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大陸戦乱末の英雄伝説  作者: 楊泰隆Jr.
立志編
10/184

新たな英雄

 クラナが駆けつけた時、すでにフィラック、ウィッシャー、カーゼらが集まっていた。

「クラナ様、リョウ殿、こちらへ」

 フィラックに案内された。

「お祖父様」

「クラナか…………孫にこんな姿を見られるとは情けない」

 顔は白く、息は荒い。

「お祖父様、今は休んでください。お祖父様はシャマタルにはなくてはならない存在です」

 クラナはアレクビューの手を握った。

 リョウは冷静に、そして冷酷に現状を確認する。

 恐らく、もうアレクビューが戦場に立つことはできないだろう。みんなの前で倒れたというのも最悪だと思った。すぐに全軍、そして敵にも知れる。そうなれば、シャマタルは崩壊し、敵は一挙に攻め上がる。

「リョウ、と言ったか?」

 アレクビューはリョウへ視線を向けた。

「ワシの孫を、クラナを連れて、お主の仲間と共にシャマタルを脱出してはくれないだろうか?」

「お祖父様!?」

「身勝手極まりないと言うことは分かっておる。それでも死を目前にして本音が出たのじゃ」

 力なく語るそこに、英雄の姿はなかった。

「ワシの命はどうでも良い。この首を晒したいと言うなら好きにしろ。だが、お前だけは生きてほしい。向こうでハイネやドワリオ、カリンに申し訳が立たん」

「ここだけの話にして頂きたいのですが」

 フィラックが口を開く。

「ユリアーナ殿の所にいるルピン・ヤハランという者が同じようなことを言っていました」

「ルピンが?」

「はい、誘拐同然でも良いからクラナ様を連れ出さないかと『副団長』のグリフィード殿に話していました。もし、クラナ様が望むなら、シャマタル脱出は可能となりましょう」

 フィラックの隻眼が、クラナを見る。

「私はどうしたら良いのでしょうか?」

 クラナはリョウに尋ねる。

「これは君が答えを出すべきだ。君の人生、運命の岐路、人を頼っちゃいけないよ。けど、一つだけ僕は約束する。君がどんな決断をしても僕は君のために死力を尽くすよ」

 クラナは沈黙する。そして、全てを決めて前を向いた。

「私は外に出てみたかった。それだけの理由で屋敷を抜け出して、ファイーズ要塞へ向かう馬車に忍び込みました。外を見てから死ねるなら、それで良いとさえ思っていました。でも、そこで多くの出会いをしました。私を頼ってくれた人がいました。私を叱ってくれた人がいました。私を守ってくれた人がいました。今もなお、ファイーズ要塞で大軍を食い止めてくれている仲間がいます。会ったこともない私の元へ馳せ参じてくれた方々がいました。私は多くの人たちに支えられている。なのに、まだ私は何もやっていない。帝国軍を防ぐためにファイーズ要塞で戦ったのに結局帝国のシャマタル侵攻を許してしまった。ランオ平原で決戦をするためにファイーズ要塞を脱出したのに、決戦には間に合わなかった。私はまだ何もやっていないのです。だからこれからやるのです!」

 クラナは振り向いた。

「待て、どこに行く気じゃ!?」

「お祖父様は少し休んでいてください。その間は私がシャマタルを守ります」

 クラナは出て行く。

 リョウはクラナに続いた。



 兵士が集まる広場。

 空気は悪かった。すでにアレクビューが倒れたことは知れ渡っている。

 皆、絶望していた。シャマタル独立の立役者、その最後の一人が倒れた。全員、何を軸にして戦えば良いか分からなくなっていた。誰について行けば良いか、見失っていた。

「皆さん、顔を上げてください!」

 悪い空気を一掃する声がした。

「私たちはまだ戦えます。違いますか!? 私の祖父、アレクビューが倒れただけで我々は負けを認めてしまうほど弱いのですか?」

 あれはもしやクラナ・ネジエニグ様か? と所々で声が上がる。

「今こそシャマタルの力が試される時です。私や皆さんの両親や祖父母がやったように、私たちもシャマタルを守るために死力を尽くすときです。道は険しく、困難です。しかし、シャマタルの民はそれを乗り超えてきました。今回は私たちの番なのです! 私たちが負ければ、あなた方の両親はどうなりますか? 愛する人はどうなりますか!? 愛すべき子供はどうなりますか!!? はっきりと申し上げます。両親は殺されるでしょう。愛する人は陵辱されるでしょう。子供は奴隷にされるでしょう。畑は荒らされ、家は焼かれる。財産は奪われ、シャマタル人としての人権は無くなる。そんなこと、甘受するわけにはいきません。アレクビュー・ネジエニグは倒れました。しかし、私、クラナ・ネジエニグがまだいます。私は常に前線に立ちます。帝国軍をこのシャマタルの地から追い出すまで戦い続けます。私は勝ち方を知っています。私は決して負けません。でも私一人では勝てません。だから、お願いです。力を貸してください。私と共にイムレッヤ帝国と戦ってください!」

