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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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ガンルレック要塞攻防戦三日目⑥~フィラックの殿戦~

 イムレッヤ帝国の双璧と呼ばれ、シャマタル独立同盟軍総司令官の『アレクビュー・ネジエニグ』。

 シャマタルの名家『アーレ家』の若き女当主で、シャマタル独立同盟初代総参謀の『ハイネ・アーレ』。

 シャマタルの名家『グーエンキム』の当主で、シャマタル独立同盟軍副司令官の『ボスリュー・グーエンキム』。

 以上の三名はシャマタルの独立を語る上で、多くの逸話を残した。

 それに比べて、フィラックの武勇伝は少なかった。

 フィラックを宿将と言う者はいるが、英雄と称える者はいなかった。

 しかし、アレクビュー・ネジエニグ、ハイネ・アーレ、ボスリュー・グーエンキムは「最も信頼できる者は誰か」という問いに口を揃えて「フィラック・レウス」と答えた。

 フィラックは癖の強い三者の間に入り、シャマタル独立同盟軍を上手く接合する役割を持っていた。

 和を乱さず命令に忠実な男が、戦場で初めて司令官の命令に背いた。それはフィラックの軍人としての人生で初めてであり、最後であった。

「クラナ様はよく決断をしてくれた」

 要塞へ退却するシャマタル独立同盟軍を見て、フィラックは呟く。

「さてと…………

 フィラックは目前の敵に向き直った。

「敵の全てを止める必要はない。敵の隊列の要を叩くぞ!」

 フィラックの指示は的確だった。最も突出していたリテリューン皇国軍の部隊を叩き、その指揮官を討ち取った。指揮官のいなくなった隊の動きが鈍くなる。フィラックは同じことをさらに二度行った。

 前衛部隊の足が止まれば、当然、後方部隊も動けなくなる。



「敵の反撃にあい、先行していた部隊の足が止まりました!」

 そのことはすぐにルルハルトにも報告された。

「見ればわかる。攻撃が的確だな。経験がなせる技か。あまり気にしていなかったが、シャマタルの老骨め、少しはやるらしい」

 ルルハルトは自分の思い通りにならなかったことに対して、珍しく苛立つ。

「すぐに部隊を再編し、敵の本隊追撃に向かわせます」

「無駄だ。もう追いつけない。無駄に兵力を分散させるより、我らを足止めした老いぼれを討ち取ることに専念しろ。あの老骨を討ち取り、首をシャマタルの奴らに見せれば、士気が下がる」

 ルルハルトは当初の予定を変更し、フィラックに狙いを定めた。

 フィラックは戦いの中で、リテリューン皇国軍の動きの変化に気付く。包囲されつつあった。

 しかし、フィラックは未だに退却しようとしなかった。

「これはもう逃げられんな…………」

 フィラックは呟いた。

 一本の矢がフィラックに飛んできた。それはフィラックが乗る馬の首に刺さった。馬は暴れる。フィラックは衝撃で落馬した。

「フィラック様!」と数名の兵士が近寄る。衝撃で兜が取れ、額からは血が流れる。

「心配はいらない。各員、戦いに専念せよ」

 フィラックに言われて、兵士たちは再び敵に向かう。

「フィラック様、ただいま戻りました。ネジエニグ司令官に、フィラック様の言葉を間違いなく告げました」

 初老の騎兵がフィラックに近づく。

「ご苦労だった。あっ、ちょっと待て…………」

 フィラックは初老の騎兵の名前を呼ぼうとしたが、名前が出てこなかった。

「バンゲルシと申します」

「そうだ、バンゲルシ。済まなかった。顔は覚えられるだが、年を取ったせいか、人の名前を覚えるのに苦労する」

 フィラックは苦笑する。

「なんの。英雄の右腕と呼ばれるあなたに顔を覚えて頂いただけで光栄です。私の人生にこのような見せ場が来たことを感謝します。妻に話す自慢話が出来ました」

 そうだ、とフィラックはバンゲルシの話を思い出した。息子夫婦や孫、そして、亡き妻の話を明るく話していた。

「…………すまない」とフィラックは言う。

 圧倒的多数で迫るリテリューン皇国軍に対して、フィラック隊三百名は良く戦った。兵士はフィラックの為に実力以上の働きをし、フィラックは己の経験の全てを生かして、戦線を支えた。それでも一人、また一人、と倒れていく。

 すでに隊員の三割を消耗した。

 そして、残りも戦闘に耐えるだけで敵を押し返すことも、逃げることも出来なくなっていた。

「どうですか? 敵に挑発の言葉の一つでも言ってみては?」

 バンゲルシが言う。

「戦場で敵に言うべき言葉を私は持っていない。だが、そうだな。味方に言うことならある、か…………皆、私についてきてくれたこと感謝する! 今少しの時間、耐えろ! クラナ様が無事要塞へ帰還すれば、我らの勝利だ!」

 フィラックは声を張った。

 満身創痍のはずのフィラック隊から声が上がる。フィラック隊は尚も圧倒的多数の敵の猛攻に耐え続けた。



「しぶといな。まるで隊が一つの生き物のようだ。英雄に仕えた忠臣、あのような男を討たなければならないのは心苦しい」

 シックルフォールはそう言って、フィラックに対して賞賛の言葉を送った。

「降伏勧告をしてみますか?」

 シックルフォールの副官が言う。

「私たちのやってきたことを考えろ。降伏勧告が誠だったとして、信じるとは思えない。それに生きて捕らえれば、必ず我らの司令官は惨いことをするだろう。あそこで戦う忠臣に敬意を示すなら、戦場で散ってもらおう。騎兵隊を突撃させろ。それで決着する」

 シックルフォールの命令で騎兵隊がフィラック隊へ襲い掛かった。

 フィラック隊にそれを耐える戦力は残っておらず、リテリューン皇国軍の大軍に飲まれた。

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