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オネエがDKになって青春を謳歌する話  作者: 椎名忍
六人のヒロイン
4/6

会_1

  「1ーB」が僕の所属となる教室で、席は窓際の後ろから二番目。

生徒の数はまばらで、登校時間には余裕があったことを知る。


 あーちゃんはと言えば真ん中の列に座る女生徒とお話をしていた。


 一先ず、この学園で気になる事ができた。


 (……女の子の制服が……可愛いわ……)


 膝丈程のショコラ色のワンピースに、同じ色のボレロを羽織る姿。

胸元には真紅のリボンが付いている。

ただ、付けていない生徒も居るところを見ると、取り外し可能なものなようだ。

ボレロの代わりにカーディガンを羽織る姿もあり、そこまで厳しい服装の規定は無いのかもしれない。


 (どうせなら、女の子になってれば良かったのに…)


 未だにコスプレをしている感覚が背徳感を生み出しているが、どうせならあの可愛い物を着たかった。

……と、そんな思想を抱いていれば、ふわふわさせていた視線があーちゃんと合う。

話していた女生徒になにか一声かけると、こちらに近づいてきた。


 「…ちょっと」

 「…ん? 」

 「……なにジロジロ見てるのよ」

 「…は…? あ、ああ…制服、可愛いなと思って」


 素直な感想を言えば、それに反応してみるみる顔が赤くなる少女。

口を開けて何か言いたげだが、すぐに視線を背けてしまい女生徒の元へと戻ってしまった。


 (……照れてるの…? )


 決してあーちゃん個人に言ったつもりではなかったのだが…。


 (まあ、"可愛い"って言われて悪い気になる女の子はいないわよね。)



 ―――…「仲良いのね。あなた達。」


 不意に飛んできたその言葉。

それは前方から聞こえたもので、声の主はゆっくり振り返った。


 「え…? 」


それは、黒く長い髪が印象的な少女だった。


 「えっ…と…」

 「雪墨ゆきすみ 鈴藍すずらんと申します。以後、お見知りおきを」

 「ゆ…雪墨さん…ね…」


 光の加減で藍くも見える髪にゲレンデの様な白い肌。まさにそのままの名前だ。


 「きっと今日はHRがメインじゃない?」と、あーちゃんが言っていた。クラスメートの自己紹介等があるのだろう。

何も知らない自分にはありがたいイベントなので心待ちにしていたが、身近な席である生徒を先に知れたのは、なんとなくだが安心できるものがあった。


 「僕は…」

 「弓野 虎丸さん、ですね」

 「えっ……? 」


 いつの間にか僕は名乗っていたのだろうか?

一字の間違いも無く呼ばれた名前に、軽く混乱した。


 「名前……どうして……」

 「………。」

 「…………? 」

 「……席次表」

 「は? 」

 「席次表を見ましたの。自身の周囲を先に知っておいた方が良いと思いまして。」

 「………なるほど…」


 ツンと、向き直ってしまった雪墨さん。

続きの言葉も思いつかず口をつぐむ事しか出来なかった。


 (少し……取っつきにくい子ね……)


 見た目は15歳とはいえ、中身は35歳のアダルトだったのだ。

最近の子の考えを理解するのは時間が掛かりそうだ。


 (…ダメダメ! 挫けちゃダメよ! 虎丸アタシ! )

 「雪墨さん…! 」


 目の前の背に、声をかける。

首をこちらに傾ける彼女の動きがスローモーションで再生される。


 (……せっかくのチャンスなんだから、楽しまなきゃ! )

 「これから、よろしくね!

 ……鈴藍すずらんさん…っ! 」


 差し出した僕の手。彼女が困惑しているのが伝わる。

だが、今更この手を仕舞う訳にはいかない。

出来る限り友好的な笑顔で待てば、恐る恐る白い手のひらが伸び、僕の手と触れた。


 「……っ! 」


 しっかりと握り返してくれた瞬間だった。


 僕の記憶フィルムが廻り出す。

ぐるぐる駆け巡った後、鮮明になったのは出来れば思い出したく無かった自分の部分シーン


 これは中学2年頃から、卒業までの記憶…。


 思春期真っ只中で"男"になっていく身体と、"女"になっていく心。

成長し魅力的になっていく周囲の男の子達に、友達以上の感情が芽生えては抑えるの繰り返し。

 周りとは違う自分への劣等感。素直になれず殻に閉じ篭もるしかなかったストレス。

そういった事が積もりに積もって、全て投げ出して家から出なくなってしまったのが、中二の秋。


 外に出ても、目に入る人達全てが羨ましくて堪らなくて、両親にも打ち明けられなくて辛い日々だった。


そんな状態で新年度になり、気づいたら卒業間近になっていたのだ。


 (そうだ…アタシ…友達も居ないまま…高校にも行かなかったのよね…)


