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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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ガンルレック要塞攻防戦一日目⑤~クラナの向かった場所~

 ユリアーナはクラナを探した。

 しかし、どこにもいなかった。

 最後にクラナを見たという兵士は、クラナが一人になりたいと言っていたと証言した。

「いったいどこに行ったのかしら?」

 ユリアーナは考える。リョウはいない。今、フィラックと顔を合わせたくないはずだ。アーサーンの所という可能性も低い。

「もしかして…………」

 ユリアーナは一つの場所が浮かんだ。



「で、なぜシャマタル独立同盟の司令官が敵前逃亡して、謹慎中の私のところにいるのですか?」

 そこはルパが謹慎している部屋だった。謹慎といっても、ある程度の行動の自由は約束されていた。ルパはこの部屋で薬の調合をしていた。

「あ、あの、はっきりと言わないでください…………自分でもいけないことだって分かっています」

「ベルガン王国なら斬首」

「はい?」

「イムレッヤ帝国なら刺殺刑、フェーザ連邦なら絞首刑、リテリューン皇国なら自刃ですね」

「あ、あの、何の話をしていますか!?」

 クラナの顔が青くなった。

「えっ、逃走した兵士の処遇に関する話ですよ」

 クラナはビクンと跳ねた。

「あ、あのシャマタル独立同盟はどうなるのでしたっけ?」

 クラナは脂汗を額に光らせながら言う。

「安心してください。シャマタル独立同盟は優しいですよ」

 ルパは甘い香りのする飲み物をクラナの前に置いた。

「服毒自殺です」

「ごめんさない! 何でもしますから! まだ死にたくないです!」

 クラナはルパの足元にしがみ付いた。英雄とは程遠い姿だった。

「…………別にクラナ様に毒を盛ったりはしませんよ。冗談です」

「冗談に聞こえなかったんですよ!」

「とりあえず、それを飲んでください。少しは心が落ち着くはずです」

 クラナは飲み物を凝視した。

「あ、あの、この飲み物、大丈夫ですか?」

「だから毒なんて持ってませんよ」

「いえ、ルパちゃんはいつも私に毒みたいなものを飲ませているじゃないですか?」

「えっ、それは毒を飲んでみたいっていう振りですか?」

 ルパはジト目で言う。

「い、頂きます!」

 クラナは出された飲み物に口を付けた。動物の乳、それから蜂蜜の味がした。他にも何かが入っているみたいだが、クラナに分かったのはそこまでだった。それはとても優しい味だった。

「少しは顔色が良くなったみたいですね」

「ありがとうございます。ルパちゃん、私…………」

「とりあえず顔と髪を拭きましょうか。血がべっとりついていますよ」

 ルパは濡れた布でクラナの髪と顔を丁寧に拭き始めた。

「ありがとう、ございます…………」

 クラナは泣き始めた。

「まったくこんな姿、皆さんには見せられないですね。…………人を殺した感覚はどうですか?」

 ルパは冷たい声で言った。

「まだ、私は何も…………」

「こんな姿で私のところに来たんです。なんとなく分かりますよ」

「…………私が剣を刺した時、相手の方は生きていました」

「当然ですね」

「私の剣を伝って、相手の体が動いていたのが分かりました。でも、すぐに弱くなって、何にも感じなくなりました。私にのしかかった相手の体をどけた時、脱力しきっていて、何の力も感じませんでした。空っぽでした」

「それが死というものですよ」

「まだ、あの感覚が残っています。あの嫌な感覚が残っています。でももっと嫌だったことがあります」

「……………………」

「私、安心……していた……んです。人を殺した……のに自分が生き……生き残れた……ことにホッと……していました…………信じられない……かもしれませんが、笑いそうになったんですよ…………」

 クラナの顔はぐちゃぐちゃだった。声は掠れていた。

「自分が分かりません。自分が怖いです」

「生きれたら、安心する。人間なんてそんなものですよ」

 ルパはあっさりと言った。

「本来死ななければならないほどの業があっても、なかなか死ねないものです。他者を犠牲にしてでも生きたいと思ってしまうものなんですよ」

 ルパは両手の手袋を外して、クラナの両頬にあてた。

「私は生きていちゃいけないほどのことをしました。私の信じた神に背いて、私を育ててくださった両親を…………でも、私は生きています。母さんが、優しく生きていい、と言ってくれました。父さんが、不器用そうに家族になろう、と言ってくれました。だから私は自分を落ち着かせて、絶望を乗り越えることが出来ました。もし、クラナ様が立ち止まりそうなら、私がクラナ様を肯定します。どんなことがあっても生きてください。生きるためには苦しい思いをするでしょう。でも、乗り越えてください。生きていないと笑えません。生きていないと泣けません」

 ルパはクラナを抱き締めた。

「それが無理なら二人で逃げちゃいますか?」

 ルパは囁いた。

「もしかしたら、逃げ切れるかもしれませんよ。その後はどこか戦争とは無縁の小さな村にでも身を潜めて…………私には薬学がありますから、それなりに生計を立てられると思います。クラナ様は……そうですね。体を使うのが好きですから、意外に何かの職人になれるかもしれません。初めは二人で何とか暮らして、余裕が出来たら、恋愛なんかして、リョウさんのことなんか忘れて、私も今までのことなんて無かったことにして、この両手だって薬品を零してこうなってしまった、って言えば、馬鹿で優しい人が同情して、私を貰ってくれるかもしれません。そしてら、お互いに家庭を作って、お互いの夫や子供の自慢や愚痴を言いあったりして……そんな風に暮らして、夫が死んでも私たちはしぶとく生きていて、あっちが痛い、こっちが痛い、とか言いながらお婆ちゃんになっていく。そんな未来どうですか?」

「素敵…………ですね」

 クラナは掠れた声で言った。

「でも、駄目です。私は色々な方に生かされて、今、ここにいます。私は、私の大切な人たちを裏切れません。それに私は…………」

 クラナは真っすぐにルパを見た。

「リョウさん以外の人を夫と呼ぶつもりはありません。私はリョウさんが大好きです」

「…………そうですか。私には、未だにクラナ様がなんでリョウさんをそこまで思えるか分かりません。けど、私には分からないものをクラナ様は知ったのですね」

「もう一度、リョウさんに会いたいです…………」

「なら、やるべきことは決まっています。それは残酷で、過酷で、苦痛です。でも、やり遂げなくちゃいけません。折れそうになったら、私や父さんを頼ってください。他にだって頼りれる方はたくさんいます。クラナ様一人に重り荷を背負わせたりはしません」

「ルパちゃん…………!」

「はい」

「ルパちゃん、ルパちゃん…………!!」

「はいはい」

 クラナは泣いていた。

 ルパは年上のクラナの頭を優しく撫でた。

 ガンルレック要塞攻防戦、初日、クラナは過酷な一歩を踏み出した。


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