 リョウはクラナの宣言を見ていた。あそこまでの啖呵が切れるとは思っていなかった。

「大きく出たものですね」

 いつの間にか、ルピンがいた。

「一人かい?」

「足を怪我したのに動こうとする馬鹿をベッドに縛り付けてきたところです。それより耳を塞いだ方が良いと思いますよ」

 どうして? と聞く前に答えが出た。

 大気が震えるほどの歓声が上がった。

「前にもこれと同じ光景を見たことがありますね。あの時は私とユリアーナさんが火付け役になりましたが、今回はネジエニグ嬢一人でこの場を作りました。あの子は成長したのですね。少しですが、世の中を知って大きくなったのです」

「やっと姑に認められたのかな?」

「誰が姑ですか!? けど、今のネジエニグ嬢にはここまでが限界です。さぁ、あなたはネジエニグ嬢の所へ行きなさい。あなたが支えるのですよ」

 ルピンは、リョウの背中を押す。自然と下唇を噛み締めていた。

 リョウは振り返らなかった。一直線にクラナの元へ向かった。

「全く…………少しは振り向く仕草くらいしなさい。寂しいじゃないですか」

 ルピンは呟いた。その声は震えていた。



 リョウは走った。クラナは歓声に見送られ、姿を消す。どこかに消えてしまった。

「クラナ、こんな所で何をしているの?」

 裏の路地で丸まっているクラナを見つけたのは、しばらくしてからだった。

「リョウさん…………」

 先ほどの勇ましい姿は消えていた。

 クラナはリョウに抱きついた。震えていた。

「私はとんでもない嘘つきです。今すぐにでも逃げ出したい。勝ち方なんて見当も付かない」

 リョウはクラナの頭を優しく撫でる。

「大丈夫だよ。君のおかげでシャマタルはまだ戦える。まだ勝てる。いいや、僕は負ける気がしないね」

 リョウは飄々と言う。

「ありがとうございます。リョウさんの体温が私を安心させてくれます。リョウさんの言葉が私に勇気をくれます」

 クラナの震えは止まっていた。二人は再びアレクビューの所へ戻る。

「やっと戻ったか。広場は凄い騒ぎだぞ」

 フェローが言う。

「騒ぎを起こしてすいません。でも、私にできることはあれくらいしかなかったのです」

「とんでもない。おかげで戦意が戻った。後はどのように戦うかだが…………」

「まずは失礼ながら、アレクビュー総帥の代理を立てるべきでしょう」

 リョウが前に出る。

「しかし、伯父上の代わりなど誰に務まる?」

「フィラックさん、ローランさん、もしくはファイーズ要塞にいるアーサーンさん辺りが妥当です。普通ならそう考えるでしょう。しかし、それでは勝てません。もっと圧倒的な求心力が必要です。広場の人々にもう一度戦意を戻したほどの求心力が」

「君は自分の言っていることが分かっているのかね?」

「では、問います。クラナ・ネジエニグをおいて、この窮地をひっくり返せる旗印はありますか?」

「私はクラナ様に付き従うと決めております」

 フィラックが言った。

「フィラック殿…………」

「フェロー殿、今は年齢や身分などに拘っている場合ではありません。クラナ様が、総帥代理にふさわしいと思います。アレクビュー様、どう思われますか?」

「クラナはワシの孫じゃ。儂が推薦するわけにはいかん。ウィッシャー、カーゼ、お主らはどう思う?」

「今は最も名声と活気のある方が上に立つべき時と思います」

 ウィッシャーは、そう言ってリョウの意見を受け入れた。

「ランオでの借りを返せる場所を用意して頂けるなら、俺は構わない」

 カーゼも続いた。

「皆、本気か!? 本気でクラナに全軍の指揮を預けるというのか?」

「それはお主次第じゃ、元首殿」

 アレクビューが言う。

「お主は決定権を持っておる」

「急ぎ持ち帰り、協議する…………時間はなさそうだな」

「他の方々には事後承諾という形で納得してもらうしかないだろう」

「それを押さえつけるのが私の仕事か。クラナ」

「は、はい!」

「君のような年端もいかない女の子にシャマタルの命運を任せる情けない大人を許してくれ。勝てとは言わない。交渉ができるだけの戦果がほしい。イムレッヤ帝国軍が戦争犯罪人の弾劾をしてきたら、私が出る。君たちには決して危害が及ばぬように努力する」

