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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
104/184

ガンルレック要塞攻防戦一日目⑥~ユリアーナの災難~

「何とかなったみたいね…………」

 ユリアーナは、二人のいる部屋の外で腰を下ろしていた。

 趣味が悪いと思いながら、クラナとルパ、二人の会話を聞いていた。

「情けないけど、クラナ様がいないとシャマタル独立同盟は成り立たないわ。本当に良かった…………」

 ユリアーナは急に睡魔に襲われた。久しぶりの戦場は、少しだけ緊張した。少しだけ気を張っていた。少しだけ勘が鈍っていた。少しだけ体が鈍っていた。

 多くの『少しだけ』がユリアーナに大きな負荷をかけた。唯一心配だったクラナのことも解決し、ユリアーナはホッとした。ルパの部屋の外で、ユリアーナは寝てしまった。



「ここはどこかしら? って、私、寝ちゃった!?」

 ユリアーナはすぐに起き上がろうとしたが、それは出来なかった。

「これは一体…………」

 ユリアーナは両手両足を広げた状態で、拘束されていた。手足を拘束している縄は力では解けそうになかった。

「目が覚めましたね」

 ユリアーナの視界にルパが入った。

「これはどういうつもりかしら?」

 ユリアーナは混乱する一方だった。

「ゼピュノーラ姫、こうやってまともに話すのは初めてですね」

「ごめんなさい。私の常識では拘束された状態での会話はまともは言わないけど!? それに急展開過ぎて、気付かなかったけど、私、裸!」

「いえ、下着は付けているじゃないですか」

「下着しかつけてないって言ってくれるかしら!? ねぇ、私、あなたに恨みを買うようなことしたかしら?」

「いいえ、それどころか、クラナ様やシャマタルを救ってくれたことに関して、感謝しかありません。ゼピュノーラ姫が行動を起こさなければ、あの奇跡はありえませんでしたから」

「なら、この拘束を解いてくれるかしら? というか、寝ている私を随分手際よく運んで、拘束したわね!?」

「協力者がいましたから」

 ルパは目を移した。ユリアーナは首を動かし、ルパの視線の先を見た。

「クラナ様?」

 ユリアーナと目が合ったクラナは、ビクッとした。何があったのか、柱に腕を回した状態で手首を縛られていた。

「ご、ごめんなさい! まさか、こんなことになるとは思わなかったんです!」

「んっ? んっ!?」

 ユリアーナは訳が分からなかった。

「ゼピュノーラ姫、だいぶ混乱しているみたいですから、説明してあげますね」

 ルパは説明を始めた。その間、手際よく何かの薬品を用意していた。



 ユリアーナが拘束される三十分程前。

「さて、もう一杯、同じものを入れてきますから待っていてください」

「ありがとうございます」

 クラナはやっと気持ちを落ち着かせることが出来た。まだ、目は赤く、顔から血の気は引いていた。人前に出るのにはもう少し時間がかかる。

 

