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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
110/184

ガンルレック要塞攻防戦二日目③~決断の夜~

 北の城壁。クラナの本営。

 ここにもルーゴン隊の奮戦の報は届いていた。

「どう思いますか?」

 クラナは皆に投げかける。

「いや~~、ルーゴン将軍は凄いですね。敵を圧倒しています。もうあの馬鹿に言うことはありません」

 言ったのはユリアーナだった。言い方には悪意が過分に含まれていた。

「今日のラングラムの動きは、乗せやすい敵を見極めるものです。こちらが指揮官不足と知ってのことなのでしょう。そして、それは露見しました。明日はルーゴン隊を狙ってくるでしょう」

 フィラックが指摘する。

「シュタット司令官から、ルーゴン将軍に対して勧告をしてもらえないでしょうか?」

 アーサーンが提案する。

「勧告程度で行動を改めるだけの頭があるとは思えないわ」

 ユリアーナの言葉は辛辣だった。

「私もユリアーナ殿と同意見です。さらに良くないことに今日の戦闘でルーゴンは戦果を挙げています。少なくともルーゴン自身はそう思っているでしょう。勝っている時に行動を改めるのは難しいことです。一応、シュタット司令官に我々の考えを伝えることはしますが、明日は荒れると思った方がいいでしょう」

 シャマタル独立同盟、そして、グリューンからも同様の意見がシュタットに伝えられた。

「なるほど最前線にいる方々は戦場の空気という良く知っている」

 シュタットは二通の書状を見て、苦笑した。

「感心してばかりもいられません。明日は足並みを揃えないといけません」 

 ハウセンが言う。

「もちろんそのつもりだ。その為にルーゴン将軍に対して、今日の出撃に対しての指摘をしてある。今後は司令部の命令がない状態で要塞の外に出てはいけないとも言ってある。返事はまだ帰ってきてないが…………」

 指令室のドアを叩く音がした。

「入れ」

 入ってきたのは、ルーゴンの元へ使わせた兵士だった。

「ただいま戻りました。ルーゴン将軍からの書状を預かっております」

 兵士の表情から、書状の内容が良くないことを容易に想像できた。

 書状を呼んだシュタットは苦笑した。

「見てもよろしいですか」

「構わない」と言って、シュタットはハウセンに書状を渡した。


『シュタット司令官は他者が武功を重ねることに嫉妬しているのであろうか。この要塞で最もリテリューン皇国に対して、戦果を挙げているのは我が隊である。各員はつまらない嫉妬心など捨て、我らを見習うべきである。我、勝てる戦で退く道理を知らず。故に方針を変えることはありえない』


 ハウセンは危うく書状を破ってしまうところだった。

「ルーゴン将軍を更迭しましょう!」

 ハウセンは激情のままに進言する。

 対して、シュタットは冷静だった。

「それは出来ない。そんなことをすれば、ルーゴン将軍配下の者たちが不満に思うだろう。今は内輪揉めをしている場合ではない」

 シュタットの言葉は最もだった。

 ルーゴンは最も戦果を挙げたために処罰もしにくかった。

「これも含めてラングラムの策だとしたら、奴はこちらの内情が透視できるかと疑いたくなる」

 シュタットは疲れた声で言う。



 夜、シャマタル独立同盟本営。

 クラナは主な指揮官を集めて軍議を開いていた。

「今日の戦い、私たちの弱点が見事に露見したわ」

 ユリアーナが苛立ちながら言う。

「ゼピュノーラ殿の言うとおりです。明日、ラングラムは何かを仕掛けてくるでしょう。そして、東門を崩すはずです。我々の選択肢は二つ。ルーゴン将軍に協力して、東門の崩壊を防ぐか。ルーゴン将軍が敗退した東門に来援して、リテリューン皇国軍を防ぐかの二択です」