「心遣いありがとうございます」

 異例中の異例、クラナがシャマタル独立同盟軍総帥代理に着任したことが発表されたのは、次の日のことだった。



 イムレッヤ帝国軍が占拠した街ウルヴァー。

「敵の総帥、アレクビューは倒れたそうです。すでにシャマタルに戦意は無いと思われます。このまま一挙に攻めるべきでしょう」

 中央軍の参謀が言う。

「おい、リユベック、あの参謀は?」

「確か名のある門閥貴族の息子です」

「ふん、だろうな。だから、あんな甘いことが言えるのだ」

 イムニアとリユベックを小声で会話をする。

「全く、中央というのはまともな人材が居ないのか?」

「少し声が大きくなっていますよ」

 リユベックに指摘され、イムニアはしゃべるのを止めた。

 首都を直撃すべきという意見が多数を占める。

 さすがにそんな無策に付き合えない。イムニアは無駄だと思いながらも、別の案を出そうとした。

「お待ち下さい」

 イムニアより先に手を上げた者がいた。

「お前は確か…………」

 皇帝が不機嫌に言う。

「この戦争から中央軍の参謀に参加したウルベルと申します」

 その声は冷たかった。

「シャマタルの戦力は未だにその全てが消滅したわけではありません。ファイーズ要塞であのエルメック将軍を破ったクラナ・ネジエニグ率いるファイーズ要塞軍がまだ健在です。アレクビューの残存兵力が加われば、無視できない戦力になりましょう。このまま首都へ急進しては戦線が伸びきってしまいます。ここは敵の要所を占領しながら、確実に首都まで迫るべきかと」

「私もウルベル殿の意見に賛成です」

 賛同したのはイムニアでは無い。

「アンスーバ、お前までか!?」

 皇帝はさらに不機嫌になった。

「恐れながら申し上げます。敵には侮れない参謀が居るように思えます。無理責めすれば、思わぬ反撃を受けましょう」

 なるほど中央軍にも平均点を取れる奴が居るらしいな、とイムニアは思った。二人に賛同しようと口を開こうとした。

「アンスーバ、お前ほどの男が敵地に入り、臆したか!」

 皇帝が怒鳴った。

「臆したのではありません。慎重になるべきだと申し上げたのです。もし、敵の要所を押さえてしまえば、今年中のシャマタル攻略は叶わずとも、来年には必ず…………」

「来年だと!? 余はそれまで待てぬ。シャマタルの叛徒共をすぐにでも粛正したいのだ」

 ルードバームはシャマタルに対し、個人的な恨みなどは無い。

 しかし、自分に逆らう者。それだけで憎悪の対象になる。それは敵も味方も関係なかった。

「私が何を言っても無駄だな」

 イムニアは呟き、意見を引っ込める。

「では、余の軍勢を以て、シャマタルの首都を陥落させて見せようぞ! イムニア、貴様はウルヴァーの守備に当たれ」

「守備ですか?」

 イムニアは意外だった。また前線に立つだろうと思っていたのだ。

「お前の兵は先日の戦いで疲弊した。もはや使い物にならんだろう。足手まといだ」

 皇帝は醜い笑みを浮かべる。

 なるほど手柄を独占するつもりか、イムニアには皇帝の腹の内がすぐに分かった。

「ご配慮、感謝致します」

 イムニアは反論しなかった。この攻勢は無謀だ。参加しなくて良いなら、それに越したことは無い。そして、イムニアは確信していた。

 決戦がある、と。

「皇帝軍は大丈夫でしょうか?」

 軍議の後、リユベックがイムニアに問う。

「リユベック、分かりきったことを聞くな」

 イムニアは笑った。

「将兵たちに戦支度をさせろ。皇帝軍が敗北したら、私たちの出番だ!」

 イムニアは生き生きしていた。

「今のシャマタルには去年までとは違う色がある。それが何か楽しみだ。頼むから、皇帝などに負けてくれるなよ」

 イムニアは戦争を嗜み、強敵に歓喜する。



 ハイネルの街から、シャマタル独立同盟軍の反攻作戦が始まる。

 クラナはまず残存兵力を三つに分けた。それを新設として、第十一、十二、十三連隊とする。

 第十一連隊の司令官にローラン・オリビティ。第七連隊に、アレクビュー軍団の残存兵力の半数を加えた。兵力は七千。さらに戦死した副連隊長の代わりにユリアーナが加わることが決定した。これはグリフィードたちも承知していることである。