 ドサッという音がした。部屋の外からである。


「今のは?」

 クラナが言う。

「ちょっと見てきます」

「それなら私が…………」

「もしも兵士の方だったらどうするんですか? そんな顔を見たら、みんなを不安にしてしまいます」

「………はい」

 ルパはドアに近づき、少しだけ開けた。

「この方は…………」

 そこにはユリアーナが寝ていた。汗と血と土の臭いがした。

「こんな状態で寝れるなんて逞しいお姫様ですね…………そうだ」

 ルパはあることを思い付いた。

「クラナ様~~、ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」

「な、なんですか? って、ユリアーナさん!?」

「しーっ、静かにしてください。疲れて寝ちゃっているみたいなんです。だから、私のベッドへ運びましょう。手伝ってくれますか?」

「はい」

 クラナはルパに従い、ユリアーナを運んだ。

「っと、防具を着ていたら、寝苦しいですね。防具、それと汗で冷えてもいけませんから、下着以外も脱がしちゃいましょう」

「えっ、大丈夫ですか?」

「医者の言うことが聞けないんですか? 指揮官が風邪を引いたら、大変じゃないですか」

「言われてみれば、そうですね」

 クラナとルパは、ユリアーナの服を脱がした。

 そして、ベッドに寝かせる。

「これでいいんですよね?」

「はい…………ところでクラナ様、ちょっとこっちの柱に手をまわして、手首を合わせてみてくれませんか?」

「へ? 別にいいですけど、なんで…………」

 ルパはクラナの手首を拘束した。柱に手を回したせいで、クラナは身動きが取れなくなった。

「ええっ!? これは何ですか!? って、ルパちゃん、その縄は?」

「実験、いえ、医療中に暴れられても面倒なので…………」

「んっ!?」

 クラナは寒気がした。ルパの瞳が、クラナに薬を進めてくる時と同じだったからである。



 そして、現在である。

「巧妙な罠に嵌められたんです…………」

 クラナの声は震えていた。自分は騙された、自分は悪くない、と主張したそうだった。

「そうですねー、仕方ないですねー」

 ユリアーナは虚ろな瞳で、投げやりに言う。

「で、私は拷問でもされるのかしら?」

「そんなことしませんよ。私は医者です。これからやるのは医療行為です」

「ごめんなさい。私の知る限り、拘束されて行う医療行為って聞いたことがないのよ」

「暴れられても面倒ですから」

「それって、本当に医療行為!?」

「ユリアーナさん、相当、勇ましく戦ったんですね」

 ルパはユリアーナの体に触れた。

 ユリアーナはピクリとし、「あっ!」と思わず声が出てしまった。それが恥ずかしくて、ルパから視線を逸らす。

「擦り傷が三カ所、切り傷が二カ所、浅いですが、刺し傷もありますね」

「これくらい、いつものことよ。私は頑丈なの」

「しかし、傷をそのままにしておくのはいけません。私が治療してあげます。クラナ様の友人なので、無償でやります。お得でしょ?」

「あなたの悪名は聞いているから、嫌な予感しかしないんだけど?」

「へ~~、どっから漏れたんでしょう。情報の漏洩は重罪ですね」

 ルパはクラナに視線を移した。

 クラナは、ビクッとした。

「今、追及するのは止めておきましょう。さて、治療を始めますか。あっ、舌を噛むといけませんから、これでも噛んでいてください」

「えっ、ちょっと…………」

 ルパはユリアーナの口に布を噛ませて、固定させた。

「む~~!」

「何か言いたそうですが、もう分かりません。まずは殺菌ですかね」

 ルパは消毒剤(酒)を布に含ませ、ユリアーナの患部にあてた。

 ユリアーナは一瞬だけ、ピクリと動いただけだった。

「これくらいなら暴れませんか」

 ルパは悪役っぽい笑みを浮かべた。

 ユリアーナはルパを睨みつける。

「あ~~、良いですね。その不安と怒りが混ざった瞳、一体これからどんな瞳に代わっていくか。考えただけで興奮してしまいます」

 といか、完全に悪役だった。

「さて、次はいよいよ、私特性の薬の登場です」

 ルパが手に取ったのは、ドロッとした濃い緑色の液体の入った容器だった。強烈な臭いがした。

 多くの戦場を切り抜けてきたユリアーナは、それが危険なものだと直感した。

「む~~! む~~!」

「あぁぁ、良いですね。やっぱりに薬は人間に対して、使うのが一番面白いです。動物は鳴くだけで反応が面白くありませんから。本当は悲鳴(かんそう)を聞きたいんですけど、このままで我慢します」

 ルパは緑色の液体を布に染み込ませながら、うっとりとした表情をした。ユリアーナの知る限り、苦しんでいる人間に、こういった表情を向けられる人種は碌な奴がいなかった。一番身近な例はルピンである。

