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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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ガンルレック要塞攻防戦三日目⑤~霧の中の邂逅~

 グリューンが選択した進路の先にルルハルトの本陣があったのは偶然だった。

 もしくはグリューンの勘が見えない何かを感じ取った結果だったかもしれない。

 リテリューン皇国は包囲の為に本陣を薄くしていた。その為、グリューン隊の予想外の攻勢に対処が遅れ、接近を許すことになった。

「おっとここから先は行かせねぇぜ」

 しかし、グリューン隊の勢いを止めた人物がいた。

「ベルリューネ、だな?」

「おっと、俺の名前を知っているのか?」

 ベルリューネは好戦的な笑みを浮かべた。

「お前の悪名は噂になっている。お前は民間人や奴隷を殺し過ぎた」

「やりたくてやったわけじゃねぇよ。うちの大将に言われて仕方なくやっただけよ」

 ベルリューネは声をあげて笑った。

「仕方なくやった人間の顔じゃないな。多くの人間の為だ。ここで死んでもらう」

 グリューンは突進し、ベルリューネと刃をぶつけた。

「あんた、相当強いな。名前を聞こうか。墓標に彫ってやる」

「お前に墓標を作られるくらいなら、死体は川にでも流してくれ。悪いが、あと五十年は死ぬ予定はないがな! だが、そうだな、殺された相手の名前くらい知っておきたいだろう。私はグリューンだ」

「グリューン!? あの女将軍の忠臣か!」

 ベルリューネはグリューンの名前を聞いて、怯みどころか、喜んだ。ベルリューネにとって、強者との戦いは望むところだった。

「まったくこんな男と重なるところがある自分が嫌になる」

 グリューンも笑っていた。彼もまた強者との戦いに生きがいを感じる戦士である。

 グリューンとベルリューネの両隊は激しくぶつかった。そして、両者も激しくぶつかる。

「なぁ、あんたとカタイン、どっちが強いんだ!?」

「答える義務はない」

 グリューンは渾身の力で剣を振った。

 ベルリューネの巨躯が仰け反る。

「この野郎…………!」

 ベルリューネの顔付きが変わる。

 


 クラナたちはグリューンがベルリューネを引き付けている間に敵陣の間隙を突いて脱出を試みた。

「騎兵隊突撃しろ! 密集隊形で突破口を開くのだ!」

 アーサーンの指示で騎兵隊がリテリューン皇国の歩兵隊を蹴散らす。

 続いて、シャマタル独立同盟の歩兵が突入する。

「離れ離れになるな! 散れば、すぐに殺されるぞ!」

 アーサーンは檄を飛ばし、敵陣の突破に成功した。

 しかし、すぐに新手が現れる。

「あの紋章は!?」

 霧の向こうにうっすらと見えた旗を見て、アーサーンは驚愕する。

 黒獅子に蛇の尻尾、その珍しい紋章はルルハルトのものだった。

「クラナ・ネジエニグはいるか?」

 その声は大きくないのによく聞こえた。

 戦場とは思えないほど、静かになった。

「私がクラナ・ネジエニグです」

 クラナは名乗る。

「クラナ様、危険です!」

 アーサーンが前に出る。

「大丈夫です」

 クラナは眼で訴えかけた。

 アーサーンはクラナの思惑を察して、引き下がった。

 両軍の司令官同士が自軍の最前列で対面した。

「なるほど噂に聞く若く美しい司令官だ」

 ルルハルトが言う。

「ラングラム司令官は冗談がお上手ですね」

 クラナは普段とは違う声色で話す。それはルピンに教わった交渉術と共に体得した話し方だった。

「どうだろう。あなた、一人が捕虜になれば、他の者たちは助けよう」

「私を高く評価してくださるのはうれしいですが、私は世間で噂されているような英雄ではないですよ」

「知っている」

 ルルハルトは即答した。

 クラナは唇の端をピクリと動かした。

「ならばどうして?」

「あなたを生きて、捕虜にすれば、リョウを無効化できる」

「リョウさんですって?」

 冷静を装っていたクラナは感情を出してしまった。

 その瞬間、ルルハルトが笑う。

 クラナは表情を作り直す。

「そう、リョウだ。私はあの男がどこで何をしているか。常に把握していた。恐らく、それがヤハランにばれていたからだろう。キグーデ平原以降、白獅子の団と私がぶつかることはなかった。あのヤハランも厄介だが、今はいない。いたら、私たちをもっと正確に捕捉しているはずだ」

 クラナは内心で驚いていた。リテリューン皇国随一の知将が、大陸という規模で考えた時、とても小さい存在であるはずの『獅子の団』『ルピン・ヤハラン』そして『リョウ』を注視していたのだ。

「リョウと私が正面から策をぶつければ、勝っても負けても痛手を負う。しかし、リョウには弱点がある」

「弱点?」

「クラナ・ネジエニグ。あなただ。獅子の団がシャマタル独立同盟へ向かった時、私はユリアーナ・ゼピュノーラの意思だと考えた。しかし、リョウは私の想像以上の策でイムレッヤ帝国軍を打ち破った。私はリョウが別の感情で動いていると思ったのだよ」

 クラナはルルハルトの不気味さに初めて触れた。まるで全てを見透かされているようだった。

「で、リョウはクラナ・ネジエニグという英雄と婚儀を結んだ。リョウが権力欲や金銭欲から、英雄を選んだとは考えにくい。ルピン・ヤハランでもなく、ユリアーナ・ゼピュノーラでもなく、クラナ・ネジエニグをリョウは選んだ。それだけ感情を動かしたのだ」