 第十二連隊の司令官にフィラック・レウス。ファイーズ要塞の半数の兵力とアレクビュー軍団の半数で混成されている。兵力は七千。副連隊長にはルピンが加わる。

 第十一・十二連隊の副連隊長に獅子の団から人員を出したのには理由があった。リョウの細かい戦術に対応するためである。ユリアーナとルピンはリョウのことを理解している。

 第十三連隊の司令官にクラナ・ネジエニグ。ファイーズ要塞の兵力半数に加え、それ以降にクラナの元へ馳せ参じた兵士、カーゼやウィッシャーらのアレクビュー直属も取り込んだ混成部隊。兵力は六千。ここには白獅子連隊も加わった。

「ランオ平原を突破した帝国軍はウルヴァーの街を占拠し、シャマタル侵攻の拠点としたそうです」

 ルピンが報告する。

「帝国軍が取る行動は大きく分けて二つです。一つはこのまま首都へ侵攻する進路。もう一つはこちらの砦や街を占領する進路」

「前者を取られては冬の到来前に全てが終わるやもしれません。もし、砦や街を落としていけば、時間がかかりすぎて、冬までに全てが終わることはないでしょう」

 ウィッシャーが言う。

「ですが、僕は帝国軍が首都へ向かってほしいと思っています」

 皆が響めいた。

「あのファイーズ要塞の勝利はリョウ殿の功績と聞きます。どのような考えがあるのでしょうか?」

「もし、砦や街が攻撃されれば、帝国軍が引いた後に致命傷となり得るだけの傷が残るでしょう。これでは来年以降への延命に過ぎません。僕たちは帝国軍に深手を負わせ、今後の侵攻をさせない方法が必要なのです。まぁ、帝国軍が首都へ侵攻してこないとですけどね」

「して、その策はどのようなもので?」

「首都へ侵攻する際の進路はほとんど予想できます。その付近の街や村の人たちには事前に待避して頂きます。その時、できるだけ多くの食料や武具を持ち出してください。運べない物は勿体ないですが、燃やしてしまいましょう。敵の手に渡るよりはマシですから。食料がなければ、物資を送るために補給部隊がこちらに向かうでしょう。まずはそれを叩きます。そして、帝国軍の兵糧がつきた時、反転攻勢に移ります」

「なるほど、確かにそれなら帝国軍の士気も低くなっているでしょう」

「あくまで帝国軍が首都へ侵攻してきた場合の策ですけどね。それに敵にはあのイムニアがいる。首都侵攻が危険なことは承知しているはずです。彼はそんなことしないでしょう」

「なら、この議論には意味が無いと?」

「いえ、もしこの戦争の総司令官がイムニアなら僕らの状況は窮地と言って良かったでしょう。ですが、この戦争の総司令官はイムレッヤ帝国の皇帝です。そこに綻びが、隙が生まれるのです」

 リョウの予想は当たった。

 二日後、ルピンから帝国軍の半数が首都ハイネ・アーレへ向けたという情報が入ったのだ。

「リョウさんの予想通り、イムニアと麾下の三将軍はウルヴァーに駐留しているそうです」

「英雄が倒れたことで皇帝は油断したんだろうね。この窮地、敵がミスを犯さないとどうも勝てないから、ありがたいよ」

「ですが、数はこちらの倍です。勝つには策が必要でしょう」

「そうだね」

「まぁ、その点は心配していません。あなたならできるでしょう」

「君らしくもない。根拠のない言葉だね」

「私だって、そういうことを言いますよ。あなたはどう思っているか知りませんが、今の状況は絶望的と言うに値する戦況なんですよ。全体を把握しているから、それがよく分かります。この戦争、もはや私の頭では打開策がありません。故に私は私にできることに専念し、作戦の立案の全てをリョウさんに託すのです」

