ガンルレック要塞攻防戦三日目⑧~最も辛い報告~
クラナとグリューンの言葉でイムレッヤ帝国軍は辛うじて戦意を取り戻した。
明日以降を生き延びるために各々が行動を起こす。
アーサーンはシャマタル独立同盟軍の再編を行う。
グリューンは今日のことをシュタットへ報告する為に作戦本部庁へ向かった。
一方、クラナは宿舎に戻っていた。
無論、休む為、ではない。クラナは自分自身でやりたいことを、自分自身がしなければならないと思ったことをする為、ここへ来た。
「ルパちゃんに報告しないと…………」
強い意思でここに来たつもりなのに、足が止まりそうになる。
「………………」
クラナはルパの部屋の前で立ち止まる。
ここを開ければ、ルパがいる。
ルパに会ったら、フィラックのことを話さないといけない。
話せば…………
「どうなるか、分かりません」
ルパは普段、大人ぶる。
しかし、自分の大切な人に何かあれば、すぐに感情的になる。子供っぽくなる。
クラナがシャマタル独立同盟の未来を悲観した時やリョウがクラナを置いて行ってしまった時、ルパは本気で怒った。
ドアノブを掴んだが、それは重かった。動かせない。それでもこの役割を誰かに任せるつもりはなかった。自分がすべきだと思った。
クラナは大きく深呼吸した。
そして、ゆっくりとドアを開いた。
「クラナ様? 部屋に入る時はノックぐらいしてほしいものです。びっくりするじゃないですか」
「……………………」
「それにまた勝手な行動をしていますね。司令官としてそれはどうなんでしょう?」
ルパはクラナの方を見なかった。何かの薬を調合していて、視線はそちらに向いていた。
「っ………………」
クラナは声が出なかった。言うと決めていた。殴られても良いと思っていた。罵倒されても良いと思っていた。覚悟していたはずなのにルパの目前に立った時、何も言えなくなってしまった。
「何を突っ立っているんですか?」
ルパは調合した薬をしまうと立ち上がった。
クラナはルパの背中を見ることしか出来なかった。
この時間は辛い。先に進む為、クラナがすべきことは一つである。そんなことは分かっていた。もう一度、決意をし、今度こそ言おうと決め、口を開く。
「父さんが死んだのは、クラナ様のせいじゃありませんよ」
クラナが言う前にルパが言った。口調は和やかだった。
「ルパちゃん…………」
「父さんが出て行った時から覚悟は出来ていました。クラナ様がここにいるということは、父さんが勝ったということです。父さんは…………ルルハルトに…………負けなかったんです…………」
ルパは震えていた。
「あなたは……何を……しているの……ですか…………?」
ルパはクラナへ向き直る。瞳には溢れ落ちそうなほど涙を溜めていた。ルパは大きく息を吸う。
「あなたはシャマタル独立同盟軍の司令官なのです。あなたのいるべき場所はここじゃありません。あなたが止まってはあなたに未来を託した者たちの犠牲が無駄になります。クラナ様、だからあなたは前を向いてください」
「…………私はこれからシュタット司令官のところへ行ってきます」
「それが……良いと……思います」
ルパはついに泣き出した。
「ルパちゃん…………」
クラナはその後に続く言葉が思い付かなかった。
ルパはもう一度、大きく息を吸う。
「私にかける言葉なんか探してないで早く行ってください。大丈夫、私は自分で立ち直れます。でも、すぐには無理です。時間をください。少しだけ時間をください」
言い終えるとルパは嗚咽を漏らした。
「…………分かりました」
そう返すしかできなかった。そして、振り向き、部屋から出ていった。
クラナは部屋を出て自分も泣いていることに気が付いた。
「今は泣いている場合じゃないんです…………!」
クラナは涙を拭って、歩き出した。
クラナの足音が完全に聞こえなくなるとルパは、
ガシャン!
調合に使っていた陶器の一つを思いっきり壁に投げつけた。
周囲に破片が散乱する。
「……………………!!!!!」
さらにテーブル、椅子を蹴り飛ばす。ルパは暴れた。部屋は滅茶苦茶になった。
暴れ終えるとルパは座り込んだ。
「父さん…………父さん…………うわぁぁぁぁぁぁ!」
ルパは声を出して泣いた。
泣き続けた。
「……………………」
そして、泣き終えると
「誰が父さんを殺した…………!? 誰がが父さんの仇だ…………!!?」
掠れた声で言う。
「私の手で仇を取ってやる…………! でもこの手じゃ、もう弓は扱えない…………でも、あれなら、弩なら私にも使えるかもしれない…………」
ルパは立ち上がる。