当たる」

 シャマタルは各隊の再編を終わらせ、夜の遅い時間に軍議を開く。

「第一部隊の指揮官にユリアーナ・ゼピュノーラ。第二部隊は俺が直接指揮をする。敵はアルーダ街道を突破した。次は包囲殲滅のために両翼を大きく伸ばすだろう。それを逆に利用する。第一部隊はカタイン軍団に当たれ。そして、敵の本陣を目指せ。俺はミュラハールの本陣を落とし、そのままカタインの背後に出る。そして、カタインを挟撃した後に敵を各個撃破する」

 ローランの作戦を賞賛する者も、批判する者もいなかった。

 机上で言うのは簡単だった。

 皆が気付いていた。ローランの作戦が困難、もっと言うなら不可能であると。兵力が足りなすぎると。

「一つだけ良いですか?」

 発言したのはユリアーナだった。

「何だ?」

「連隊長殿は自分が先に敵の本陣を落としてカタインの後背に出ると言いましたが、こちらが先にカタインの本陣を落として、ミュラハールの後背に出るのでも構わないのですか?」

 ユリアーナは笑った。

「なんだか皆さん、沈みすぎですよ。私たちがこれでは兵士たちが不安がります。どんな結果になろうと私たちがここで戦ったことは無駄ではありません。だからやれることをやりませんか?」

「お前がそれを言うか?」

 ローランも笑う。

「おい、みんな、ゼピュノーラの姫がここまで言うんだ。シャマタルの民が先に折れちまったら、先祖たちに笑われるぞ。シャマタルはもっと絶望的な場所から立ち上がったんだ。俺たちは困難を撥ね除けられる!」

 全員が顔を上げる。

 やってやるぞ、誰もがそういう表情をしていた。

 


「ユリアーナ、ちょっと残ってくれるか? 明日の動きの流れをもう一度確認したい」

 そう言って、ユリアーナ以外を解散させる。

「何よ? 他に何かあるのかしら?」

 ローランは無言で近づく。ユリアーナは動けなかった。ユリアーナの腕を掴み、抱き寄せた。

「ちょ、ちょっと、何のつもり!?」

 ユリアーナの鼓動は早くなった。

 比べて、ローランは落ち着いていた。

「やっぱりか」

「あんた、まさか…………」

「そんな熱があるのに戦っていたのか」

「う、うるさいわね! 私は頑丈なの。これくらいじゃ、死なないわ!」

「死ぬのは明日か」

「な、なんのことかしら?」

「惚けるな。戦う気の人間と死ぬ気の人間の区別くらいできる。なぁ、聞かせてくれ。なんでお前はそこまでシャマタルに尽くす? もし、納得できる答えが無ければ、縛り付けてでもお前を止めるぞ」

 ユリアーナは体に入っていた力を抜いた。そして、ローランの背中に腕を回す。

「自分でも分からない。でも、私は祖国を失ってから生きているだけだった。運良く獅子の団に拾って貰えて、そこで頼られて、最近はそれで良いと思ったの。でも、やっぱり何か違って。で、今のシャマタルの状況を知ったわ。血が熱くなった。駆けつけたくなったの。今までとは違う。生きるためじゃなくて、守るための戦い。それに凄い充実感を覚えたわ」

「刹那的すぎる」

「かもしれないわ。でも、傭兵である以上、いつかどうしようも無い死に方をする。なら、充実感の中で死にたいの。おかしいのは分かってる。でも、何かを守るために私は戦いたい。だから、お願い。私を行かせて」

 ユリアーナはローランを抱き締める。

「そして、心の片隅に覚えてほしいの。あんたのことが好きだった女が一人居たことを」

「お前…………」

「明日の戦いはとても厳しいと思う。けどあんたなら生き残れるわ。リョウは絶対にシャマタルを勝たせる。そして、シャマタルには平和がやってくる。あんたは顔は良いし、性格だって少し問題あるけど悪くない。だから、良いお嫁さんが来ると思う。それまでで良いから、私のことを忘れないでほしい」

「なぁ、顔を上げてくれないか」

 言われて、顔を上げたユリアーナを突然の接吻が襲った。

「この戦いが終わったら、俺と一緒になってくれ。ユリアーナ・ゼピュノーラ姫。身分の違いは百も承知だ。だが、俺はお前に惚れてしまった」

「あんたって、本当に優しいのね」

 ユリアーナはそれが世辞だと思った。

「俺は本気だ。本気でお前を妻にする。だから死ぬな。生き残れ。お前は言った。先に本陣を落としても構わないか、と。その通りやれ。お前なら出来る。で、俺のところに来い。いいな!」