 もちろん、高校の制服に身を包んだかつての級友達が羨ましかった……―――


 ―――…「虎丸さん…? 」


 「……っは! 」

 「顔色…悪いですけど…」


 握ったままの手に汗をかいている自分が居た。

不思議そうに見つめる少女をすぐに離し、逃げるように腕を仕舞った。


 「ごっ! ごめんなさいっ! 」


 ”嫌われる”、そう感じた。先程までのフラッシュバックも手伝って、不安で心が満たされる。


 「本当に…ごめん……」

 「いえ……」


 少し気まずい空気が流れた。


 「……あの…」

 「…は、はい……」


 チラリと少女に視線を合わせると、下を向いた姿が居た。


 「す…鈴藍…さん…? 」

 「よっ……」

 「……よ? 」

 「呼び捨てで…いいですから…っ」


 そう言い捨てて、凄い速さで向き直ってしまった。

呆然とした僕の手汗は引き始めていた。


 (そうね…あの頃とは違うんだから……)


 所詮、記憶は過去のも。今はそれなりに人生も積んだ。

人との関わり方だって、知っているのだから。

 そう思えたら心が軽くなり、可笑しくなった僕は小さく吹き出してしまった。

生徒達が続々と登校し、少し騒がしい教室の中でよかった。一人で笑う姿はさぞかし変な奴だろう。


顔を隠すように外に顔を向けるが、ふと、横目に白い手が伸びているのが写る。


 視線を合わせる前に戻ってしまったその腕。しかし、僕の机には二つ折りにされた紙切れが残っていた。


 「…………? 」


 手に取りそれを開くと、走り書きでも綺麗だと分かる字が並んでいた。


 " 鈴 と呼んでください。"


 一瞬なんの事だろうと理解が遅れたが、それは呼び方の申し入れだと気づく。


 (………ふふ。……可愛いものね。)


 手紙をもう一度折り畳み、ポケットへとしまう。

そうして、微笑ましい気持ちで目の前の背中へ声をかけた。


 「………すずっ!」

 「……っ!! へあっ!? 」


 一瞬、変な声がした。

 「僕は、"トラ"でいいからね。」


 目を丸くした少女は、すぐに笑顔になる。

《《同性》》から見ても魅力的だった。ぽかぽかと春の陽気に心まで包まれるようだ。



 「おはよう! トラ! 」


 唐突にかけられたのはここで目覚めてから初めて聞いた、男の子の声。


 「………へ? 」


 そこへ視線を向ければ、柔らかそうな栗色の毛を揺らしたイケメンが笑顔を振り撒いていた。


 (…………ドストライク…! )


 まさに桜が開花した瞬間だった。


 「あ、お、おはよう…! 」


 その爽やかなイケメンは自分を「トラ」と呼び、彼とは距離の近い間柄だと分かる。

しかし不覚にも、自分は彼の名前すらわからないのだ。


 そんなイケメンはあーちゃんに話し掛けた後、僕とは正反対の、廊下側の列の席へと荷物を置いた。

どうやらそこが彼の場所せきらしい。

そして、そのままこちらを向くと輝かしい笑顔で僕の所へと足を進めようとしていた。


 (ま、まずい……あーちゃんとも…お友達で…"トラ"って呼ばれてて……)


 あーちゃんの名前を呼んだ時のように無意識に出てこないだろうか。


 (ど、どうしよう……)


 せっかくのイケメンに「名前忘れました」というのは言いたくはない。

どうしよう。………どうしよう―――…。


 「おはようございま~す。 各自席に着いてくださ~い 」


 それは、生徒の言葉ではなかった。

スーツを着たその声の主は"先生"だった。


 教室内の全員の視線がそちらに注目する。

当然僕も、そして、イケメンも。


 バタバタと生徒達が自分の席へと散り始める。

口パクで「あとでな」と言ったイケメンも、荷物を置いた席へと戻る。


 なんとか、助かった…。

僕は勝手に先生へ感謝の念を送ったのだった。


 「さて、B組の諸君。担任の藤谷ふじたにだ。よろしく」


 教卓に立った先生は、少し気だるげに自己の紹介をした。


 名簿と思われるノートを開いた担任は、一通り見るとすぐにそれを閉じてしまう。

そして前を向くと、あたかもそう言うシナリオだったかの様にクラスに言葉を放った。


 「さて。出欠を取りたい所だが、折角だ。席順で自己紹介をしてもらおうか。どうせ皆、初対面がほとんどだろう? 」


 ………ナイス担任。その通り、(僕にとっては)全員初対面だ。


 「……由緒正しき名前が多いんだよな」


 ボソッと溢したそれは遠回しに「読めない」と言っていた。


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