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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
102/184

ガンルレック要塞攻防戦一日目④~クラナの初体験~

 北の城砦、ユリアーナのいる戦場。

「新手が別のところに梯子をかけたわね…………」

 ユリアーナは敵の動きに気が付いた。いくつかの小隊を率いて、新たな敵の迎撃に向かうべきか考える。現在、ユリアーナがいる戦場はシャマタル独立同盟側が優勢であり、もう少しでリテリューン皇国軍を完全に押し返せそうだった。

「正直、ここの戦場が決着してから行きたいわ。でも、それだと手遅れよね」

 ユリアーナが仕方なく、戦力を分散させようとした時だった。

「報告します。ネジエニグ司令官が来援致しました!」

 ユリアーナは兵士から報告を受けた。

「クラナ様が…………!?」

 ユリアーナは動揺した。

「ゼピュノーラ様?」

「何でもないわ。みんな、聞いたかしら!? 英雄クラナ・ネジエニグ司令官が前線に立ったわよ! 私たちも負けていられないわ。敵を押し返すわよ!!」

 ユリアーナの一喝に呼応して、シャマタル独立同盟軍は攻勢に出る。その勢いは凄まじくリテリューン皇国軍は次々に敗退していく。すでに挽回する力は残っていなかった。この日の戦いの命運はすでに決していた。

 しかし、ユリアーナは不安を感じていた。

「クラナ様…………」

 クラナの剣の実力は問題ない。ユリアーナが不安だったのは、精神的なものだった。クラナは今まで敵を殺すつもりで剣を振ったことがなかった。その機会がなかった。

「ゼピュノーラ様が敵を押し返しました」

「そうか、我々も負けていられない」

 アーサーンはユリアーナに連動して、攻勢に出た。

 すでに城砦の上の戦いはほとんど終わっていた。

 終わっていなかったのは、クラナを狙うリテリューン皇国軍の部隊だけだった。

 クラナに対して殺到するリテリューン皇国軍を、シャマタル独立同盟軍は防いで押し返していた。クラナは何か特別なことをしていたわけでない。もっと言うなら、何もしていなかった。前線に立っていただけだった。それだけで味方の士気が上がる。

「これが私という偶像の力ですよね…………」

 クラナは自嘲気味に苦笑した。

 戦いは簡単に終わりそうだった。

 しかし、そうはならなかった。

 退路を失ったリテリューン皇国軍の兵士十数名がクラナ目掛けて、突進してきた。それはクラナを守る兵士たちによって止められたが、一人が突破し、クラナの目前まで迫った。

「クラナ様、お逃げください!」

 味方の兵士の一人が叫んだが、クラナは逃げなかった。逃げるなら、初めからここにはいない。

 クラナは剣を振った。最初の一撃でリテリューン皇国の兵士の剣を弾き飛ばして、喉元に剣を突き付けた。

「今日の戦いは決しました。悪いようにはしません。降伏してください」

 相手は剣を持っていない。戦況は決している。だから、降伏する、とクラナは思ってしまった。

「甘いな!」

「えっ!?」

 リテリューン皇国の兵士は、クラナに殺意がないのに気付いていた。クラナの剣を手で払った。そして、短刀を抜いて、クラナに襲い掛かった。

「シャマタル独立同盟の司令官、打ち取った!」

 敵の男は勝利宣言をした。

 クラナは咄嗟に避けて、尻餅をついた。

「往生際が悪い!」

 男はクラナを追撃する。

 短刀はクラナの目前まで迫っていた。もう逃げ場所がなかった。

 ここで死んだらすべてが終わる。

 もうリョウにも会えなくなる。


 クラナの中で何かが吹っ切れた。生まれて初めての感情に体が支配された。


「それは…………嫌、です!」

 クラナは男に対して、剣を突き立てた。それは明確な殺意のこもった一撃だった。

「ぐふっ!?」

 クラナに襲い掛かった男は吐血した。クラナの剣が男の喉に深々と刺さっていた。

 男が吐いた血がクラナの兜にかかる。血は兜の隙間から入り込んだ。それは生暖かく、嫌な臭いがした。

「はぁ…………はぁ…………」

 クラナはのしかかっていた男をどけて、立ち上がった。

 鼓動が早い。視界がぼやける。耳鳴りが酷く、周りの音が遠くに聞こえた。体は震える。吐き気もあった。クラナは経験したことのない欠落感に襲われた。

「あっ…………あああああ!」

 クラナは咆哮した。行き場所の無い感情が爆発した。

 それを見た味方は困惑し、敵は威圧されて戦意を完全に失った。

「クラナ様!」

 ユリアーナが来援する。辺りの状況から何があったかを理解した。

「アーサーン連隊長、聞こえるかしら!」

 ユリアーナは声を張った。

「聞こえています!」

 少し遠くから声がした。

「私はクラナ様と一緒に退くわ。ここを任せていいかしら!?」

「了解しました」

 ユリアーナは護衛の兵士を数名連れて、クラナと共に戦場を離脱した。

 安全なところにまで退くと、ユリアーナは単身でシャマタル独立同盟の本陣まで行った。

「フィラック様はいるかしら!?」

 ユリアーナの形相を見た兵士は、彼女のことを知っていてもこのまま通すことを躊躇った。

「いい、通せ」

 フィラックが出てくる。

「フィラック様、なぜクラナ様を前線に送ったのですか!?」

「クラナ様自身が望み、私が許可したからです」

「クラナ様は人を殺したことがなかったんですよ」

「知っております」

「だったらなぜ…………」

「誰にでも超えるべき試練はあるでしょう。望む、望まない関係なしにクラナ様は次の時代の柱になるでしょう。簡単に折れてはいけません。クラナ様は強くならないといけません。もし、それが嫌なら軍人など引退すべきです」

「それは…………」

「戦場が甘い場所でないことはユリア―ナ殿もよく分かっているはずです。クラナ様がこれからも戦場に立つなら、どこかで超えるべき壁はあります。ただ、クラナ様には負荷がかかってしまったようです。ユリアーナ殿、クラナ様のことをお任せしてもいいでしょうか。今、私と顔を合わせるのは気まずいでしょうから」

「…………分かりました。その代わり、シュタット司令官への報告はフィラック様に任せてもいいでしょうか?」

「かしこまりました」

 ユリアーナは、クラナのところまで引き返す。

「クラナ様、壊れては駄目です。だって、リョウに会って言いたいことが山ほどあるでしょ!?」

 ユリアーナは戦いの疲れなど忘れて走っていた。

 その日のシャマタル独立同盟の被害は死者無し。重軽傷者も百に満たなかった。ほぼ完勝といっていい戦果だった。それでもシャマタル独立同盟内に嫌な空気が流れた。クラナを身近で見ていた者が「ネジエニグが負傷して戦場を離脱した」と言って、それがシャマタル独立同盟全体に広がったのである。


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