ガンルレック要塞攻防戦~クラナとユリアーナ~
リテリューン皇国軍来襲の一日目の夜は、不気味なほど静かだった。
遠くにリテリューン皇国軍の野営の光が見える。
「あいつら、意地悪く夜も何か仕掛けてくると思ったけど、静かじゃない」
ユリアーナは干し肉を囓りながら、遠くの光を見つめる。
「ゼピュノーラ様、お休みになってはいかがですか?」
兵士はユリアーナを気遣った。
「ありがとう。でも大丈夫よ。さっき少し寝たし、狂った医者に変な薬を塗られたせいか、体が火照って寝る気にはならないわ」
「狂った医者?」
兵士は不思議そうな顔をした。
「こっちの話よ」とユリアーナは返した。
その後もユリアーナは見張りを続けた。空が僅かに明るくなった頃、睡魔に襲われる。
「結局、何もなかったわね」
ユリアーナは大きな欠伸をした。
「ゼピュノーラ様、さすがに休まれては? そろそろ交代の兵士も来る時間です」
「そうするわ。朝になれば、アーサーン連隊長も来るでしょうし」
ユリアーナは見張り台から降りる。
井戸で水を汲み、周囲を一度確認してから、防具と服を脱いで体を拭く。
そして、自分の部屋へ向かう。
「あら?」
人影が見えた。
「クラナ様、早起きですね」
クラナだった。
「ユリアーナさん、おはようございます…………」
クラナの声に元気はなかった。目の下にはクマができていた。
ユリアーナは状況を理解した。
「ユリアーナ様、私の部屋来ませんか? 誰かと居たい。そんな日もあるでしょう?」
「…………ありがとうございます」
ユリアーナはクラナの手を引っ張って、自分の部屋まで行った。
「でも意外ですね。そんな状態になる前にルパちゃんの所に駆け込むと思いました」
「えっと、同じ日に二回も頼るのは気が引けたので…………」
その結果、寝られず、気分を紛らわせる為に彷徨うことを選択した。
あの子ならそんなことを気にしないのに、とユリアーナは思う。
「クラナ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。怪我はありません」
「いいえ、クラナ様は大きな傷を負いました。人を殺すということは異常なことです」
クラナの顔が引きつった。
「情けないですよね。ユリアーナさんはあの過酷な、いえ、もっと過酷な環境にいたのに…………私はたった一回のことで…………」
「私が初めて人を殺した時は三日寝れませんでした」
ユリアーナの宣言にクラナは驚いた。
「寝れるようになってからもしばらくは殺した相手が夢に出てきました。誰だって人を殺したら、それだけの苦痛を感じます。クラナ様が弱いわけではありません。私は平気で人を殺す人間の方が嫌です。それは人間ではなく、化け物です。だから弱くてもいいんですよ」
クラナの表情が少しだけ緩んだ。
「さぁ、今日も生き残らないといけません。少しでもいいから寝てください」
ユリアーナはクラナをベッドへ案内する。
「あ、あの、ユリアーナさん、出来れば一緒に居てくれませんか?」
クラナの体は震えていた。
「…………分かりました。それでクラナ様が安心できるなら喜んでお供します」
ユリアーナはクラナの隣で横になった。
「誰かと一緒に寝るのは久しぶりです」
クラナはユリアーナにくっつく。震えていた。
「リョウとは一緒に寝てないのですか?」
「…………」
その質問にクラナは顔を赤くした。
「あっ、ごめんなさい。ちょっと踏み込みすぎました」
ユリアーナは慌てて、付け足した。
「いえ、大丈夫です。リョウさんはあんまり一緒に寝てくれないんです」
「まったく、あいつったら…………こんなに健気な奥さんをほっといて…………」
「早くユリアーナさんとローランさんのような関係になりたいです」
「私たちはあんまり良い例じゃないですよ」
「そんなことないです。…………ちょっと話をしたら、眠くなりました…………」
クラナの震えは止まっていた。そして、安心して寝てしまった。
「英雄の寝顔には見えないわ。普通の年頃の女の子の寝顔…………」
ユリアーナはクラナを抱くようにして、自身も眠りについた。
「お二人とも、朝ですよ。起きてください」
クラナとユリアーナは反応しなかった。
「…………寝起きの一杯を鼻から流し込みますよ」
「「!!!」」
二人は身の危険を感じ、飛び起きた。
「ル、ルパちゃん!?」
「おはようございます。クラナ様、ユリアーナ様、二人とも旦那がいないからって、二人で慰めあっていたのですか?」
「ち、違います!」
「違うわよ!」
二人は顔を真っ赤にした。
「とにかく早く着替えた方がいいですよ。それから、これをどうぞ。目が覚めます」
ルパは二人に飲み物を手渡した。
「「…………」」
二人は黒い液体を凝視した。
「なんですか。早く飲んでください」
「ありがとう、頂くわ……って、なるほど、あなたを信頼していると思う!?」
ユリアーナは疑いの視線を、ルパに送った。
「体、すっかり良くなっていると思いますけど?」
「そ、それはそうだけど…………」
「大丈夫です。それは自信作ですから」
「私、いりません」
クラナは黒い液体をルパに突き返した。
「返品はやっていないので飲んでください」
「無理無理無理です! 絶対、碌なことになりませんよ!」
拒絶するクラナとは裏腹に、ユリアーナは黒い液体を見つめていた。
そして、それを一気に飲み干した。
「ユ、ユリアーナさん!?」
クラナは驚きの声を漏らす。
「苦っ、独特の味ね。でも、確かに目は覚めそうだわ」
「ありがとうございます。ほら、クラナ様もどうぞ」
ユリアーナの反応を見たクラナは、この黒い液体が予想よりも危険でないと理解ができた。それでも飲むのには躊躇いがある。
クラナは飲む前に大きく深呼吸をした。
「…………苦いです」
クラナは顔を歪めた。
「さて、行こうかしら。楽しい二日目が始まるわよ」
ユリアーナは立ち上がり、剣を手に取った。