ガンルレック要塞攻防戦一日目⑧~両軍の報告~
一日目の戦闘が終わった。
フィラックは戦後報告のためにシュタットの元を訪れた。
「さすが、と言うべきですね」
一日の戦闘経過を報告するとシュタットはフィラックとシャマタル独立同盟に対して、賞賛の言葉を送った。
「我々は頑張った。それは事実です。しかしながら、リテリューン皇国軍には違和感がございます」
フィラックは勝利に沸くことも、安堵することもなかった。フィラックの隻眼は今後の展開を見つめる。
「違和感、とはなんですか?」
「はい、これは敵がこちらを探っているときに感じるものです。ラングラムは明日以降、他の城壁へ攻撃を仕掛ける可能性が高いでしょう。乗せやすい敵がいないかを探っているのです」
「レウス殿には何か懸念があるようですね」
「失礼ながら申し上げます。司令官殿とグリューン殿は問題ないでしょう。不安があるとすれば…………」
「ルーゴン将軍ですね」
「はい」
二人の老将はルーゴンに対して、辛辣な評価を与えた。
「実力がなく、それなのに多大な戦果を欲しがる。兵を損なう愚将の典型のような男です」
シュタットがキッパリと言う。
「いっそのこと、指揮権を剥奪してしまっては?」
フィラックの提案に対して、シュタットは首を横に振った。
「ルーゴンは意外なことにあれで部下からは慕われているのです。同僚や上官に対しては反骨心を見せますが、部下に対しての気前がいいのです。まぁ、優越感に浸っているだけかもしれませんが」
「そうでしたか。部外者が出過ぎたことを申しました」
「いえ、そんなことはありません。私からすれば、レウス殿ほどの方に、私のような者が指図をして申し訳ない。全員が納得するなら、あなたに要塞防衛の全指揮権を譲渡したいくらいです」
それを間近で聞いていたハウセンは難しい顔をする。
「私は大将の器ではありません。それに引退した身です」
「とは言いますが、なぜまた戦場に戻られたのですか? 片目を失った時に引退したと聞いておりました」
「詳しいのですね」
「ええ、まぁ…………」
シュタットは視線を逸らした。
「シャマタル独立同盟は世代交代に入っていました。国が豊かになり、若い将が育った。手負いの年配者が身を引くにはあの時期は丁度いいと思ったのです。しかし、敗戦で多くの者が死んだ。それにクラナ様が今ではシャマタルの英雄となった。私は『主に尽くす』ことが仕える者の生き方だと思いました。しかし、違う生き方、『主を支える』というあり方もあると気付けたのです。クラナ様が必要とする限り私は微力を尽くすつもりです」
「そうですか。何はともあれ、あなた方が要塞に残っていてよかったと思っています。心強いばかりです。ルーゴンには私の方から厳命を伝えておきましょう。我々は勝つ必要はない。持ち堪えていれば、必ずカタイン将軍が来援してくださる」
シュタットの戦略は人は消極的だと非難するかもしれない。
しかし、力量と兵力で勝る敵に対して唯一取れる正しい選択だった。それは自身を凡人だと認められるから出来ることであり、シュタットの少ない長所だった。
リテリューン皇国軍、ルルハルト本陣。
「北の城砦は堅固で隙が無いと思います」
今日の戦闘で前線指揮を行っていたシックルフォール将軍が報告する。
シックルフォールは三十六歳の若い将軍である。元々はリテリューン皇国の人間ではなく、才覚で成り上がった。ルルハルトは身分や性格に囚われず、有能な人材を集めることに意欲的だった。自国の兵士や傭兵を捨て駒にするのに対して、直属の部下を重宝する。ルルハルト陣営に長くいるということは、それだけでルルハルトが評価しているということになる。
しかし、そんな人物は少なかった。大抵はルルハルトに無能と判断され、切り捨てられるか、更迭されるか。もしルルハルトが有能だと評価してもルルハルトの苛烈で非情な行いに耐え切れずに離れていく。
その為、ルルハルトの中核には行く当てのない異国の人材が多く集まった。
「北の城壁の要はあのお姫様だ」
ベルリューネは言う。彼の言うお姫様はクラナではなく、ユリアーナのことだった。
「あの姫様がいなくなれば、前線を支える勇者は居なくなる。ああいった場所での戦闘は個人の力が大きいものだ」
「最もかもしれませんが、ユリアーナ・ゼピュノーラの武勇は侮れない。もし、あなたに何かがあれば、我らの士気にかかわる」
シックルフォールは無表情のまま、淡々と言った。
「ずいぶんとお姫様の肩を持つじゃねぇか。将軍はもしやゼピュノーラの出身か? そういえば、フェーザ連邦の出身だとは聞いていたが、フェーザ連邦のどこかまでは聞いてなかったな」
「出身ついて、今、話すことではない。…………話を戻そう。北の城砦は無理攻めするべきではない。大きな痛手を被ることになる」
シックルフォールは言い切った。
「シックルフォール将軍の言うとおりである」
それに賛同する者がいた。ルルハルトである。
「北の城砦の攻略は現状不可能だ」
この宣言に全員が動揺した。非情で冷徹なルルハルトに兵士が付いてくるのは、どんなに不可能と思われることでも成しえたからである。そのルルハルトが早々と敗北宣言をした。少なくともほとんどの者はそう思った。
動揺は波及するかに思われたが、
「別に北の城砦に拘ることはない」
この一言で今度は全員が静かになった。
「明日の行動を指示する。全員、従ってもらう。そうすれば、勝てる」
ルルハルトは感情の欠落したいつもの口調で宣言した。それはいつもの光景だった。