「ちょ、ちょっと! どこまで本気なの!?」

「全部だ。俺じゃ嫌か?」

「そんなこと無い…………そんなわけ無い!」

「ならいいだろ?」

「ずるいわ」

 ユリアーナは顔を上げる。

「やっと死ぬ決心が付いたのに。なんで希望を持たせるの。なんで私に生きろって言うの?」

「好きだからだ。本当なら、戦場に立たせたくない。だが、お前は立つだろう。お前はそういう奴だ」

「期待して良いの? もし生きて帰ったら、その、私と…………」

「俺に出来ることなら何だってしてやる」

 ローランははっきりと言った。

「本当にずるいわ。いきなり難しくなった。だって…………」

 ユリアーナは笑った。泣いていた。

「生きて帰らなくちゃ行けないんだから」



 次の日、夜明けを待たずにユリアーナは出撃の準備をしていた。

「武運を祈る」

 ローランの姿もあった。兵士一人一人に言葉をかけて回る。

「あんた、寝てないんだからこっちまで来なくてもいいんじゃない」

「それはお互い様だ…………頼んだぞ」

「言われなくても!」

 ユリアーナは騎兵隊の最前列に向かった。剣を抜き、高く上げた。

「私たちの戦いはシャマタルに勝利を呼び込む! 目指すはカタイン本陣!! 全隊突撃開始よ!」

 ユリアーナの号令で帝国軍を強襲する。

 イムヤッレ帝国軍カタイン軍団は異変が起きたことに気付いた。

「て、敵襲! 数不明!!」

 カタインの副官、リューンが報告する。

「意外ね。自棄でも起こしたかしら? …………いいえ、違うわね。この兵力差では守ることは出来ない。だから、攻勢に最後の望みを賭けたのね」

 カタインは干し肉と葡萄酒を持ってこさせ、食べ始める。それを食べ終えると戦況を改めて聞く。

「すでに第一、二陣は突破されました。念のため、本陣を下げ、態勢を…………」

「本陣を上げなさい」

「今なんと?」

 リューンが驚く。

 カタインは不敵に笑う。

 ユリアーナの部隊は勢いに乗り、カタイン軍団を押していた。

 もう一方の戦場、ローランの部隊もミュラハール軍団を押しに押していた。

 シャマタル独立同盟軍が六倍以上のイムレッヤ帝国軍を圧倒する展開である。

 この兵力差でシャマタルが優勢だったのには、いくつかの要因がある。

 シャマタル側には防衛という意識があり、士気は高かった。さらに少数であることが一人一人の責任と義務を強くさせた。結果、能力以上の働きをした。

 イムレッヤ側は戦争の長期化で疲労していた。さらに昨日の戦闘でアルーダ街道を突破し、勝ちを確信してしまったのだ。勝ち戦で死ぬのは嫌だ、誰もがそう思い始めていた。

 だから、戦線は簡単に崩壊する。

 決死のシャマタル独立同盟軍を止めることが出来なかった。

「押せ。このまま押し切れ!」

 ローランは自ら剣を振り、兵士を鼓舞する。兵士もそれに応え、怒濤の勢いでミュラハールの本陣に迫った。

 一方、ユリアーナもすでにいくつもの部隊を敗走させている。

 戦いはシャマタル独立同盟軍に有利に傾いた。

「報告します。オリビティ連隊長も奮戦! 敵の本陣に迫りつつあり!!」

 ユリアーナは兵士からの報告を聞いた。

「そう、私たちも負けていられないわよ! 突撃しなさい。今は前だけ見ていれば良いわ!!」

 ユリアーナの命令は単純だったが、今のシャマタル独立同盟軍には最も効果的な言葉だった。

 しかし、ユリアーナが指揮する部隊の足が止まった。

「もう精鋭が出てきたの? …………あれは!?」