 ルパは一番小さい傷口に緑色の液体を塗った。

「ヴォ~~~~!!?」

 ユリアーナは堪らず、叫んだ。傷口に激痛が走り、熱を感じる。と、思ったら、ヒンヤリとして、物凄く痒くなった。

「ぬーー!」

 ユリアーナは精一杯、暴れたが拘束は解けなかった。

「なるほど、こうなるんですね」

 ルパは冷静にユリアーナを観察していた。

 ユリアーナはルパを睨みつける。

 クラナは眼を閉じて、ガクガクと震えていた。

「さて、次、行きましょうか」

「ぬっ!?」

「えい」とルパは別の傷口に緑の液体を塗った。

「ヴォ~~~~!!」

 ユリアーナはまた絶叫した。

 それが何度も繰り返されたが、次第にユリアーナの反応は薄くなっていった。

「叫び疲れちゃいましたか? それとも慣れました?」

 ユリアーナは、無言でルパを睨んだ。

「でも、最後に残ったこの傷口の治療をした時、どんな声を上げますかね?」

 ルパは刺し傷の周りをスーッと人差し指で一周させた。ユリアーナの顔から血の気が引いた。

 ユリアーナはブンブン、と首を横に振った。

「すいません。なんて言っているのか分かりません」

 ルパは笑顔で答えた。

「たぶん、やめてって言っているんだと思います…………!」

 クラナは恐怖に引き攣る顔で言った。

「えっ、そうなんですか」

 ルパはユリアーナに視線を移した。

 ユリアーナはコクリコクリ、と頷いた。

「そうだったんですね。まぁ、やめませんけど」

 ルパは刺し傷に薬を塗った。

「ヴァ~~~~~~~~~~!!!!」

 ユリアーナは今まで以上の絶叫して、ガクッと体から力が抜けた。

「気絶しちゃいましたか。この薬は失敗ですね」と冷静に言うルパ。

「ユリアーナさ~~ん!」と涙目で叫ぶクラナ。



「私は…………」

 ユリアーナは再び目を覚ました。

「何かとってもひどい目に遭ったような…………」

 ユリアーナは額に手を当てて、あったことを思い出そうとする。

「ただの医療行為ですよ」

 その声にユリアーナは寒気がした。

「そんな目で睨まないでください。傷、塞がっているでしょう?」

「えっ?」

 ユリアーナは傷口を確認する。痛みも熱も痒みもなかった。

「私、三日ぐらい寝てたの?」

「三時間くらい寝ていましたよ」

 ルパは窓を開けた。外はすっかり夜になっていた。

「というより、三日であの傷が治ると思っているあなたに驚きですね。それにいくら、薬が効いているからって、三時間でここまで治るとは思いませんでした。あなた、本当に人間ですか?」

「人を縛って、悦楽に浸っていた人間に言われたくないわね。でも、素直に感謝するわ。傷が無ければ、また明日も思う存分戦えるもの」

「そうですか。怪我をしたら、また治療してあげますよ。それにこの薬はユリアーナさん、専用にします。普通の方に使ったら、刺激が強すぎて死んでしまいそうですから」

「ごめんなさい、今その薬を見せないでくれるかしら。気分が悪くなりそう」

 ユリアーナは嫌そうな顔をした。

「ところでクラナ様は?」

「戻りました。あなたのことを心配していましたけどね」

「そう」とユリアーナは返した。

「それ以上は聞かないんですか?」

「戻った、それだけ分かればいいわ。あなたは怒っているかしら。クラナ様に大変な役割を作った私たちに」

 ユリアーナは、先ほどドアの向こうで聞いていた「一緒に逃げますか?」という会話の内容からそんなことを思った。

「そうは思いません。今のクラナ様はやることを見つけて、生き生きしています」

「そういって貰えると少しは気が楽だわ。鎧はどこかしら? 私も戻らないと、ね」

 ユリアーナは立ち上がった。


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