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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
雄飛編
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ガンルレック要塞攻防戦一日目③~北の城壁~

 クラナたちはルルハルトがどんな策をもって、要塞を攻略するかを考えた。ルルハルトは人道に反することを平気でやる。どんなことをするか、予想をしても、し尽せない。

 しかし、リテリューン皇国が行ったのは単調な攻城戦だった。矢を放ち、城壁に梯子をかけて、よじ登る。何か特別なことをする様子はなかった。

 リテリューン皇国軍はすでに城砦の上に到達していたが、これはシャマタル独立同盟の策だった。

「放て!」

 アーサーンが声を張る。直後に弓隊の一斉掃射が行われる。リテリューン皇国軍の兵士が短い悲鳴と共に、絶命する。

 シャマタル独立同盟軍はあえて、城壁の上までリテリューン皇国軍を誘い込んだ。城壁の上と下で矢の打ち合いをすれば、有利なのはシャマタル独立同盟軍であるが、間違いなく被害が出る。兵力に余裕のないシャマタル独立同盟軍は、兵の消耗を避けたかった。敵の矢が届かない所から一方的に敵を討つ。それが理想だった。もちろん、簡単にはいかない。城壁を登り切った兵士が城砦の上に橋頭保を作ろうと持っている盾で壁を作る。

「突撃よ!」

 戦場に良く通る声がした。ユリアーナである。

「女!?」

 リテリューン皇国の兵士は、驚きの声をあげる。そして、声を上げた次の瞬間には、声を出せない状態になっていた。ユリアーナは、素早く敵に接近すると瞬く間に二人を打ち取る。開けた穴に、シャマタル独立同盟軍の兵士が殺到し、出来かけた橋頭保は跡形もなく崩壊する。

「あんたたちの大将に伝えなさい。私がいる限りこの北の城砦は落とさせないわ。私の名前はユリアーナ・ゼピュノーラよ! 腕に覚えがある者はかかってきなさい!」

 ユリアーナは声を張る。

 リテリューン皇国軍は、ユリアーナの声と気に押されて、後退する。


 リテリューン皇国軍本陣。

「報告します。城砦の上までは簡単に攻め込めましたが、城砦の上にとてつもなく強い女兵士がいる為、味方は苦戦しています」

「攻め込んだのではなく、誘い込んだのだ」

 ルルハルトは興味なさげに言う。

「しかし、敵が城砦の上で待ち受けているなら、俺が行って、目論見ごと粉砕してきましょうか? 亡国の姫を、亡者の姫にしてやろう。少々、もったいない気はするがな」

 男は笑った。とても好戦的な笑みである。ユリアーナとこの男には因縁があった。男の名前はベルリューネ。ゼピュノーラ王国に災厄を振り撒いた男である。

「いや、いい。今日は様子見だ。リョウのいないシャマタル独立同盟にどれだけの力があるかを見極める。前線にいるシックルフォール将軍に伝令を送れ。攻勢を強化せよと」

 ルルハルトは相変わらず興味なさげに言った。 

 


「アーサーン連隊長、ゼピュノーラ様、共に奮戦! 城砦突破の可能性はありません!」

 兵士は興奮気味に報告する。兵士が報告を誇張したとは言わないが、感情的になっていたのは確かだった。

「フィラック、どうでしょうか?」

 クラナは落ち着いた口調だった。

 鎧の下は汗で気持ち悪い。鼓動と呼吸が落ち着かない。リョウがいないことは心細い。

 クラナはそれらを押し殺して、冷静な指令官を演じた。

「司令官が動揺すれば、それは全体に波及するよ。だから、司令官が慌てちゃダメなんだ」

 リョウに言われたことを心の中で何度も復唱し、少しでも心を落ち着かせようとした。

「このまま、ということはないでしょう」

 フィラックは北の城壁の地図に視線を移した。

「現在、アーサーン殿とユリアーナ殿が敵を水際で食い止めておりますが、敵は数カ所に集中して、攻勢をかけております。こちらはそれに釣られて、兵力の薄いところを作っております。敵は必ず手数を増やしてくるでしょう」

「その際の対処法はどうしたらいいですか?」

「こちらの予備兵力を投入するしかないでしょう。それで押し返せればいいのですが」

「フィラック、あなたが出るつもりなんですよね?」

「はい」

「その役、私じゃ駄目ですか?」

「…………理由を聞かせても頂いてもいいでしょうか?」

「私には全体を見る視野がありません。後方に居ても補佐してくださる方が誰もいなければ、これ以上役に立てるとは思えません。でも、私が前線に出れば、士気は上がると思います。それに相手の戦意を削ぐことが出来るかもしれません」

「戦は大将が死んだら終わりです。それにクラナ様を目掛けて、敵が殺到するかもしれません」

「駄目、ですか?」

「そうは申しておりません。ですが、クラナ様が自身を過信してするのなら、止めるべき、と考えております」

「私は今でも戦場が怖いです。でも仲間が死ぬのはもっと怖いです。リョウさんに会えなくなることがもっと怖いです。そうならない為なら私は動きます。フィラックの目から見て、私にその力量がないというなら、フィラックの判断に従います」

 フィラックはクラナの手に触れた。クラナが震えていることはすぐに分かった。

 クラナもフィラックに気付かれたことをすぐに理解したが、視線は真っすぐにフィラックを見据える。

 フィラックは微かに笑った。

「クラナ様は変わりませんね」

「はい?」

「英雄と呼ばれるようになると人が変わる、ということがあります。しかし、あなたは変わりません」

「リョウさんに言われました。このままの私でいてほしい、と変わるべきところがあることも知っています。でも、人の話を聞くことが私の長所だと言ってくれました。だから、私は自分一人の判断で動くことはしません。でも、自分の意見は言います。そして、どうすることが一番いいかを考えます」

「クラナ様はあなたは、私にとって守るべき司令官から、慕うべき司令官になった」

「えっ?」

「あなたのしたいようにするべきでしょう。あなたが道を間違えた時は私たちが必ず止めます。ですから、あなたは自分の思うように進みなさい」

「フィラック…………」

「私もクラナ様くらいの歳の頃は、戦場に立つたびに震えていました。それが普通です。恥じることはありません。そして、戦場の怖さを直視出来れば、簡単に死ぬことはないでしょう」

 直後、兵士から「敵の新手が別の場所から攻め込みました!」という報告が入った。

「フィラック、私は行ってきます」

 クラナは兜を被り、立ち上がった。

「ご武運を」

 フィラックはクラナを見送った。

 その背中は、僅かであるが若き日のアレクビューに重なるものがあった。

「アレクビュー様、クラナ様は立派になられました」

 フィラックは呟く。

「もう私がしてやれることは残り少ないかもしれません…………」

 クラナを見送るフィラックの隻眼は少し寂しそうだった。

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