「いっそ、あの馬鹿がいなくなった東門を私たちが守ればいいんじゃないかしら?」

 ユリアーナが提案する。

「無茶を言わないでください。我々の戦力では二方面を防ぐだけの兵力がありません」

「冗談よ」

 アーサーンに指摘され、ユリアーナは少し拗ねたように言った。

「結局我々は持ち場を守るしかありません。先の戦争とは違い我々に主導権はないのですから。シャマタル独立同盟としての行動の自由があるだけ、ありがたいと思うべきでしょう」

「なら、これ以上話すことはないんじゃないかしら。私たちはこの戦場を死守する。それだけよ」

「…………いえ、もう一つ話しておくべきことがあります。転戦を余儀なくされた時についてです」

 アーサーンの言葉に軍議場はざわついた。

「アーサーン、別に私は逃げることを恥だとは思いません。遠慮なく『敗走した時』と言っていいですよ」

 クラナが指摘する。

「では、遠慮なく申し上げます。要塞が陥落し、敗走をすることになった際に殿をする隊が必要です」

 アーサーンはなるべく平静を装い、淡々と言う。

 しかし、声は僅かに震えた。

「アーサーン、あなたがそれをやるというのですか?」

「いいえ、提案があった際に、私がやると言ったのですが、断られました」

 クラナはユリアーナに視線を移した。

 ユリアーナは驚き、「私じゃありません」という動作をする。

 そして、全員の視線がフィラックに集まった。

「どうしてですか?」

 クラナは悲しみ満ちた口調で言った。

「今のシャマタル独立同盟はクラナ様が必要です。失うわけにはいきません。あなたは生きなければなりません。私は前時代の人間です。次の時代を繋ぐためにやれることをするだけです」

「犠牲になるというのですか?」

「そうは言いません。ただもしもの時は最も危険な役割を引き受けると言っているのです」

「死地から帰ってくる気はあるのですね?」

「善処は致します」

 それを聞くと、クラナは声を振り絞った。クラナは自分の存在を嫌というほど理解している。自分が死ねば、シャマタル独立同盟が崩壊する。

「分かりました…………でも、約束してください。それは本当に最後の手段です。私は誰かを犠牲にするような策を使いたくはありません」

「無礼を承知で言わせて頂いてもよろしいですか?」

 フィラックの隻眼が鋭くクラナを捉えた。

「な、なんですか?」

 クラナは子供の頃、フィラックに悪戯を咎められた時のことを思い出す。

「あなたはその人柄と、あなたを支える人たちの力で英雄と呼ばれるまでになりました。あなたは自身の武力や知力で今の地位にいるわけではありません。あなたの裁量だけでは全てを守ることは出来ません。ここには個の武で戦局を覆すアレクビュー様も、天性の指揮を行うグリフィード殿も、高度な情報戦を行えるヤハラン殿もいない。そして、画期的な策を思いつくリョウ殿もいなくなった。今の我らが生き残るのには犠牲が必要になる局面もあると心得ていてください」

 クラナは何かを言おうとして、結局は言えなかった。何も言えなかった。

 ユリアーナも、アーサーンも何も言えなかった。

 ユリアーナはアルーダ街道で文字通り捨て身で戦った。

 アーサーンはシャマタル独立同盟を売ってでも、ファイーズ要塞に戦火が及ぶのを回避しようとした。

 二人は良将だが、戦局を覆すだけの器量がなかった。

 だから、目的を達成するために何かを犠牲にするしかなかった。

 だから、フィラックの言葉に対して反論しなかった。他の者たちもフィラックがここまで言うのを見て、発言をすることが出来なかった。

「私、自分の無力が情けないです」

「クラナ様は良くやっています。しかし、今回は相手が悪すぎます」

「…………分かりました」

 クラナは視線を落としながら、震える声で言った。

 この日の深夜、雨が降り始め、すぐに雷雨になった。緊張状態の兵士たちは雷の音に対して、過敏に反応した。そして、雨の音が全てをかき消してしまうので不安を覚えた。

「明日は荒れますね」とアーサーン。

「もう荒れているじゃない」とユリアーナ。

「分かっているでしょう。私が言っているのは戦場の話です」

「そうね…………」


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