ガンルレック要塞攻防戦二日目①~フィラックの覚悟~
リテリューン皇国軍の来襲から二日目。
「私たちはお茶でも飲んでいればいいのかしら?」
ユリアーナは暇そうに遠くを眺める。
リテリューン皇国は軍を三つに分けて、北の城壁以外を攻めた。
「どう思いますか?」
クラナがフィラックに尋ねる。
「不可解です。一万の兵を三つに分けてはさすがに兵力が少なすぎます。今日はどこの城壁も落とせないでしょう」
フィラックの断言通りだった。戦闘は全方面でイムレッヤ帝国軍が有利だった。
「もし敵が凡将なら手詰まりになり、愚を犯したと判断してもいいのですが、敵はリョウ殿さえ恐れるルルハルト・ラングラムです。この行動には意味があると思った方がいい」
シャマタル独立同盟の各員はリテリューン皇国の動向を注視することにした。
どうもリテリューン皇国軍が本気だとは思えなかった。
「これは明らかに撒き餌じゃないかしら?」
ユリアーナがきっぱりと言う。
それに、皆が同意する。
今日はこのまま終わる。だが、明日は何かが起きる。皆がそう予感する。
「アーサーン殿、ちょっと良いか?」
クラナたちが戦いを注視している隙に、フィラックがアーサーンに近づく。
やり方がどうもフィラックらしくない、と思ったアーサーンは静かにフィラックと共に姿を消した。
「あなたらしくないですね。どうしました?」
二人は人気のないところで話を始める。
「明日の為に出来ることをやるべき、と私は考えている」
「…………で、私に何をしろというのですか?」
「部隊の再編を頼みたい」
フィラックは三百名程度の名前が書かれた紙を、アーサーンに渡した。
「前々から準備はしていた。ここに名前がある者たちには了解を貰っている。この者たちを私の直属の部隊に再編してほしい」
「…………ここに名前が書かれている者たちはどういった者たちなのですか?」
「三十を超えて、子供がいる者たちだ」
アーサーンは深呼吸をした。やはりか、と思った。
「なるほど…………あなたはこの者たちと何をするつもりですか!」
アーサーンは興奮して、拳を近くの壁に叩きつけた。
「念のためだ。いざという時の捨て駒を決めておいた方がいい」
「あなたはシャマタル独立同盟の宿将です。捨て駒なら、私がなりましょう!」
「軍の編成と兵糧の管理のために、アーサーン殿は必須だ。ユリアーナ殿はまだ若く、帰りを待つ夫もいる。それにこういう役割は年寄りがやるべきだ」
「あなたにだって帰りを待つ人がいるでしょう!」
「フィーラには…………すまないと思っている。アーサーン殿になら分かるはずだ。全てを救うことが難しいことを。僚友を多く失う、そんな辛い経験をしたアーサーン殿なら」
「そうです。私はオロッツェ平原で多くの僚友を、それに私を連隊長に推してくれた最大の親友ユーラン連隊長を失いました…………あのような経験を二度としたくありません!」
「なればこそ、誰かが犠牲になるべきだ。死地に追い込まれた時、一瞬の決断が活路になり、一瞬の迷いが死へと繋がる。アーサーン殿なら分かるだろう?」
アーサーンは沈黙した。これ以上の抗議は無駄だと悟った。それにフィラックの言うことが正しいことは理解していた。
「…………分かりました。ただし、条件があります」
「なんだ?」とフィラックは返す。
「クラナ様、ゼピュノーラ殿、そして娘さんにも知らせることです」
「…………理由を聞かせてくれるか?」
「まず初めに司令官に作戦を話すのは当然でしょう。もし勝手に動いてしまえば、それは軍規が乱れることになります。リョウに続いて、あなたまで軍規を乱すつもりですか? ゼピュノーラ殿に伝えるのも同様の理由です」
「ルパに話す理由はなんだ?」
「娘さん、それだけでは理由になりませんか?」
アーサーンの口調は鋭かった。
「…………分かった。アーサーン殿の言い分は筋が通っている。今日の夜の軍議で私からクラナ様達に話そう。編成の件、よろしく頼む」
「念のため申し上げますが、娘さんにもきちんと話してください」
「もちろんだ。そちらは私の都合でやらせてもらう。伝えないということはないので、安心してくれ」
「あなたの言葉なら信じられます。…………では、私は編成に行くので失礼します」
アーサーンはその場から立ち去った。
「そういえば、アレクビュー様から貰った酒をまだ飲んでいなかったな…………」
フィラックは呟いた。