 シャマタル独立同盟軍が次の日、ハイネルの街を出発することが決定した。



 夜になり、寝ようと思ったリョウは中々寝付けなかった。明かりを付け、シャマタルの地図を見る。

「ネーカ平原、この辺りが決戦場かな…………」

 敵味方に分かれた駒を使って、何度も模擬戦を行う。敵がこう来たら、どうする? ああ来たらどうする? そんなことを考えていた。

 ドアを叩く音がした。

「リョウさん、すいません。起きていますか?」

 それはクラナの声だった。

「起きてるよ」

「入ってもよろしいでしょうか?」

「僕が君に対して閉じているドアはないよ。入って」

「ありがとうございます」

 クラナが入ってきた。目は赤かった。

「寝れないんだね?」

「はい…………」

「僕もなんだ。で、こんなことをやっていたところさ」

 今までやっていた模擬戦を指差した。

「すいません。邪魔でしたね」

「そんなことないよ。別に内容のあることをやっていたわけじゃないから。君が望むなら、今は君のために時間を使いたい」

「お言葉に甘えます。少しお話をしても良いでしょうか?」

「内容は?」

「えっと、その…………私たち勝てるでしょうか?」

「今、思いついたね」

「すいません。何を話すかまでは考えていませんでした。今のは無しでお願いします」

「いや、いいよ。勝てるかと言われたら、正直分からない。勝てると言い切れば、勝てるなら楽なんだけどね」

「私ったら、本当につまらないことを聞きましたね」

「別につまらなくはないよ。ただ勝ったとしても無傷ではすまないだろうね。僕らにできるのはなるべく有利な条件で講和交渉へ持って行くこと。フェーザ連邦だって立て直せば、ザーンラープ街道を帝国軍が使うことを拒否するだろうし」

「リョウさんってほんとに凄いですね」

「凄い?」

「ええ、こんな状況だというのに勝つことを諦めないじゃないですか」

「諦めは悪いみたいだからね。それに負けた時はあまり考えることが無いからね」

「死ぬだけ、と言いたいのですか?」

「それ以上に酷い目には遭うかもしれないけど、終わりってことには違いないかな。だから、勝った後のことを考えようよ。クラナはどうするんだい? もしかしたら、正式にシャマタル独立同盟の総帥になれるかもしれないよ。名声は思いのままだ」

「えっと、あまりそういうのは興味が無くて…………リョウさんたちはどうするのですか?」

「どうするんだろうね。また流浪の旅かな?」

 それを聞いたクラナは悲しげな顔をする。

「リョ、リョウさん!」

「な、なんだい?」

「も、もしお祖父様やフェロー叔父様の許しがもらえるなら、私はリョウさんと一緒に居たいです」

「いつ死ぬかもしれない旅だよ」

「それでも私はリョウさんと居たい」

「ど、どうして?」

「え、えっと、それは…………」

 クラナはもう一歩踏み込む勇気が無かった。

「アーレ家の女は短命です。三十まで生きることが希なのです。そう考えると私はもう三分の二の人生を消化してしまいました。このまま一カ所に留まるより、さらに寿命を縮める結果になっても構いません。私は私の知らない世界を知りたいのです」

 咄嗟にそう答えた。

「その刹那主義には賛同しかねるね。でも、君が大陸を回りたいというなら構わないよ。今の獅子の団のみんなには細やかな土地がもらえれば、傭兵稼業から足を洗えるかも知らないし、そしたらグリフィードやルピンと一緒に旅商人をやったっていい気がしてきた」

「あっ、ルピンさんたちも一緒なんですね」

 クラナの声が少しだけ沈む。

「さすがに僕ら二人じゃ、すぐに飢え死にすると思うよ。グリフィードとルピンは昔、商人をやっていた時期があったらしいんだ」

「商人? それが何で傭兵団になったのでしょうか?」

「さぁね、僕も前に聞いたことがあったんだけど、話してくれなかったよ。二度目は聞いてない。過去を検索するのは僕らにとって違反行為だからね。もしかしたら、僕らの仲間の中には大罪人もいるかもしれないし、元貴族もいるかも知らない。亡国の姫や滅んだはずの一族の生き残りもいるんだからね。…………本当にいいの?」

「私はリョウさんと一緒に居たいです」

「そうかい。なら、この戦争が終わったら、シャマタルを抜け出そう」

「はい、この戦争が終わったら、私はリョウさんと旅に出ます」

 二十歳にもならない二人の夢物語。夜は更ける。

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