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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
112/184

ガンルレック要塞攻防戦三日目①~波乱開幕~

 三日目の朝は静かだった。

 霧が出ていた。

「気付かないうちに近づかれている、なんてことになってないかしら?」

 ユリアーナは眼を細めて、遠くを見る。

「その心配はないでしょう。そこまで濃い霧ではありません。これなら近づく前に気付けます」

 アーサーンが返した。

「ならいいけど、あのルルハルトのことだから、この霧も利用するんじゃないかしら?」

「天運まで味方されては我々は厳しいですね」

 要塞の四方面は静かだった。戦闘が起きる気配がなかった。

 異変が起きたのは要塞の外からではなく、中からだった。

 東門が開いたのである。

「どうしたの? いったい何が起きているの!?」

 ユリアーナは声を張った。

 すぐに連絡が入る。相手はルーゴン将軍の使いからだった

「撤退する敵を確認しました。これより追撃戦に入ります。敵軍の士気は低く、その理由は明白です。昨日の戦いで討ち取った兵士の腹を調べましたが、僅かな雑草しか食べていませんでした。敵軍は食料が尽きかけ、疲弊しています。今が攻勢の好機です」

 それを報告した兵士は、言い終えた瞬間に恐怖した。

 ユリアーナが今にも剣を抜きそうな形相だったからである。

「その者はただ報告しただけです」

 アーサーンはそう言って、ユリアーナを静止した。

「分かっているわよ。…………でも、確かに少しだけ納得いくところもあるのよね」

「ルーゴンと意見が合うということですか?」

「何? それは今度、私と一切手加減なしの稽古がしたいって誘い?」

 ユリアーナは、アーサーンを睨んだ。

 アーサーンは「ご冗談を」と苦笑で返した。

「相手の兵士で明らかに疲弊している奴がいたのは確かよ。それは戦いの疲れではなかったわ。もしかしたら、本当に食料が枯渇しているのかも…………」

「一番最前線で戦っているゼピュノーラ殿がそう言うのでしたら…………」


「罠です」


 その声は小さかった。本人は呟いたつもりだった。それなのに、その場にいた全員がその声に反応した。それほどに鋭い言い方だった。

「あっ、えっと…………」

 言った本人、クラナは全員の視線が自分に向いたことに驚き、一歩引いてしまった。

「クラナ様、何を思い、罠と断言したのですか?」

 フィラックが言う。

「えっと、思い違いかもしれません」

「それでも言ってみてください。私はクラナ様の意見が聞いてみたいのです」

「あまりに見当違いなことを言っていたら申し訳ありません」

とクラナは前置きし、大きく息を吸った。

「ルルハルトさんが本当に人の命を軽視しているなら、自軍が食料に枯渇していると思わせるためにわざと食料を配給していない部隊を作ったのだと思います。そして、私たちに食料がないと錯覚させて、攻勢を誘ったのです」

 沈黙が流れた。

 あり得ない、人道に反する、という言葉を使う者はいなかった。

「確かに言われれば、気付けます。ですが、なぜ、クラナ様はそうだと思っていたんですか?」

 フィラックは指摘する。

「えっと、リョウさんは私に『こういう策もあるんだ。ルルハルトならやるかもね。でも、僕には出来ないよ』って、ルルハルトさんと自分の違いをいくつも話してくれました。そのうちの一つの策に似ているんです」

「なるほど、あなたはリョウ殿の言葉を良く聞き、よく覚えている、ということですね。それはクラナ様とリョウ殿の関係が成せることです」

 フィラックに言われ、クラナは少しだけ赤くなった。

「ちょっと待って」とユリアーナが割って入る。

「そんなことをすれば、暴動になります。それに一万のリテリューン皇国軍には捨て駒を作る余裕はないと思います」

 ユリアーナが言う。その意見は最もだったが、

「いや、その二つ目の問題は解決できる」とフィラックがクラナの意見に賛同した。

「リテリューン皇国にも差別階級は存在する。そういった者たちは精神的に逆らえないように調教されているはずだ」

「で、でも、一万の兵士でそんなことをしたら…………」

 ユリアーナは途中でとんでもない思い違いをしていることに気が付いた。

「誰がリテリューン皇国軍の総兵力が一万だと言ったのでしょうか?」

 クラナの言葉に皆が静まり返った。

「ルーゴンさんを連れ戻さないと行けません」

 クラナが続ける。

「もし、ルーゴンさんとその兵力を失えば、この要塞を守ることは困難になります」

「まったく、不自由な戦いだわ! でも、やるしかないわね!!」

 ユリアーナは悪態をつく。

「…………ユリアーナさんには重大な役割を任せてもいいでしょうか?」

 クラナは少しだけ躊躇いながら言う。

「そんな言い方をしないでください。どんな役割だって、全うします」

 ユリアーナは即答する。

「私たちが出撃して、注目が集まっている間に要塞を抜け出して欲しいのです」

「えっ!?」

「シュタット司令官は、カタイン将軍に対して、伝令を送っていると言ってましたが、ここまで用意周到なルルハルトさんが、隙を見せてくれるとは思えません。伝令はカタイン将軍の元へ辿り着いていない気がします。ユリアーナさんにはルルハルトさんの包囲網を突破して、救援を呼んできて欲しいのです」

「クラナ様、一つ確認させてください」

 ユリアーナは真っ直ぐにクラナを見た。

「それは勝つための選択ですよね?」

 その問いにクラナは「もちろんです」と即答した。

「分かりました。私は必ず援軍を連れて、ここへ戻ってきます」

「ありがとうございます。…………それからフィラック、あなたは要塞内で待機していてください」

「……………………」

 フィラックは何も言わなかった。

「全員が要塞から出ては、その隙をルルハルトさんに狙われるかもしれません。視野の広いフィラックが要塞に残った方がいいと思います」

 クラナは最もらしいことを言ったが、真意が別にあったのは明らかだった。

「かしこまりました」

 それでもフィラックは、クラナの指示に従う態度を見せた。

「アーサーン、私と一緒に出てもらえますか? 実質的な兵の指揮はあなたに一任します」

「承知しました」

 急いで支度を進めるシャマタル独立同盟軍の元へ、グリューン配下の兵士が来た。

 グリューンもこの状況に疑問を持っていた。

「グリューン様はシャマタルが動くようであれば、呼応して動くと言っております」

 兵士はそう伝えた。

「グリューンさんがいれば、頼もしいですね。シャマタル独立同盟は出撃します。助力して頂けるなら、お願いしたいです、とグリューンさんに伝えてくれますか? 集合地点は東門です」

 それを聞いた兵士は「承知しました」言い、急いでグリューンの元へ戻った。

 

 クラナはふとやりたいことを思いつく。


「アーサーン、出撃の準備が整うまで私が外れても大丈夫ですか?」

 クラナは申し訳なさそうに言う。

「問題ありません。用意が整い次第、呼びに行きます。どちらにおられますか?」

「私自身の部屋にいます」

 アーサーンは「分かりました」と答える。

 各自が行動を起こす。

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