「それは言い過ぎです」

「どうかな。あなたを捕えれば、分かることだ」

 ルルハルトは腕を上げる。攻撃の号令を下そうとした。


「放て!」


 それはルルハルトの声で無かった。

 アーサーンの号令で弓と弩から矢が放たれた。

 その威力は凄まじくリテリューン皇国軍の前衛を崩す。

「アーサーン、逃げます!」

「かしこまりました!」

 クラナとアーサーンは迷わずにそう決断した。

「ネジエニグ殿!」

 グリューンが合流する。

「無事でしたか」

「何とか、それより敵が乱れました。行きましょう」

 シャマタル独立同盟軍とグリューン隊は、半壊したルーゴン隊を守りつつ、敵の包囲網を破った。

「すいませんね。奴らを取り逃がしました」

 ベルリューネが合流する。

「取り逃がした? 違うな。お前はあの男に勝てないと悟り、まともにぶつかるのを避けたのだ」

 見てもいないのルルハルトは確信を持って言う。

 そして、それは正しかった。

 ベルリューネは不機嫌になる。

「そういうあんただって、お姫様に逃げられたじゃないか」

「逃げられた? 違うな。逃がしたんだ。あのまま完全包囲したら、決死の突撃をされてしまうかもしれない。逃げ場所を作ってやったのだ。そして、疲れたところを潰せばいい。敵は我らの全体を把握できていない」

 ルルハルトは感情の欠落した声で言う。



 クラナたちはルルハルトの包囲を完全に突破した。霧も晴れ始めて、ガンルレック要塞の位置も確認することが出来た。

「そんな…………」

 誰かが言った。

 要塞へ迫った時、敵の新手が真正面に布陣していることを確認した。

「あれは無傷の敵部隊のようですね。ルルハルトは初めから我々を疲労させ、行動の限界点に達してから、戦うつもりだったということでしょう」

 クラナは思い返す。グリューン隊がいくら強くても相手が脆過ぎた。敵の本隊と対峙したのに、あっけなく逃げられた。

 ルルハルトは劇的な策など使わなかった。当たり前に戦い、当たり前に勝っていた。

「これがリョウさんが恐れる方の知略なんですね…………」

 クラナは歯軋りをして、あまり見せたことのない表情になっていた。

「突撃しろ! 活路を作り出せ!!」

 グリューンの怒声が聞こえた。

 クラナは頭をブンブンと振った。今、考えるべきは目前の敵だけでいい、と自分に言い聞かせる。

「アーサーン、私たちもグリューンさんに続きます」

「それしかないでしょう。弩隊、走りながらでかまわない。撃て! 騎兵隊、弩隊が撃ち尽くしたら、突撃せよ!!」

 弓の一斉掃射の準備をしている敵陣を突入をかける…………直前だった。

 敵が明らかに浮足立った。

 見ると敵陣の左側面を襲う部隊があった。味方である。

「どういうことですか?」

 ルーゴン隊・グリューン隊、そして、シャマタル独立同盟はここにいる。

 シュタット司令官が兵を動かした、とも考えにくい。

「まさか…………」

 クラナは胸騒ぎがした。

 謎の部隊は、次々に敵を撃破していく。クラナたちにとっての突破口は開けた。

「クラナ様、行きましょう。活路は開けました」

 アーサーンは謎の部隊には触れずに進言する。

 進言したアーサーンの声は震えていた。彼も謎の部隊の正体に気付いていた。

「何を言っているんですか? あの部隊と挟撃すれば、目前の敵を撃破できるじゃないですか!?」

 クラナは咄嗟に言う。

「それが出来ないことくらいクラナ様は気付いているでしょう。目前の敵に足を止めていては迫る敵の本隊に追い付かれます。だから我々が出来ることはあの部隊を犠牲にしてでも生き残ることだけのです…………! それがフィラック様であっても…………!!」

 言い終えた後にアーサーンは大きく息を飲んだ。

 クラナは事実をはっきりと言われて、両手を自分の口にあてた。

「クラナ・ネジエニグ司令官はどこに!?」

 初老に騎兵が現れる。

「…………私はここにいます」

「フィラック様からの伝言を預かっております」

 その一言が確信を確定させた。

「急ぎの為、馬上で失礼します。フィラック様は『最初で最後の命令違反をお許しください』と言っておられました」

「……………………」

「私もこれからフィラック様の元へ戻ります。失礼します」

 初老の騎兵はクラナが何かを言う前に去って行った。

「フィラック…………」

 クラナは何かを叫ぼうとしていた。

「何をしようとしているのですか!」

 アーサーンが一喝する。クラナが間違った選択をしようとしていることに気付く。

「だって、フィラックが…………」

 声は細く、今にも泣きそうで、体は震えていた。

 クラナの姿をとても全軍の指揮官ではなかった。

「クラナ様、失礼します」

 そう言うと、アーサーンはクラナの頬を叩いた。アーサーンがそんなことをすると思わなかったクラナと兵士たちは驚く。

「あなたはフィラック殿の覚悟を無駄にするつもりですか!? あなたは司令官なのです。誰かを犠牲にしてでも、生き残らなければいけないことだってあります!」

 クラナは、必死に訴えるアーサーンの姿が、ランオ平原撤退時のルピンと被った。

 ジンジンと痛む頬に手を当てて、深呼吸をした。

「分かりました…………全軍、退却します…………グリューンさんにも伝令を送ってください」

 クラナは歯を食いしばりながら、指示を出した。


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