 ユリアーナの目にしたのは女の兵士だった。それは目立つ。お互いに目が合った。

「カタイン将軍ね。昨日の件と言い、後方で大人しくしている柄じゃ無いとは思っていたけど、こんな前線まで出てくるなんて…………」

 ユリアーナは体が震えた。

 これは好機だ、戦況はこちらに傾いている。ここで将軍を打ち取れば、カタイン軍団は一気に瓦解する。 本当に勝つことが出来る。

 ユリアーナは敵陣を駆ける。カタインしか見えていなかった。

「通すな!」

 カタインの副官、リューンが声を張る。ユリアーナから尋常では無い戦意を感じ取ったのである。

「構わないわ。通しなさい」

「ですが!?」

「あの子は楽しめそうだわ。女が戦場で生きるのは男よりも遙かに過酷なのよ。あの子がどうやって生きてきたか。ちょっと気になったわ」

 カタインにそう言われると、リューンはそれ以上何も言わなかった。

「カタイン将軍とお見受けします!」

 ユリアーナは、カタインの目前まで到達した。

「その通りよ。あなた、名前は?」

「ユリアーナ・ゼピュノーラ!」

「ゼピュノーラ? 確か、そんな国がフェーザ連邦にあったわね」

「関係ないことです。その命、頂戴します」

「せっかちな子ね。…………来なさい」

 二人は馬上で対峙した。

 お互いに武器はロングソード。

 何度か剣戟を交えて先に怯んだのはカタインだった。

「やるわね」

 それでもカタインは不敵に笑った。

 ユリアーナはカタインの思考が読めなかったが、優勢なのは自分だ、と自身に言い聞かせ、勝負を決めに掛かる。

「やっぱり、馬上の戦いは苦手だわ。移動手段としては良いけど」

 カタインは馬から飛び降りた。

 馬上のユリアーナと地上にいるカタイン、ユリアーナが有利である。

「なっ!?」

 しかし、その有利は一瞬で崩壊した。

 カタインは手にしていた剣を迷わず投げ、それが騎馬の脳天に突き刺さった。騎馬が崩れ落ちる寸前、ユリアーナは飛び降りる。その衝撃で、リユベックから受けた傷口が開いたのが分かった。鎧の中で生暖かい液体が流れるのを感じる。

「あら、ジーラーから受けた傷は相当深いようね」

 一瞬で怪我のことがばれた。それでもユリアーナは冷静に現状を把握する。剣は投げた。あと残っている武器は…………

「今は関係ありません。それにあなたは武器を投げた。あなたの武器はあと短剣二本だけ。投げるならそっちを投げるべきじゃ無かったんですか?」

「ふふ、私にとってこっちが本命の武器なの。私は馬上での戦いが苦手でね。馬術を習ったのが遅すぎたわ。体がちゃんと覚えてくれないのよ。でも、こっちなら子供の頃から使い方を知っている」

 カタインは不敵に笑い、双剣を抜く。

「この間合いで勝てると思っているのですか?」

「お嬢ちゃん、良いことを教えてあげる。私が双剣を使って負けたのはガリッターだけよ」

「えっ?」

 先制したのはカタインだった。

 一気に距離を詰めた。

「そんな直線的な攻撃…………!?」

 ユリアーナの剣を簡単に躱し、懐に入る。ユリアーナは不格好な回避行動を取るしか無かった。

「あら、良い反応するわね。ガリッターの言っていた通りだわ。少しは楽しめそう。次、行くわよ」

 カタインの攻勢は容赦がなかった。剣や槍を持った相手とは数え切れないほど戦った。しかし、二本の短剣を戦いの中心においたカタインの戦闘形式は初めて見る。対応が遅れる。傷が増える。息が上がる。

 敵の大将が目の前にいる。討ち取れば、戦局がこちらに大きく傾く。どんな手段を使っても討ち取りたい。ユリアーナは強く思った。

 しかし。思っただけでは何も起こらない。

「少し考えれば、分かることでしたね…………」

「なにかしら?」

「普通の女が将軍に成れるはずが無い。あなたぐらいの化け物で無いと」

「それは褒めてくれたのかしら? あなたは少しだけ楽しめたわ。あなたを討ち取ったら、その可愛い首を蝋で固めて、部屋に飾ろうかしら?」

 カタインはまた不敵に笑う。

 ユリアーナは格の差を理解した。

 それでも勝ちたいと思った。

 ユリアーナは普通にやっては勝てない、と悟った。代償が必要だと決断し、諦めた。

「ごめん、お兄ちゃん」

 ユリアーナは口の中で呟き、正面から突っ込んだ。防御は捨てた。カタインの一撃を受ける。短剣が鎧の隙間から腹部に刺さった。

「なにそれ? つまらない戦いだったわね」

 カタインの関心は一気に冷め、もう片方の短剣でユリアーナの首を狙う。ユリアーナはよける気が無い。カタインと差し違える覚悟だった。

『死ぬな。生き残れ!』

 ローランの言葉が、ユリアーナの頭の中から聞こえた。

 次の行動はほとんど反射的だった。

「くっ!」

 カタインが初めて顔を歪めた。

 ユリアーナが突然の回避行動を取ったせいで、カタインは隙を作ってしまった。お互いの一撃は空を切る。そこから態勢を立て直すのはユリアーナが早かった。

「なんのこのお嬢ちゃんは!?」

 カタインはユリアーナを蹴り飛ばす。

 ユリアーナは立ち上がる。腹部には短剣が刺さったままだった。

「さっきの行動はなに?」

「何のことですか?」

 ユリアーナは不敵に笑って見せた。余裕は無い。血を流しすぎた。目が霞む。足に力が入らない。剣を杖代わりにやっと立っていた。

「あなたは私と差し違えるつもりだった。それが寸前で回避した。何か暗示にでもかかったように、行動が一変した」

「死ぬな…………って言われました…………から。大切な人に…………大好きな人に…………だから最後まで…………ちゃんと生きようと思ったのです」

「…………そう、それは恐らく、恋とか言う計算のしようのない感情かしら?」

 その問いにユリアーナは答えなかった。

 ユリアーナは、立っているのがやっとだった。カタインを討つことはもう叶わない。それでも何か時間を稼ぐ方法はないか、と考える。

「あれは…………」

 ユリアーナの視界に入ったのは、カタイン軍団本陣の旗だった。やれることを見つけた。

「降伏しなさい。もう勝ち目は無いわ。生きてその人の元に帰れる可能性があるとしたら、それが賢明よ」

 言ったカタイン本人、それが叶わぬ願いだと知っていた。ユリアーナの足下には血溜まりができている。立っているのが、生きているのが不思議な状態だった。

「降伏は…………しません。私…………にはやるべきことが…………ありますから」

「そんな状態で私に勝つつもり?」

「あなたには…………勝てません。でも…………最後まで…………足掻きます…………!」

 ユリアーナは最後の力を出す。手にしていた剣をカタインの将軍旗に向かって投げた。

 旗の首が折れ、落下する。

「そういうことね」

 カタインはすぐに理解した。これでは本陣が落ちたように見えかねない。

 カタインはユリアーナに目をやった。すでに力尽き、倒れていた。

「少し興味の湧くお嬢ちゃんだった。…………敵の指揮官は倒れたわよ! 残敵の掃討に入りなさい。本陣をさらに前進させなさい。こんなことで本陣が陥落したなんて…………」

 声を上げていたカタインは違和感を覚えた。首筋を生暖かい液体が流れるのを感じた。

「お嬢ちゃん、やってくれたわね」

 最後の接触際にユリアーナの一撃は、カタインの首筋を掠めていた。

 致命傷、にはほど遠いながら、カタインは負傷した。

「閣下、一度お引きください」

 リューンが進言する。

「不要よ。この程度の傷は…………」

「お引きください! 閣下に万が一のことがあったら、全軍が崩壊します。この戦いは圧倒的に有利なのです。閣下一人が危険を冒す必要はありません。冒してはいけません!」

 リューンは退かなかった。

「………………分かったわ。私は後ろに下がって傷の手当てを受ける。各所は混乱の収拾に努めなさい」

 カタインはそれだけ言い、片手に握っていた短剣をしまう。そして、もう片方の短剣が刺さったユリアーナに近づく。

「ユリアーナ・ゼピュノーラ。あなたの名前は一生忘れないわ。いつぶりかしらね。一騎打ちで傷を作ったのは」

 カタインはユリアーナに賞賛の言葉をかけた。



 ミュラハールを攻め立てるローラン隊。

「見てみろ!」

 一人の兵士がカタイン陣営を指差した。

「旗が倒れたぞ!」

「敵の本陣が落ちたぞ!」

 ローランは小さく拳を握った。

「いずれ、カタインを撃破した別働隊が到着する。敵を挟み撃ちに出来るぞ!」

 ローランは叫んだ。

 兵士たちが呼応する。

 ローラン隊はミュラハールの本陣へ迫った。

「ミュラハール様、敵の攻勢は常軌を逸しています。ここは一旦、後退すべきです。友軍のカタイン将軍の旗が落ちたことも気にかかります」

 参謀の一人が提案した。

「いいや、あのカタイン殿が簡単に討たれるとは思えない。カタイン殿ならこの攻勢を撥ね除けて、敵を包囲する動きを取るやもしれん。我々はここを動かん。心配するな。私の軍団は耐えることと守ることには長けている」

 ミュラハールの言うとおり、ローラン隊の攻勢を今一歩届かない。

 戦場で主導権が移動しつつあるのにローランは気付く。

「もし、カタイン軍団を撃破したなら、どうしてユリアーナはこちらに来ない? 敵の足止めを受けているのか?」

 ローランは戦場を見渡した。撃破されたはずのカタイン軍団が両翼を大きく広げ、ローラン隊に対して包囲の構えを取っている。それはユリアーナ隊の脅威が消滅したことを意味していた。

「ユリアーナ、お前は…………」

 最悪の予想が頭をよぎる。

 それが確定するまでさほど時間は掛からなかった。

「ほ、報告します! ゼピュノーラ殿は敵の本陣を強襲するも失敗! 別働隊は壊滅!!」

 ローランは取り乱したりしなかった。そうか、と言い、やるべきことを考える。考えてる間だけはユリアーナのことを少しだけ忘れられる。今はすでに包囲されつつあった。

 しかし、敵の包囲はまだ完成していない。勢いもまだこちらが優勢だ。

 玉砕、その言葉がローランの頭をよぎる。

「敵陣のもっと脆いところを一点突破し、戦場からの離脱を計る!」

 それがローランの決断だった。

 玉砕は出来ない。絶望的な状況でも、遅延行為を出来るようにしなければならない。

 ローランの撤退戦は見事だった。イムレッヤ帝国軍を翻弄し、戦場を脱出した。

「追撃なさいますか?」

 兵士の言葉にミュラハールは頭を横に振った。

「もう日が暮れる。それにこちらは大いに乱れた。カタイン殿と合流し、全体の再編をするのが賢明だろう」

 死闘の二日目は終わった。

 しかし、その被害は壊滅的だった。

 シャマタル独立同盟軍は夕方まで続いた戦闘に耐えた。

 負傷していない者などいない。やっとのところで凌ぎきった。

「みんな良く戦ってくれた! 良く生き延びた!」

 ローランは兵士たちに、賞賛の言葉をかけて回った。

 しかし、本当の目的は違った。

 ユリアーナを探していた。どこにもいない。その意味を頭で分かっていても、受け入れることができなかった。

「ローラン連隊長!」

 一人の兵士が駆けてきた。

「ゼピュノーラ殿と共に敵陣に切り込んだ者が帰還しました!」

「なに! それは本当か!? どこにいる!」

 場所を聞くと、ローランは駆けた。

 駆けつけた先にいたのは瀕死の兵士だった。

「連隊長…………」

「良く戻った!」

 ローランは兵士の手を握った。この兵士が助からないと直感で分かった。

「ユリアーナ・ゼピュノーラはどうした!?」

「ゼピュノーラ殿は敵の将軍カタインに一騎打ちを挑みました」

「…………で、結果は?」

「立派な戦いでした」

 それが全ての答えだと悟った。

「申し訳ありません…………生きて帰ったことを恥じております」

「馬鹿を言うな。良く帰った。今はゆっくり休め」

 それを聞くと兵士は穏やかな顔になり、息を引き取った。

 感情を殺し、一連の戦後処理を行った。

 それが終わると空を見上げる。

「リョウ、ユリアーナはやったぞ。役割を全うした。これでお前たちが負けたら、俺はお前を許さないからな…………」

 ローランの声は震える。

 兵士たちは、その光景を一生忘れないだろう。

 ローラン・オリビティは泣いていた。



 次の日の朝は静かだった。

 すでに戦闘は三日目。満身創痍のシャマタル独立同盟軍。

 開戦の前、イムレッヤ帝国軍から降伏の勧告がされる。

「今日が最後だ。せいぜい時間を稼いでやるさ」

 ローランは死ぬ気だった。

 降伏勧告を拒否した。

 三日目の戦闘が始まる。

 まさにその瞬間だった。

「緊急報告です!」

 その報告はネーカ平原のシャマタル独立同盟軍本隊からだった。 


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